ウチがそんな悦に浸っていて夢見心地でいる間にアリスはディックに説得されて倒れた五人の同僚にこれ以上手は出さないと約束したものの、司令官については扱いは別の様だった。
アリスは徐に倒れている司令官に近づき頭をゆっくりと踏みつけた。
「君さ、いい加減に寝たふりをするのを止めなよ。バレないとでも思ったかい? だとしたら僕の事を相当舐め腐っているようだな。見た所この無作法者達の親玉の様だが、犬どもに碌な躾も出来ない様な飼い主には相応のお仕置きが必要かもしれないね。それが嫌ならまずは返事をしたまえ…… でなければその頭が熟れた果物が木から落ちるかの如く汚らしく破裂することになるよ」
アリスの言う通り司令官は寝たふりをしていた。アリスの殺気でバタバタと倒れていく現役暗殺者達を目の当たりにして恐怖を感じたからの行動だとは思うけど、何を血迷ったのか開き直り始めていた。
「くっそー、貴様ら! どこの何方様に手をあげたのか教えてやろうか? アァン?」
反抗してきた態度を見てアリスは嬉しそうにしている。
「へぇ、それは怖い怖い。それでは貴方様はどこのえらーい御方なのか無知なるボクに教えて頂けますか?」
アリスの足に少しずつ力が入り始めたら司令官の頭がミシミシ音を立て始めた。
「痛たたたたたた! 顔、顔、顔! 潰れてしまう」
「早く、教えて頂けるんでしょう? 早くしないとどんどん足に力が入ってしまいますよ?」
「クソがっ! 聞いて驚け、私はあの『ギルガリーザ商会』の幹部なんだぞ!」
しかし 辺りはシーンとしている!
聞きたがっていた当のアリス本人は額に皺を作ってしかめっ面をしている。しまいには首を横に倒して頭を捻っているようだけど、どう見ても頭から『?』の文字でも浮かんでそうな表情をしてる。
まさかとは思うけど…… 知らない? いや、そんなまさか。だって子供からお年寄りまで幅広い年齢層に支持されているこの国一番の大手総合商会だよ…… 無知にも程があるでしょ。
「ディック、すまないが『ギルガリーザ商会』について教えてくれないか?」
「総合商会…… つまりは何でも取り扱ってるって事。僕達が普段食べてる食料品から子供向けのお菓子だったり冒険者用の武具、日用雑貨とか色々あるよ。むしろ取り扱ってない商品がないかも?というくらい沢山の商品があるんだよ。ていうかさ、アリスもこの間一緒に食材を買いに行ったじゃないか」
「あっ、二日前に一緒に買い物に行ったアレか! いや、すまないな…… ディックと二人で買い物当番だったから久しぶりに腕を組める喜びが大きすぎて他の事など全く何も覚えていなかったんだ」
「そ、そうなんだね。喜んでもらえて何よりなんだけど…… 出来れば、次回はちょっと覚えていて欲しいかな」
「フフッ、善処するよ」
「貴様ら! 何こっちをガン無視して二人だけの空気作り始めとんじゃ!」
司令官の事は心底ムカついて大っ嫌いだけど、今だけは「よく割り込んだ」と言ってやりたい。
やっぱりこの二人ってそういう関係なのかなあ…… でもディックの反応を見てると受け身の姿勢と言うか一歩引いている様に見えなくもない……。
どうにかして確かめるチャンスが欲しいけど、今割り込もうとすると怒りのアリスの矛先をこちらい向けてしまう恐れがあるからちょっと無理……。
「はぁ…… 君さあ、僕とディックの間に割り込むとか何様のつもりなんだい? あまりふざけていると寿命を余計に縮める事になるよ? ――そういえば、君に聞いていなかったけど、何故ディックを襲ったのか理由をいいたまえ」
「そいつはついでだ。本来の目的はそいつの後ろにいる女だ」
「ついでだと? 僕のディックをついで扱いしたのか? キミィ…… そんなに早死したいのか! そうか、そんなにお望みならば今死ぬか」
