今は冬、真冬もいい頃だ。さらにこの桜は昼間、惣一郎が言ったように気まぐれに咲かない。湖雪が見たのは、十年前の一度きりだ。
その桜が、雪を背負いながら高らかに咲いている。
「……雪」
そうだ、雪だ。
桜の樹には――正確には桜の花のところだけ、全く雪が積もっていなかった。
異常だ。異様で、おかしい。
この有様は――。
「ゆき」
不意に、頭の上から声が降って来た。
聞いたことのない声は、愛おしげに聞こえた。
「……誰?」
「俺だよ」
声は、湖雪に向かってくる。
湖雪は縁に出て、天を振り仰いだ。雨戸は閉まっていなかった。湖雪は確かに閉めたはずなのに。
天から光が降ってくる。
同じだ――あの人だ。
光の中に何かが見えた。人間の姿をとった、異形のもの。
神々しい光を従えて、その姿は判然としない……。
でも、彼は湖雪を見て微笑んだのが気配からわかった。湖雪は夢の中のように手を伸ばし――彼を受け容れた。
「ゆき。見つけた」