「………幹人様?」
「幸せにするなど必要ないのだよ」
「………っ」
惣一郎は叫びそうになるのを、湖雪を一層抱きしめることで我慢した。
それは……どういう意味だ? 湖雪の頭も理解が追い付かない。
「湖雪に求められているのはこの家を継ぐこと、継ぐ子を産むこと。幸せ? 君も虹琳寺の家に生まれたならばわかるだろう? ――そんなのも、鬼の血には必要ない」
「………―――っ!」
必要ない。それは、そのままの意味――。
湖雪に幸せなどいらない。だから、夫になるのも君である必要もない。
「というか、そもそもだが、幸せなど人にもらうものではない。自分で手にするものだ。そこを勘違いしていると、自分も大事な人も苦しめるだけだよ」
幹人の言葉を聞いて、惣一郎は苦しそうに顔を歪める。湖雪は事態についていけず固まるばかりで――早子が。娘を護りにでた。
「幹人様。突然のこと、これは一度敬人様にお聞きした方がよいのではないですか?」
「ん? だが、悟くんが来たということはそういうことだぞ?」
「ですから、それが敬人様の本当の御意思かどうかをですわ。夏桜院の――」
「早子。当主は私だ。余計な進言は必要ない」
「………っ」
幹人に一刀両断され、早子は押し黙った。それほどに幹人の顔は《当主》のものだった。
名門夏桜院の、現当主。
「まあ、さすがに婚約者の替えなんて私の一存では無理だからね。そうだね。早子の言うとおりまずは叔父上に訊いてみようか。悟くん、今日はここに留まりなさい。兄弟で話もあるだろう。湖雪。明日にはお前の夫は決まるから、今日は一人で休みなさい。禊(みそぎ)の意味もある」
「………」
……当主の顔をした幹人に、逆らえるものはいなかった。