違ああああう! そうじゃないでしょ! 突っ込むところはそこじゃない! 彼はウチに巻き込まれただけ! いえ、ウチを…… ウチなんかを助けてくれようとした『王子様』なの。
「す、すみません! すみません、すみません! そこに倒れている女が目的でしたが、間に割り込んだ方が美しかったために欲情してしまいましたぁ!」
アリスの間近から殺意を受けて司令官もプライドも何もなくなってきたわね。アリスも満足げにニンマリしている。
「そうだよなあ? 美しいだろう、僕のディックは! フフ、君は実に見る目があるね。よろしい、君の処刑はしばし延期するとしよう」
処刑することは変更されないんだ…… それにしてもなんて感情が忙しい女なんだろうか。一緒にいると絶対疲れるし友人になりたくないタイプ……。
「では、次は君だ。ディックの後ろに隠れている女…… そう、キミだよ。どうやらこの状況の原因はキミの存在のようだが本人から説明してもらえるかな?」
とうとうウチの番になってしまった。アリスの視線がウチを捉える。ウチはその視線とバッチリ目があってしまった……。
目が合っただけなのに明確に死をイメージさせる目の奥にあるどす黒い何かがウチの中に入ってきた。身体が動かない、震えが止まらない、息苦しい…… 同じ人間と目が合ってるだけとは思えない…… なんなの、コレは……。
「ヒッ! ウチ…… いえ、私は…… その」
「アリス!」
ディックの割り込みに「ハッ!」と我に返る。この状態が続いていたら間違いなくウチも同僚達と同じ様に昏倒していたと思う。
ディックはウチの怯えた表情を確認すると「僕から説明しますから落ち着いて頂いて平気ですよ」なんて言ってくる。だからその顔は反則だってば……。
「僕が倉庫に入って来た時にこの女性が襲われていたところだったんだ。だからとぼけたフリをして近づいて間に割って入ったところにアリスが入って来た感じだね」
アリスは先程の死の目線とは違って品定めする様にウチを見だした後、ディックに視線を移して呆れた様に頭を抱えていた。
「ディック…… 君はまたやらかしたのかい?」
「えっ? どういうこと?」
「だから、君はこういった事件にホイホイ自分から首を突っ込んだ挙句、彼女の様な『被害者』を増やす事になるんだ。気をつけたまえよ」
「僕が首を突っ込んだら被害者を増やす? いや、違うよ! 彼女が被害にあっていたから助けようとしただけで……」
「いや、そうじゃないんだ。ああああ! もう! ディックはどきたまえ、僕が彼女と話をする」
アリスはウチの目の前までやってきた。しゃがんで顔を近づけてきて、ウチにだけ聞こえる様に話しかけて来た。
「いいかい? ディックはこういう男なんだ。だから勘違いしてはいけないよ。彼は無自覚に老若男女問わず人を助ける癖があるんだ。君に思うところがあって助けた訳ではない事を覚えておくんだ」
あー、『被害者』ってそういう意味なんだ。男女関係の機微が疎いウチですらこのザマだから、思春期真っ只中の女の子相手にこれをやらかしたら舞い上がっちゃうよねえ。アリスの懸念も最もだ。
それでも…… ウチにそういった視線を向けてこないのも彼しかいないから…… 可能性は薄くてもかけてみたい。
「あの…… 貴方達は付き合ってたりするんですか? 恋人だったりしますか?」
アリスは今日一番の満面の笑みを私に向けてくる。
「やっぱりそう見えるかい? いやあ、君は見る目があるなあ! ディック、僕達は周りから見ると恋人同士にしか見えないらしいよ。これはもう夫婦と言っても過言ではないよね?」
いや、断じてそこまでは言っていないが、ディックは顔を真っ赤にしながら顔を手で隠してモジモジしている。
「いや、ちがっ! そっ、そういう関係じゃないから! 幼馴染なんです! 家族の様な…… そんな感じなんです。僕にお嫁さんとか早すぎるよぉ……」
