「なあ、もういいか?」

 さっきまでヘラヘラしながら軽口を叩いていた冒険者はしんみりして尋ねて来た。
 
 先程までの下世話な煽りはどこへ行ったのかと言うほどに鳴りを潜めてしまっているけど、芝居でもしているのだろうか?
 
「あら? 先程までの威勢はどこに行ったのですか? まさかとは思いますが、わたくしのIカップに欲情していまいましたか? 残念ですが、わたくしは予約済みですので他を当たって頂けますか。 あぁ、もしよろしければそちらのAAAカップ…… 失礼、AAカップの人には空きがありますのでどうぞご利用くださいませ」

 うわあ、まだ根に持ってるっぽいね。何故かその話を聞いた途端に冒険者達は申し訳なさそうな顔をしている。
 
 何でだろうと思っていたら、どうやらアリスが必死にAAAカップからAAカップに昇格した際の苦労話に心打たれたんだとか。
 
 この人達って実は心根はいい人達なのかもしれない。
 
「正直に言うとお前らの事気に入らなかったんだよ。俺達は十五年以上かけてようやくここまで来たってのにお前ら一年もしない内に既にCランクだろう。その時思ったのさ『コイツ等は才能だけで生きて来た何の苦労も知らないお坊ちゃん、お嬢ちゃん達』なんだってな。けどよ、さっきの話…… 俺達の知らない所で涙ぐましい努力をしていたんだなぁって思ったらよ…… なんというかコイツ等も俺達と変わらねえのかもしれないってな」

 どうでもいい小話だけど、この子達はお坊ちゃん、お嬢ちゃんではない。ただの平民だしね。

 アリスのカップサイズ偽り疑惑はそんな感動話になってるなんてだれも予測はつかなかった。
 
 だが当のアリス本人は心外と言わんばかりに憤慨している。
 
「おい、ふざけるな! 僕の努力は君達程度に理解できていい話じゃないんだ! コラ、憐れむんじゃない!」

 アリスが冒険者たちに突っかかろうとすると、近寄るなと言わんばかりにリシェルの鞭が足元に放たれていた。
 
「アリスさん、今回の担当はわたくしですから、これ以上は近寄らない様に」

「ううう…… なんて厄日なんだ。僕の見せ場がまるっきりないじゃないか……」

「大丈夫よ。トリはアリスの力が必要だから今は温存しておきなさい」

 アリスは力なく頷くとしゃがみ込んで膝を抱えて大きなため息をついていた。案外メンタル雑魚かもしれない。
 
 さて、リシェルの方はというと……
 
 鞭で冒険者たちをひっぱたきまくっている。
 
 楽しそうに……お嬢様キャラがよくするような高笑いをしている。
 
 しまいには冒険者達は何時の間にやら四つん這いになって尻をリシェルに向けている体制になっているんだけど……ウチが見ていなかった一瞬の間に一体何が起きたんだ?
 
「くっ、殺せ! いっその事殺せー」
 
「あら? ギブアップするにはまだ早いのではなくて?」
 
 おっさんの『くっころ』なんて聞きたくなかったよ。それは女騎士の特権みたいなもんでしょう。
 
 ダメだ、夢で出てきそう。さっさとこの光景を忘れたいだけど、ついつい見てしまう。
 
 リシェルは突き出されたおっさんの尻に履いていた靴のヒール部分で踏みつけて未だに高笑いしている。本当に聖職者なのか、コイツは……。
 
 そりゃこんな光景はディックには見せられないよね。このカオス空間はどうしたら収拾着けられるの?
 
「貴様ら、いい加減にしろおおおおおお! 高い金を払っているんだぞ、A級冒険者の称号はニセモノか!?」

 激怒している副商会長とは別に至極冷静な冒険者は四つん這いのまま首だけこちらに向けて自分たちは全力で抗おうとしたが、完全に実力の差で敗北した事を真面目な顔つきで説明しているが、全体の構図を見ると真面目に説明しているように見えない……。
 
 いや、だって…… どうみても『欲しがってる』様にしか見えないんだけど、一体どんな調教をしたらそうなるのか? 恐るべし、リシェル。
 
「さて、副商会長殿…… 虎の子の冒険者ですらあのザマで万策尽きたようですが、そろそろ諦めますか?」
 
「まだだ! 私にはまだ五百人の私兵と試作ながら最新用軍事兵器が――」

「それも知っています。こちらをご覧ください」

 マリーが指したプロジェクターには別の動画が映し出されていた。
 
 これは…… アーカイブじゃない、ライブだ。リアルタイムでとある巨大な邸宅と広大な庭が空中から映し出されていた。
 
「これは…… 私の…… 自慢の自宅ではないか」

 どうやら副商会長の自宅らしい。それにしても滅茶苦茶でかいな。パッと見た感じでも自宅と庭を含めて半径五キロはありそう。流石は王国内の流通を牛耳るギルガリーザ商会の副商会長。こんな自宅に一度でいいから住んでみたい。でも本当に一度でいい。毎日ここに帰ると思うと胸焼けするくらいでかすぎて疲れると思うから。

