~ 某王国王宮内 ~

 
「この部屋でお待ちください。」

 王宮の案内人に通された四人は客間であろう部屋で待機させられていた。

 部屋の内装は一言で言えば豪華絢爛。壁に設置されている絵画も隅っこに置かれているツボも椅子もテーブルも無駄に装飾が凝っており、見ているだけで目が痛くなってくる。
 
「叙任式も終わったんだから早く帰ってディックの体臭を嗅ぎながら読書したいわ」

 マリーの何気ない一言に三人が反応した。
 
「待ってください。今日は私の番のはずですよ。マリーさんは昨日だったはずでしょう?」

 ふざけんなと言わんばかりにマリーにつっかかるリシェル。
 
 マリーは隙あらば今日もディックは自分のものと言い出すのだ。
 
 ディックといくら一番近しいところにいたとはいえ、今は同じポジションのはず。
 
 これ以上の狼藉は許されない。
 
 そんないつも通りの会話をしていると四人を客間に呼び出した張本人が現れた。
 
「いやあ、お待たせしてしまって申し訳ありません」

 現れたのは王国宰相のコモドール。丸い、とにかく丸い。何を食べて育成したらその様な体型になるのか皆目見当がつかない程にまるい。
 
 そして私たちからディックを引き離しておいて、悪びれることもない態度にセリーヌが拳を握る。
 
「皆様を勇者パーティ認定するにあたって、一つお願いがあるのですよ」

 勿体ぶってないでさっさと要件を言え豚がというのは全員の共通認識である。
 
「ここにお一人足りていないと思うのですが、彼が…… 勇者パーティに相応しい人材か改めて確認させていただきたいのです」


 あいての コモドールの ちょうはつ!


 アリスの いかりのボルテージが あがっていく!
 セリーヌの いかりのボルテージが あがっていく!
 リシェルの いかりのボルテージが あがっていく!
 マリーの いかりのボルテージが あがっていく!

 そしてその言葉にアリスが反応する。剣は王宮に入る前に預けてしまったため手元にはないが、素手でも簡単に殺れる。
 
 アリスの殺気を見抜いたマリーはアリスを制止する。マリーの『待て』という目にアリスが『ふざけるな』と二人のアイコンタクトの応酬が行われている。
 
 その間にマリーの意図を汲んだリシェルが対応を始める。
 
「言葉の真意がわかりかねますが…… それはディックをパーティから外せと仰ってるのでしょうか?」

「端的に言えばそうなりますな。理由はお判りでしょうが、皆様はSランクなのに対して彼はDランクでしょう。勇者パーティは先陣切って魔王軍と戦っていただく王国の顔というべき存在。そこにDランクがいると国民が不安がります」

 なんだ、そんなことかとアリスが鼻で笑っている。

「魔王軍ごとき私一人でも壊滅させられますよ。ディックも守りながら魔王ごとき手刀で首チョンパして王国に持ち帰ればいいのですよね?」

「いえ、そんな簡単な話ではないのです。勇者パーティは王国の税金で活動が許可されています。従って、その中にあからさまなコネで入ったであろう人物がいると国民からの反発が予想されるんですよね」