今の所はアリスの一方通行でしかない。であれば、まだ付け入るスキは残っていそう。ディックにウチの女の部分を意識させれば望みは繋がるかもしれないなんて考えてたらディックに話しかけられてしまった。
「あの、お姉さん…… そもそもなんで襲われてたんですか? なんか理由とかあったりします?」
「へあっ? ご、ごめんなさい! 考え事をしていたもので聞いてませんでした。もう一度お願いします」
あっぶな、疚しい事を考えている最中に話しかけられたもんだから心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。
「この人たちに襲われていた理由を聞きたいんですけど、話したくないから無理に聞き出したりはしません」
「大丈夫ですよ。それは――」
ウチが商会の裏にある暗殺部隊に所属している事、司令官との出会いから上司に呼び出しを受けて、出された条件を跳ね除けてここまで呼び出された経緯を二人に話した。
「――チッ、クズが。表向きはどれだけ堅実な商売をしていようが、裏でこんな真似をしている様であればやはりお仕置きが必要だね。マリー達に連絡をとろう」
アリスは上着の胸ポケットから手のひらに収まるサイズの四角い箱の様な物を耳に当てていた。
「あぁ、マリーかい? 僕だ。ちょっと相談があるんだが――」
え? まさかあれ遠隔通信魔道具? そんな馬鹿な! この間ウチの商会から発売された通信魔道具だって背中に受信機を背負うサイズで重量も相まって売れ行きが滅茶苦茶悪いのに…… そんな大きさで通信できるの? うそでしょ? どこでそんなものを……。
そんなものがあったらもっと仕事やりやすくなるのになんて考えていたらアリスの通話が丁度終わっていたようだった。
「マリーも以前からあの商会については胡散臭さを感じていたらしくて独自に調査していたらしい。君が言っていた暗殺部隊以外にもこの国で禁止となっている『奴隷売買』、『禁止薬物の製造、販売』に加えて『競合他社への圧力に脅迫』も日常的にやっているみたいだね。全く…… 犯罪の総合商会でもあったわけだ。扱わない商品が無いに加えて行っていない犯罪も無いくらいに清々しい程の商売スタンスだね」
最新の技術でも足元に及ばない程の魔道具を独自に開発し、調査能力も国家レベルを簡単に超えていく……。そして本人の魔法使いとしての力量は宮廷魔導士を全員まとめて片手で秒殺するとも聞いた事がある。
それが――『異端魔女 マリー』
噂には聞いていたけど、実際目の当たりにすると噂以上だわ。
「マリー達とはギルガリーザ商会本部前で待ち合わせする事になったよ。君はどうする?」
ウチ? ウチは…… やっぱり我慢ならない。散々商会の為に尽くしてきたのに、ぽっと出のオッサンにウチを売るような真似を許す幹部陣をぶん殴って辞表を叩きつけてやらないと気が済まない。
「ウチも連れて行ってください」
「念のために言っておくが、最悪の場合は今日で商会の終焉を迎えるかもしれない。その現場に居合わせる覚悟は出来ているかい?」
「勿論です。むしろ商会長の顔面に辞表を叩きつけやらないと気が済みません」
「へぇ、いい覚悟だ。ならば付いてくるといい」
「じゃあ、あの人も連れていく? なら担いでいかないとね」
ディックが指していたのは司令官だった。まあ、当事者だしね。どうせ自分に都合のいい言い訳をするんだろうけど、その辺りはきっと彼女たちがなんとかしてくれるのだろうと思ってる。
「全員連れて行くよ。ただ、ディックは彼らに触れてはいけないよ。僕のディックに彼らの体液で汚されるかもしれないんだからね。方法もちゃんと考えてあるさ」
