湖雪は目が覚めた時、この家に来て初めて重い気分なく起きられた。
珍しく大きく伸びをして、傍らに折りたたまれていた肩がけを羽織る。
時計を見れば、使用人が起こしに来るにはまだ早い。湖雪はふと思いつき桜を見ようと障子戸と雨戸を開けた。
「ああ、起きたか?」
「!」
湖雪はびくっと震えた。縁の下の沓掛石(くつかけいし)に、青年が座っていたのだ。
湖雪は縁に膝をついて取り乱しを隠せずに言う。
「惣一郎様っ、どうされたのですか? こんな時間にこんなところで……」
「うん。湖雪さんに逢いたくてな」
惣一郎は、悪びれた様子なく笑む。
「中にお入りになってください。お風邪を召されてしまいます」
「いや、そうじゃなくてな」
惣一郎は湖雪の方に手を伸ばし、頭を捉えた。顔が近付けられ、湖雪は反射的にぎゅっと目を瞑った。
唇――ではなく、頬に柔らかい感触。
「そう…」
「許婚だ。唇でもいいか?」
ばっと頬に朱が上る。