「……湖雪ではないのよ。惣一郎さん……悟(さとる)さんがいらっしゃっているわ。如何なさる?」
悟さん――湖雪に聞き覚えのないその名に、惣一郎は何も言わなかった。不思議に思った湖雪が伺い見ると、彼は瞬きもないほどに無表情だった。
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「惣……」
土間(どま)から見上げてきた青年を見、惣一郎は固まった。その後ろに着いてきた湖雪は、見たことのない人物に誰だろうかと内心考えたが、わからなかった。惣一郎の関係であることは確かなようだが……。
「悟、何で……お前ここに……?」
惣一郎の声は戸惑いに揺れている。
「ああ……」
悟と呼ばれた彼――長身の黒髪の青年はそう答えたきり黙ってしまった。
沈黙が辺りに落ちる。
湖雪は必死に考えた。彼が誰で、惣一郎とどんな関係なのか――考えて、関係の見当はすぐについた。惣一郎と悟は背が高いところくらいしか似ていない。髪も惣一郎は茶色がかっているが――悟は惣一郎の父親に似ていた。
「さと」
惣一朗が呼びかけたとき、玄関の戸が外側から使用人によって開けられた。
「幹人様……」
湖雪と並んで、惣一朗の後ろに立っていた早子が呼ぶ。その声は困惑しているように聞こえた。
「おや、悟くん。どうしたんだ? 一人かい?」