「そうです。何か違和感に気付きませんか?」
 
 ……これは…… 副商会長の自宅は一度も行った事はないけど、ウチでも気付いた。これは画像ではなくライブなのだから……。
 
「……だれも……いない?」

 マリーは嬉しそうにニンマリしている。悪い顔だなぁ…… とてもじゃないが、ディックには見せられない表情をしている。
 
「正解です。ここに来る前に避難して頂きました。今映している場所にいた全ての人間、全ての動物含めて別の場所に移動してもらっています」
 
「何の為に?」

「それは今からのお楽しみです。セリーヌ、お願い」

「やっとアタシの出番が来たかあ、このままずっと背景のまま終わるんじゃないかと思って半分寝そうになっちゃったよ」

 壁際に立っていたセリーヌが欠伸をしながらマリーの近くまで歩み寄って来た。腰にぶら下げた剣を抜き、剣と会話していた。
 
「頑張ろうね、はーちゃん」

「やっと私達の出番ですね、我が主(マイマスター)。私も張り切っちゃいますよー!」

「貴方が張り切るとこの辺一帯を含めて焦土と化してしまうから言われた事だけやって頂戴」

 あれが噂の喋る剣…… なんか当たり前の様にしれっと不穏な事言ってる……。心臓に悪いからやめてくんない?

「Boo!、マリーさんがなんか冷たいですよ我が主(マイマスター)

 マリーを除いた彼女等は自分たちの手の内を隠すような事は殆どしない。特にセリーヌが所有しているあの剣なんて簡単に見せていい代物でもないと思うのだけど、そんな事を気にする素振りは一切見せない。だが、それこそが彼女等の強さでもある。
 
 セリーヌは剣を巧みに操り、天井を切り裂いた。円柱状の天井を上手く刳り貫く様な形で切り裂いていく。セリーヌの下半身はほとんど微動だにする事なく、上半身だけ世話しなく動いているのだろうが、あまりの速度にウチの目ですらセリーヌの剣閃を追いきれていない。ただ無数の風切り音だけはしっかり聞こえている。
 
 その過程で瓦礫が落ちてくると思いきや、その瓦礫すらも切り裂き、細かく分断されて気がついたら砂粒程までになっていた。これなら瓦礫……もとい、砂粒が落ちてきても誰もケガなどしないでしょう。
 
 出来上がったのは、綺麗にぽっかりと穴の開いた天井。お空が丸見えという奴であるが、青空会議でもしたいのだろうか?
 
 セリーヌは一息ついて、剣にねぎらいの言葉をかけていた。
 
「はーちゃん、お疲れ様。また鞘に入っててね」

「あうぅぅ、残念です。またすぐに呼んでくださいね我が主(マイマスター)
 
「ありがとう、セリーヌ。さて、見晴らしも良くなった事ですし続けましょうか。話は変わりますが、副商会長殿は敬虔なリルデムール教の信徒であると伺っておりますが、この点に誤りはありますか?」

「そ、そうだ。私がこれまで商売を成功してきたのも創世神リルデムール様に祈りを捧げ続けて来たからに他ならない」

「リルデムール教の教義では神が住まう場所とはどこかは副商会長殿であればもちろんご存じですよね?」

 穴の開いた天井を見上げながら鼻息を荒くして自信満々にしている。

「フン、私を試すつもりか? 小娘ごときが! 神は空の遥か上空にある神の国に住んでおられるのだ。人間如きではとても到達できぬ高みにいらっしゃる」

「ご高説ありがとうございます。では、もしもその高みから何か災難が降りかかるようであれば…… それはすなわち神の怒り―ー天罰という事になりますよね?」

「何が言いたい? 私は時間さえあれば祈りを捧げて来た。多額のお布施も行ってきた。その私に天罰だと? そんなことあるわけないだろうが!」

「では予言しましょう。貴方には天罰が降りかかるとね……」

「何様のつもりだ? 神が行われる事を予言するだと? 信徒でもなく、人間としても『下の下の下』である平民冒険者の貴様がか? 侮辱するのもいい加減にしろ! メスガキがああ!」

 うわ、ガチギレじゃん。第一印象は絶対に神に唾でも吐いてそうな男だと思ったのにまじで信徒なんだ。いや、ここまで来ると狂信者なのでは? と思う。
 
「侮辱? いえ、私は神の存在を否定するつもりはありませんが、然程興味がないだけです。神に祈りを捧げる時間があるなら研究と開発を優先しますから」

 あちゃー、ただのタコ親父かと思ったら今のマリーにブチギレそうになって顔を真っ赤にして余計にタコ親父になってきてしまった。
 
 今の話を聞いてふと疑問に思った事がある。マリーの発言はリルデムール教の教義から真っ向に反論しているわけではないが、喧嘩を売っているように聞こえなくもない――それこそ侮辱として捉えられてもおかしくはない。
 
 にも関わらず、敬虔な信徒であるはずのリシェルが何も言わない事に違和感がある。いくらパーティーメンバーとは言え、それを許す様なタイプには見えないのだけど……。そのリシェルは未だにA級冒険者達を踏みつけて、すっごいご満悦そう。
 
「貴様の言う天罰が降りかからなかったら覚えておけよ! リルデムール教を総動員してでも貴様を磨り潰してくれる」
 
 総動員ってアンタ…… ただの信徒であって司祭でも司教でもないでしょう。どうやって人を確保するつもりなんだか……。
 
「お好きになさったらいいと思います。アリス、始めるわよ。天罰の時間よ」

「フフッ、ようやく僕の出番かい。待たせてしまった分、張り切っていこうじゃないか」
 
 うえっ、よりによってこの二人で何かするの? 嫌な予感しかない…… なんかもう…… 帰りたくなってきた。