「こちらをご覧ください」
 
 マリーが差し出した手のひらの上には四角い箱が乗っていた。
 
 そのサイズはマリーの小さい手のひらにすら簡単に収まってしまうほどの大きさの箱。よく見るとレンズの様なものが付いているけど、カメラにしてはシャッターが付いている様には見えない。
 
「なんですか? これは……」
 
 幹部の一人が興味津々にマリーの手のひらの箱に注目している。さすがは商売人…… 見たことが無いものにはすぐに食いつくだけじゃない。あのマリーが作ったアイテムなのだ。売れるものだと確信しているのだろう。
 
「従来であればここに魔導ディスプレイを召喚してお見せするのが一般的なやり方かと思いますが、大きさに制限がありますから私から見て一番遠くにいらっしゃる商会長様からですと些か見づらいかと思います。そんな時にはこれ! こちらはプロジェクターと言って壁面に映像を投影して大勢の方に見て頂く為の新しい形のディスプレイになります。ですが、それだけでは芸がたりません。プロジェクターの動力源は私が改良した魔石を搭載しているのですが、込める魔力量の増減で投影可能な最大距離を変更することが出来、魔力の質を変える事で背面を透過にしたり遮断することができる為、必ずしも壁面がないと投影する事が出来ないという訳ではなく、これ単体で解決できる優れものなのです。他にも――」

 マリーはやたらと早口言葉で今の説明を実践するためにパーティーメンバーの写真をプロジェクターで壁面に投影してみせたり、表示するサイズも自由自在に変えたりしてプロジェクターについてプレゼンしている。

 ちょっと、マリーさん。趣旨が変わってない? なんか売り込み口調になってるのは気のせいかしら?
 
 商品開発本部の本部長がまるで野生の獣の様な目つきでプロジェクターを見つめている。プロジェクターが欲しくてしょうがないんでしょうね。
 
 営業本部の部長も名刺を取り出してそわそわしている。マリーとの交渉は後にしてください……。
 
 商会長に説明するんじゃなかったの? そんな商会長は眉を一つ動かす事なくマリーの説明を聞いているが、このままでは埒があかない。
 
 このメンツの間に割り込むとか胃が痛くなるけど、そんな事言ってる場合じゃない。
 
「マ、マリーさん。プロジェクターの凄さは分かりましたから、まずはこれで何を説明するのか先に進めて頂けませんか?」

「ハッ! そうでしたね、ごめんなさい。特に売り込みたいわけじゃなくて、私の周りの連中は発明品の説明をしても「ふーん」とか「へー」で終わっちゃう人しかいないから……。ちょっとだけ楽しくなってきちゃって……」

 言わんとしてる事はまあわかる。アリスもリシェルもセリーヌもマリーの発明品の異常さを絶対理解してなさそうだもんね。承認欲求があるのは別に悪い事ではないと思うけど、別の機会でお願いします。
 
 マリーはディックを手招きして自分の元に呼び寄せていた。
 
「どうしたの、マリー?」

「ディック、動かないで」

 マリーはそう言うと、ディックの肩から何かを摘まむような素振りを見せていた。摘まんだモノは…… 虫にしか見えなかった。
 
「マリーさん、それは…… 虫ですか?」

「フフ、そうよ。虫に見えるでしょう?」
 
 その言い方だと、虫に擬態した別の何かという事だと思うけど、それが何かまではわからない。
 
 マリーは正解は言わずに虫に見える何かをプロジェクターの上部にある台座の様な場所に置いた。
 
 
 
 すると……
 
 
 
 カチリと無機質な音が鳴った直後にプロジェクターに突然映像が映し出された。
 
 それは…… 商会の倉庫の外の映像だった。いつの間にと思っていたら、音声も流れ始めた。
 
『すみませーん、誰かいませんかー? あのー、お届け物なんですけどー』
 
 あれ……? これどこかで聞いたセリフ……。ディックの声?
 
『オイ、何でこの場所に人が来るんだ! お前ら黙らせて来い』
 
 何度聞いても背筋が凍るような汚らしいこの声とこのセリフで思い出されるあの光景。
 
『あれ? やっぱり人います? お届け物でーーす。 えーっと…… ここにあるドアから入れるかな?』
 
 やっぱりそうだ。荷物配達でディックが倉庫に入ってきてウチを庇ってくれたあの時だ。
 
 でもこの映像を見る限りは、どう考えてもディックの目線っぽい? ちょっと下かもしれないんだけど……。いつの間にこんな映像を撮っていたんだろう?
 
 ――ん?
 
 あっ! まさかあの虫がそうなの?
 
 ウチはマリーにさっきの虫について聞いてみる事にした。
 
「マリーさん、あの虫ってもしかして――」

 マリーは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに語りだした。

「フフ、そうよ。あれは私が開発した虫に見える小型追跡機なのよ! 追跡対象をどこまでも追いかけつつ、虫目線での映像を録画、撮影する事も出来、高画質モードにしても二十四時間は連続録画可能な容量も兼ね備えているわ。さらに警告(アラート)機能も付いていて追跡対象を中心に指定範囲内に近づいた種族、性別を設定する事で監視側に通知することも可能な優れものよ!まだまだ説明は終わらないわよ、続いて――」
 
「わ、わかりました! わかりましたから! マリーさんが凄いのはわかりましたから、一旦落ち着いてください。」
 
「あらそう? じゃあ、今度ちゃんと説明してあげるわね。話を戻しますが、こちらに投影している映像の様に配達を行っていたディックに追跡機を付けていましたから倉庫内で行われていた貴方がたの行いについては全て目に見える形で証拠として残っております。何か反論等はありますか?」
 
 この人しれっと説明してるけど、この追跡機ってディックの動向を確認するためのものだとしたら完全なストーカーなのでは?
 