そう言うとアリスは魔法の詠唱を始めた。すると、同僚と司令官の全員の身体が宙に浮き始めた。
「これは……?」
「重力魔法の応用だよ。荷物運びにも使えると考えれば中々使い勝手のいい魔法だと思わないかい?」
「やっぱりアリスは凄いや。僕ももっと頑張らないと」
「いやいや、ディックにはもっと大事な役割があるだろう? 僕をお姫様抱っこしてベッドまで連れて行って朝まで愛し合うという大事な役割がね」
「ちょっ、ア、アリス?」
うーん、やっぱりこの人達に任せて大丈夫か不安になって来た。
アリスは徐に倒れている司令官に近づき頭をゆっくりと踏みつけた。
「君さ、いい加減に寝たふりをするのを止めなよ。バレないとでも思ったかい? だとしたら僕の事を相当舐め腐っているようだな。見た所この無作法者達の親玉の様だが、犬どもに碌な躾も出来ない様な飼い主には相応のお仕置きが必要かもしれないね。それが嫌ならまずは返事をしたまえ…… でなければその頭が熟れた果物が木から落ちるかの如く汚らしく破裂することになるよ」
アリスの言う通り司令官は寝たふりをしていた。アリスの殺気でバタバタと倒れていく現役暗殺者達を目の当たりにして恐怖を感じたからの行動だとは思うけど、何を血迷ったのか開き直り始めていた。
「くっそー、貴様ら! どこの何方様に手をあげたのか教えてやろうか? アァン?」
反抗してきた態度を見てアリスは嬉しそうにしている。
「へぇ、それは怖い怖い。それでは貴方様はどこのえらーい御方なのか無知なるボクに教えて頂けますか?」
アリスの足に少しずつ力が入り始めたら司令官の頭がミシミシ音を立て始めた。
「痛たたたたたた! 顔、顔、顔! 潰れてしまう」
「早く、教えて頂けるんでしょう? 早くしないとどんどん足に力が入ってしまいますよ?」
「クソがっ! 聞いて驚け、私はあの『ギルガリーザ商会』の幹部なんだぞ!」
しかし 辺りはシーンとしている!
聞きたがっていた当のアリス本人は額に皺を作ってしかめっ面をしている。しまいには首を横に倒して頭を捻っているようだけど、どう見ても頭から『?』の文字でも浮かんでそうな表情をしてる。
まさかとは思うけど…… 知らない? いや、そんなまさか。だって子供からお年寄りまで幅広い年齢層に支持されているこの国一番の大手総合商会だよ…… 無知にも程があるでしょ。
「ディック、すまないが『ギルガリーザ商会』について教えてくれないか?」
「総合商会…… つまりは何でも取り扱ってるって事。僕達が普段食べてる食料品から子供向けのお菓子だったり冒険者用の武具、日用雑貨とか色々あるよ。むしろ取り扱ってない商品がないかも?というくらい沢山の商品があるんだよ。ていうかさ、アリスもこの間一緒に食材を買いに行ったじゃないか」
「あっ、二日前に一緒に買い物に行ったアレか! いや、すまないな…… ディックと二人で買い物当番だったから久しぶりに腕を組める喜びが大きすぎて他の事など全く何も覚えていなかったんだ」
「そ、そうなんだね。喜んでもらえて何よりなんだけど…… 出来れば、次回はちょっと覚えていて欲しいかな」
「フフッ、善処するよ」
「貴様ら! 何こっちをガン無視して二人だけの空気作り始めとんじゃ!」
司令官の事は心底ムカついて大っ嫌いだけど、今だけは「よく割り込んだ」と言ってやりたい。
やっぱりこの二人ってそういう関係なのかなあ…… でもディックの反応を見てると受け身の姿勢と言うか一歩引いている様に見えなくもない……。
どうにかして確かめるチャンスが欲しいけど、今割り込もうとすると怒りのアリスの矛先をこちらい向けてしまう恐れがあるからちょっと無理……。
「はぁ…… 君さあ、僕とディックの間に割り込むとか何様のつもりなんだい? あまりふざけていると寿命を余計に縮める事になるよ? ――そういえば、君に聞いていなかったけど、何故ディックを襲ったのか理由をいいたまえ」
