紗世は幾度か、結城と入った喫茶店でも結城の噂を耳にしている。

「円山夏樹出版社の結城、ムカつくよな」

「ああ……原稿もらいにいくと毎回、あいつの称賛聞かされる」

「この間、沢山江梨子の所に行ったら『あなたじゃイメージが湧かない』って散々ヒステリックに喚かれた挙げ句『結城くんに会いたい』って大泣きされて、往生したよ」

「梅川百冬の原稿もらいに行ったらな。手書き原稿だろう、あの先生」

「ああ、パソコン嫌いだな」

「口述筆記しないの?って聞かれてさ。『円山夏樹出版社の結城くんは、口述をパソコンで打ち込みして出力まで残して帰るよ』って言われたよ」


「霜田奈利子の所では、『ヴァイオリンの生演奏を聴きながら執筆したい』なんて言われてさ」

「は? でどうしたんだよ」

「『結城くんはラフマニノフを弾いてくれたわ』って」