 当のディック本人は全く気にする素振りを見せていない事から日常茶飯事なのだろうけど、少しは気にした方がいいと思うよ……。
 
「なるほど、証拠としては十分ですね。君から言う事は何かあるかね?」
 
 商会長は相変わらず無表情で顔は動かさずに目線だけ司令官に向けている。
 
「ちっ、ちがっ! これは、これは…… こ、こ、こんなの盗撮だ! 盗撮で訴えてやるからなああああ!」

「今議論にしているのは貴方が部下に対して行った強姦未遂及び無関係なディックに対する暴行未遂の件です。盗撮どうこう言う前にまずはこの映像に映っている事に対する釈明をお願いします。盗撮という話についてはその後に幾らでも聞いてあげますよ。まあ、貴方に『その後』があればですけどね」
 
「……ぐっ……」

 もう反論材料が無くなったのか、司令官はそれ以上は口を開かず俯いて身体を震わせている。
 
 商会長は目を閉じてため息をついた後、ジロッと司令官を見つめながら「君にはガッカリだよ。沙汰を待ちたまえ」と言い放った。
 
 それは一般的にやってはいけない事をやったからなのか、こっそりやってバレなければいいものが露見したからなのか、どちらに対する答えだったのかウチにはわからなかった。
 
 一つ目のケリはついたけど、マリーが要求内容はまだ二つ残ってる。
 
 二つ目はディックに対する賠償請求だ。マリーがまた悪そうな顔でニンマリしながら話を始める。
 
「彼らの処分は貴方がたにお任せしますが…… 厳正なる処分を行っていただけると信じております。それでは二つ目の件に移らせて頂きます。私達のパーティーメンバーであるディックに対する損害賠償請求として御社の全事業一週間分の売上を請求させて頂きます」

 は? とんでもなく無茶苦茶言い出してるよ、この子……。
 
 個人に支払う額じゃないし、商会全体の一週間分の売上っていくらになると思ってんの……。
 
 流石にこれはやり過ぎでしょと思っていた矢先、幹部の一人が机を思いっきり叩いて憤慨した表情で怒鳴り散らし始めた。
 
 副商会長だった。
 
「ふ、ふざけるなあああああああ! 一体幾らの金額になるか分かって言ってるのか! 子供が遊び半分で口にしていい額じゃないんだぞ!」
 
 マリーは目を細めて睨みつけるような視線を副商会長に向けていた。声にも少し圧が入り始めた。
 
「貴方がたが手を出そうとした人物は我々にとって相応の人物だという事をご理解ください。今回はあくまで警告の意味も込めてますからお金で済ませましょうと言っているのです」
 
「警告だと? どういう意味だ?」

「言わないと理解できませんか? そもそもこの商会が違法に行っていた裏事業の情報だけでも十分営業停止に持っていけるだけの材料になり得えます。それに加えて表でも他商会に対する悪質な嫌がらせ、別の街で馴染の冒険者を使って周辺で嘘の噂をばら撒いて風評被害を受けた商会があることを私が知らないとでも?」

 いつでもこの商会を潰すだけの材料は揃っているという事でしょう。
 
 表立って潰すと商会に頼っている無辜な民たちの生活にも影響が出てしまう事も考えられるし、今回はこれで手打ちにしてやるということか…… えぐいけど、商会の命と引き換えと考えれば案外安いものなのかもしれない。
 
「な、なんの証拠があってそんなことを――」

「先程の映像を見てもまだ私がなんの証拠もなしにブラフで口論をしているとお思いですか? いいですよ、貴方にとっておきの映像をお見せしましょうか? 例えば、四日前の午後九時すぎに副商会長殿が受付嬢と三番街の連れ込み宿に――」

「ま、ま、ま、まてまてまて! どこでそれを……」

 副商会長は顔面を真っ青にしながら必死にマリーのセリフの先を止めようとしている。
 
 マリーは副商会長の必死に慌てる顔をとても楽しそうに見つめている。
 
 これは精神的に一番きついヤツ。一番敵に回したくないヤツだわ。
 
「フフ、そういえば奥様は伯爵家のご令嬢なんでしたっけ? この事が耳に入ったら伯爵家との家族会議が盛り上がる事間違いなしですわね。まあ、バレる事に狼狽えるくらいなら最初からやるべきではありませんでしたね」
 
 ちょ、ちょ、ちょっとあまり火に油を注ぐような事は言わない方が……。
 
 貴方にとってはネズミ程度にしか思ってないかもしれないけど、追い込みすぎると……。
 
「副商会長、そこまでだ。彼らの要求を呑むしかなさそうだ。我々は相手を間違えたようだ」
 
 商会長は諦めているが、副商会長はそうでもなさそうだ。まだ手があるんだろうか?
 
 追い詰められたネズミは猫をも噛むというけど、まさかこんな悪魔の様な連中にまで噛みつくとは思わなかった。
 
 副商会長は首にぶら下げていた笛を口に加えて音を鳴らした。
 
 すると、会議室の入口に向かって多数の足音が聞こえてくる。近くに待機してた連中を呼び寄せたようだった。
 
「貴様らをここから生きて帰すわけにはいかなくなった。死ぬか奴隷になるかくらいは選ばせてやる」
 
 入口の方を振り返ると、十人ほどの冒険者が押し寄せていた。
 
 どれもこれも資料で見たことのある顔ぶれ……。
 
 全員がAランク冒険者だ。