「そいつはついでだ。本来の目的はそいつの後ろにいる女だ」
「ついでだと? 僕のディックをついで扱いしたのか? キミィ…… そんなに早死したいのか! そうか、そんなにお望みならば今死ぬか」
違ああああう! そうじゃないでしょ! 突っ込むところはそこじゃない! 彼はウチに巻き込まれただけ! いえ、ウチを…… ウチなんかを助けてくれようとした『王子様』なの。
「す、すみません! すみません、すみません! そこに倒れている女が目的でしたが、間に割り込んだ方が美しかったために欲情してしまいましたぁ!」
アリスの間近から殺意を受けて司令官もプライドも何もなくなってきたわね。アリスも満足げにニンマリしている。
「そうだよなあ? 美しいだろう、僕のディックは! フフ、君は実に見る目があるね。よろしい、君の処刑はしばし延期するとしよう」
処刑することは変更されないんだ…… それにしてもなんて感情が忙しい女なんだろうか。一緒にいると絶対疲れるし友人になりたくないタイプ……。
「では、次は君だ。ディックの後ろに隠れている女…… そう、キミだよ。どうやらこの状況の原因はキミの存在のようだが本人から説明してもらえるかな?」
とうとうウチの番になってしまった。アリスの視線がウチを捉える。ウチはその視線とバッチリ目があってしまった……。
目が合っただけなのに明確に死をイメージさせる目の奥にあるどす黒い何かがウチの中に入ってきた。身体が動かない、震えが止まらない、息苦しい…… 同じ人間と目が合ってるだけとは思えない…… なんなの、コレは……。
「ヒッ! ウチ…… いえ、私は…… その」
「アリス!」
ディックの割り込みに「ハッ!」と我に返る。この状態が続いていたら間違いなくウチも同僚達と同じ様に昏倒していたと思う。
ディックはウチの怯えた表情を確認すると「僕から説明しますから落ち着いて頂いて平気ですよ」なんて言ってくる。だからその顔は反則だってば……。
「僕が倉庫に入って来た時にこの女性が襲われていたところだったんだ。だからとぼけたフリをして近づいて間に割って入ったところにアリスが入って来た感じだね」
アリスは先程の死の目線とは違って品定めする様にウチを見だした後、ディックに視線を移して呆れた様に頭を抱えていた。
「ディック…… 君はまたやらかしたのかい?」
「えっ? どういうこと?」
「だから、君はこういった事件にホイホイ自分から首を突っ込んだ挙句、彼女の様な『被害者』を増やす事になるんだ。気をつけたまえよ」
「僕が首を突っ込んだら被害者を増やす? いや、違うよ! 彼女が被害にあっていたから助けようとしただけで……」
「いや、そうじゃないんだ。ああああ! もう! ディックはどきたまえ、僕が彼女と話をする」
アリスはウチの目の前までやってきた。しゃがんで顔を近づけてきて、ウチにだけ聞こえる様に話しかけて来た。
「いいかい? ディックはこういう男なんだ。だから勘違いしてはいけないよ。彼は無自覚に老若男女問わず人を助ける癖があるんだ。君に思うところがあって助けた訳ではない事を覚えておくんだ」
あー、『被害者』ってそういう意味なんだ。男女関係の機微が疎いウチですらこのザマだから、思春期真っ只中の女の子相手にこれをやらかしたら舞い上がっちゃうよねえ。アリスの懸念も最もだ。
それでも…… ウチにそういった視線を向けてこないのも彼しかいないから…… 可能性は薄くてもかけてみたい。
「あの…… 貴方達は付き合ってたりするんですか? 恋人だったりしますか?」
アリスは今日一番の満面の笑みを私に向けてくる。
