『さあ、惣一郎――お前は生きろ。生きて生きて生きて、生き抜いてそれから湖雪とともに逝け――。俺を忘れるなんてふざけるなと言いたいが、生憎俺は世界に反して存在を赦された身ゆえ、口応えしても応えてくれるものはおらぬゆえ――。虹琳寺の跡取り。虹琳寺悟。お前は俺を覚えているさ、きっと。俺が消えても《俺》は消えぬ。俺は《俺》の一部に過ぎない。二人を引き裂こうとした、それがお前の罰よ――。悟。二人に子が出来たらその腕に抱いてやってくれ。俺は――あいつと、深雪とともに娘を見守っている。だから、安心しろよ。湖雪。―――……桃花? なんだお前、そこにいたのか。ああ、待っていろ。桜のもとで、ともに過ごそう。ゆきと、俺、お前で――……今度こそ、三人一緒だ』

最後の刹那――閃光の中で、悟には櫻の言葉が聞こえた。櫻が遺した言葉だが、しかし二人には伝えられない。二人は櫻の存在を知らない。庭の古木が咲いた記憶も記録も、消されていた。だから湖雪は、あの古木が優しい理由もわからないのだろう。……可哀想、などとは言えない。悟もあの古木に鬼が宿っているなどとは信じられないからだ。

それでも確かに優しく、あの咲かぬ桜の古木は――娘を見守り続けているのだろう。

――その確信は、この日、悟の胸に宿った。

庭を見たとき、桜の下に人影を見た。

背の高い浴衣姿の深紅の髪の男と、湖雪によく似た長い黒髪に線の細い儚げな女性、そして見たことのない、鳶色の髪を頭の頂点で結った少女――一生に一度の晴れ姿の湖雪と惣一郎を見て、優しく微笑んでいた。

本当に――あの樹にいるのだと、わかった。

樹と同じ名を宿した鬼と、彼の愛した女性と、もうひとつの魂が――。

悟はそっと瞼を伏せた。

……これからも、どうか見守って下さい。あなたの娘が幸せになれるように――櫻の鬼の方。



「湖雪。お前は生きろ。いや、俺が生かしてやるよ。生きたいと思えるほどのことを、俺があげよう」