 元々Sランクパーティの彼女等はディック以外に関心が薄いため、お金を使う事があまりないのだ。
 
 だから貯蓄に関して言えば、国家予算並みの財産を既に保有しているため、税金など使わなくても何ら問題ないと考えている。
 
「であれば私たちは税金については一切不要です。お金なら腐るほどあるので」

「お、お待ちください。そういうわけにもいかないのです。既に今年の予算は確保済みなのです。会議で通ってしまっているので確保した分は使わないといけないのです」

 何か焦っている? 私たちはいらないと言っているのだぞ? 何故税金を使わせようとするのか……
 
 マリーが感づいて三人にアイコンタクトを送る。『コイツ等多分私たちの経費申請を隠れ蓑して自分たちが経費の不正利用…… つまり横領でも企んでいるんじゃないか?』

 チッ、私たちを利用しようとするとはいい度胸だ。どこかのタイミングでお仕置きが必要だな、この豚

「そ、それに見事勇者パーティにより魔王討伐が終われば皆様にも爵位が与えられますし、王族や上位貴族への嫁入りも可能ですから権力も思いのままですよ」

 この言葉に四人が同時に反応した。
 
 これだ! ディック…… つまり男が勇者パーティにいる最も不都合な理由
 
 コイツ等の一番の狙い『勇者パーティの力を貴族に取り込もうとしている』
 
 セリーヌが『もう暴力で解決した方が早くないか?』とアイコンタクトを送る。
 
 リシェルは『落ち着きなさい、野蛮人。ステイ』とアイコンタクトを送る。
 
 アリスは『次にディックを侮辱したら止まるつもりはない』とアイコンタクトを送る。
 
 これ以上の引き延ばしを危惧したマリーが口を開く
 
「ではこうしましょう。ディックを魔王軍侵攻予定の二年後までにAランクに育て上げます。これなら問題ないでしょう?
 次に勇者パーティ用の予算についてですが、二年後まで某町にいる予定なのでその町限定で経費申請を行います。王都はでは一切使用しません。いいですね? 
 最後に王族、上級貴族への嫁入りの件についてはディックがAランクにならなかった場合如何様にもしてくださって結構です」
 
「ほ、本当ですな。言質は取りましたぞ。今更なかったはもう聞きませんからな。書記官、今の会話をきっちり記録しておけ」

 やはり三番目が一番優先度高かったようだ。他の事など些事と言わんばかりにコモドールは嬉しそうだ。

 マリーを除いた三人が驚愕している。『何勝手に話を進めているんだ』とアイコンタクトを送る。
 
 マリーは三人に『後で説明するから』とアイコンタクトを送る。

 コモドールは嬉しそうに『この辺で失礼します』と去っていった。

 同時にアリスがマリーを睨みつける。
 
「マリー、どういうつもりだ。ちゃんと説明しろ。僕がディック以外の男の元に行くなど有り得ないぞ」

「アリス、この件に関して元を辿ればあなたにも責任があるんですよ?」

「どういう意味だ?」

 アリスが全く気付いていない事にマリーは呆れている。これだから無自覚防衛システムは……

「ディックのターゲットはあなたが全て片付けてしまうでしょう? そのせいでディックは碌に経験が積めていないのよ? 少しは反省なさい」

 アリスは心当たりがあるようでいつもの様に自信満々に食って掛かってこれないようだ。タジタジしながらも何とか反撃を試みる。
 
「いや、しかしだな…… ディックが傷つくのはみんな嫌だろう? 僕はディックの血を見るのも嫌なんだ。メンタルが耐えられない」

「仮に傷がついてもどうにでもなる様にリシェルがいるんでしょう? 私だって本当はこんなことしたくないですよ。でもいい機会なんです。ディックを成長させるためのね……。
 それに暴力で片を付けるのは簡単。でもそれじゃあの豚に負けた気がするから嫌よ。真正面から奴らの策を叩き潰さないといけない。だから私たちがディックをAランクまで成長させるの。もちろん表立って手伝う事はしません。裏からサポートするだけ」
 
「そ、そんな…… 二年後まで碌にディックと関われないなんて私に死ねと言っているのか?」

「私だって辛いのよ! あなたたちだけじゃないの! 自分で出した案とは言え後悔してるの! でももう後には引けない!」

 普段冷静なマリーが珍しく感情露わにして叫んだ。マリーは既に血涙を流していた……。
 
 マリーの覚悟を汲み取った三人は『二年間必死に耐えよう。ディックに近づく女共は理由を問わず無条件で制裁』をスローガンに覚悟を決めた。




~ その頃のディック(四人とは別の部屋) ~

「ん~、このケーキ美味しいなあ。それにしても四人は遅いなあ。どこで何してるんだろう。このケーキをみんなで一緒に食べたいなあ。あっ、そうだ。このレシピ教えて貰えるようだったらみんなに作って上げたいなあ」




 ディックは知らない。ディックの為に王国の政治に利用されかけて立ち向かっている四人の勇者がいることを。
 
 ディックは知らない。ディック育成の為に血涙を二年間流す覚悟を持った四人の鬼軍曹がいることを。
 
 ディックは知らない。これからディックに近寄る女達を裏で制裁すると誓った四人の守護者がいることを。