やがて、海辺を離れた。そして、しばらく自転車をこいだ後、アオはまとまった休憩をとらせてほしいと言った。アオはかなり1日の半分以上の時間眠った。目を覚ますと、今まで以上にスピードを出して自転車をこぎ始めた。しばらくこいで、急に自転車を止めると、アオは言った。
「ダメだ、今まで騙し騙し漕いできたけど、完全に自転車がイカレた。これ以上は使えなさそうだ」
「間に合うかな」
私の目に光が映る体感時間は着実に短くなっている。警察や両親、病院の人に見つかるかどうかより、私の目がそれまで持つかどうかが心配になって来た。
不安で震える私をアオが抱きしめる。アオに包み込まれるように抱きしめられると、何も見えなくてもアオが確かにそこにいると分かる。今の私にとってアオは世界そのものだ。
「絶対連れて行ってやるからな。俺のこと、信じろよ」
「うん。信じる」
アオは、これから長丁場の戦いになるからと、また長めの休息を取った。そして、私を背負うと、また走り出した。
気がつくと私たちは森に来ていた。目が見えるようになったタイミングはちょうど湖の前にいて、水を飲もうとしていたところだった。透明な湖に私の姿が映った。アオが髪を切ってくれた後の自分の姿は初めて見た。美容師を目指していただけあって、綺麗に切りそろえてくれていた。
「この髪、すごくいい!一番私らしく感じる」
「当たり前だろ。俺、天才美容師なんで」
嬉しそうに笑うアオの右耳のピアスがきらりと光った。
アオはほとんどしゃべることなく走り続けた。世界の音に耳を傾けたけれど、アオが教えてくれる世界に比べると何も分からない。本当に何も見えなくなってしまったらどうなってしまうんだろう。アオの背中の温もりと、ほのかに残る整髪剤の香りだけが私の支えだった。
アオは10分ほどとても饒舌になることがあった。アオが教えてくれる森の景色をもとに、聞こえてきた音との答え合わせをする。アオとおしゃべりをするひと時がとても幸せで、その時間は失明の恐怖を忘れられた。
時間の感覚がなくなった頃、ついにアオが言った。
「もうすぐ、森を抜けるよ。そこが目的地だ」
ふっと、風が吹き抜けた。高台に登って、アオと2人で腰を下ろした。
「ついたよ」
「アオ、ありがとう。今、どんな景色なの?」
「それは見てのお楽しみ」
アオは息を切らせながら答えた。
ドキドキしながら光が戻る時間を待つ。私は手をアオの方に伸ばした。手が触れあう。ボロボロになりながらも私をここまで連れてきてくれたアオ。私だけの愛しいヒーロー。
遥か遠くにドローンの飛んでいる音が聞こえてきた頃、私の目に光が戻った。目の前には見渡す限り一面に青い花が咲いていた。ケミカルな色ではなく、淡く優しい空の色。紛れもなく、自然と森の慈愛をとてつもなく長い期間一心に受けて育ってきた花たちの織りなすグラデーションが眼下に広がっていた。
「綺麗……!」
「よしっ……ミッションコンプリート」
アオが寝転がって空を仰いだ。
「なあ、ルリ。俺にも、どんな景色か教えてくれよ」
「世界で一番綺麗な青だよ。生まれたばっかりの赤ちゃんの瞳みたいに、何者にも染まってない澄んだ色。私、きっとこの花を見るために生まれてきたんだね」
空の青と海の青を繋ぐ、優しい色の青い花。世界の全てを包み込むような青を記憶に刻み付ける。この色は決して生涯忘れることはない。
この青の記憶がある限り、私はきっと光を失っても希望の中で生きていける。
「ダメだ、今まで騙し騙し漕いできたけど、完全に自転車がイカレた。これ以上は使えなさそうだ」
「間に合うかな」
私の目に光が映る体感時間は着実に短くなっている。警察や両親、病院の人に見つかるかどうかより、私の目がそれまで持つかどうかが心配になって来た。
不安で震える私をアオが抱きしめる。アオに包み込まれるように抱きしめられると、何も見えなくてもアオが確かにそこにいると分かる。今の私にとってアオは世界そのものだ。
「絶対連れて行ってやるからな。俺のこと、信じろよ」
「うん。信じる」
アオは、これから長丁場の戦いになるからと、また長めの休息を取った。そして、私を背負うと、また走り出した。
気がつくと私たちは森に来ていた。目が見えるようになったタイミングはちょうど湖の前にいて、水を飲もうとしていたところだった。透明な湖に私の姿が映った。アオが髪を切ってくれた後の自分の姿は初めて見た。美容師を目指していただけあって、綺麗に切りそろえてくれていた。
「この髪、すごくいい!一番私らしく感じる」
「当たり前だろ。俺、天才美容師なんで」
嬉しそうに笑うアオの右耳のピアスがきらりと光った。
アオはほとんどしゃべることなく走り続けた。世界の音に耳を傾けたけれど、アオが教えてくれる世界に比べると何も分からない。本当に何も見えなくなってしまったらどうなってしまうんだろう。アオの背中の温もりと、ほのかに残る整髪剤の香りだけが私の支えだった。
アオは10分ほどとても饒舌になることがあった。アオが教えてくれる森の景色をもとに、聞こえてきた音との答え合わせをする。アオとおしゃべりをするひと時がとても幸せで、その時間は失明の恐怖を忘れられた。
時間の感覚がなくなった頃、ついにアオが言った。
「もうすぐ、森を抜けるよ。そこが目的地だ」
ふっと、風が吹き抜けた。高台に登って、アオと2人で腰を下ろした。
「ついたよ」
「アオ、ありがとう。今、どんな景色なの?」
「それは見てのお楽しみ」
アオは息を切らせながら答えた。
ドキドキしながら光が戻る時間を待つ。私は手をアオの方に伸ばした。手が触れあう。ボロボロになりながらも私をここまで連れてきてくれたアオ。私だけの愛しいヒーロー。
遥か遠くにドローンの飛んでいる音が聞こえてきた頃、私の目に光が戻った。目の前には見渡す限り一面に青い花が咲いていた。ケミカルな色ではなく、淡く優しい空の色。紛れもなく、自然と森の慈愛をとてつもなく長い期間一心に受けて育ってきた花たちの織りなすグラデーションが眼下に広がっていた。
「綺麗……!」
「よしっ……ミッションコンプリート」
アオが寝転がって空を仰いだ。
「なあ、ルリ。俺にも、どんな景色か教えてくれよ」
「世界で一番綺麗な青だよ。生まれたばっかりの赤ちゃんの瞳みたいに、何者にも染まってない澄んだ色。私、きっとこの花を見るために生まれてきたんだね」
空の青と海の青を繋ぐ、優しい色の青い花。世界の全てを包み込むような青を記憶に刻み付ける。この色は決して生涯忘れることはない。
この青の記憶がある限り、私はきっと光を失っても希望の中で生きていける。