「やっぱりそう見えるかい? いやあ、君は見る目があるなあ! ディック、僕達は周りから見ると恋人同士にしか見えないらしいよ。これはもう夫婦と言っても過言ではないよね?」
いや、断じてそこまでは言っていないが、ディックは顔を真っ赤にしながら顔を手で隠してモジモジしている。
「いや、ちがっ! そっ、そういう関係じゃないから! 幼馴染なんです! 家族の様な…… そんな感じなんです。僕にお嫁さんとか早すぎるよぉ……」
今の所はアリスの一方通行でしかない。であれば、まだ付け入るスキは残っていそう。ディックにウチの女の部分を意識させれば望みは繋がるかもしれないなんて考えてたらディックに話しかけられてしまった。
「あの、お姉さん…… そもそもなんで襲われてたんですか? なんか理由とかあったりします?」
「へあっ? ご、ごめんなさい! 考え事をしていたもので聞いてませんでした。もう一度お願いします」
あっぶな、疚しい事を考えている最中に話しかけられたもんだから心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。
「この人たちに襲われていた理由を聞きたいんですけど、話したくないから無理に聞き出したりはしません」
「大丈夫ですよ。それは――」
ウチが商会の裏にある暗殺部隊に所属している事、司令官との出会いから上司に呼び出しを受けて、出された条件を跳ね除けてここまで呼び出された経緯を二人に話した。
「――チッ、クズが。表向きはどれだけ堅実な商売をしていようが、裏でこんな真似をしている様であればやはりお仕置きが必要だね。マリー達に連絡をとろう」
アリスは上着の胸ポケットから手のひらに収まるサイズの四角い箱の様な物を耳に当てていた。
「あぁ、マリーかい? 僕だ。ちょっと相談があるんだが――」
え? まさかあれ遠隔通信魔道具? そんな馬鹿な! この間ウチの商会から発売された通信魔道具だって背中に受信機を背負うサイズで重量も相まって売れ行きが滅茶苦茶悪いのに…… そんな大きさで通信できるの? うそでしょ? どこでそんなものを……。
そんなものがあったらもっと仕事やりやすくなるのになんて考えていたらアリスの通話が丁度終わっていたようだった。
「マリーも以前からあの商会については胡散臭さを感じていたらしくて独自に調査していたらしい。君が言っていた暗殺部隊以外にもこの国で禁止となっている『奴隷売買』、『禁止薬物の製造、販売』に加えて『競合他社への圧力に脅迫』も日常的にやっているみたいだね。全く…… 犯罪の総合商会でもあったわけだ。扱わない商品が無いに加えて行っていない犯罪も無いくらいに清々しい程の商売スタンスだね」
最新の技術でも足元に及ばない程の魔道具を独自に開発し、調査能力も国家レベルを簡単に超えていく……。そして本人の魔法使いとしての力量は宮廷魔導士を全員まとめて片手で秒殺するとも聞いた事がある。
それが――『異端魔女 マリー』
噂には聞いていたけど、実際目の当たりにすると噂以上だわ。
「マリー達とはギルガリーザ商会本部前で待ち合わせする事になったよ。君はどうする?」
ウチ? ウチは…… やっぱり我慢ならない。散々商会の為に尽くしてきたのに、ぽっと出のオッサンにウチを売るような真似を許す幹部陣をぶん殴って辞表を叩きつけてやらないと気が済まない。
「ウチも連れて行ってください」
「念のために言っておくが、最悪の場合は今日で商会の終焉を迎えるかもしれない。その現場に居合わせる覚悟は出来ているかい?」
「勿論です。むしろ商会長の顔面に辞表を叩きつけやらないと気が済みません」
「へぇ、いい覚悟だ。ならば付いてくるといい」
「じゃあ、あの人も連れていく? なら担いでいかないとね」
ディックが指していたのは司令官だった。まあ、当事者だしね。どうせ自分に都合のいい言い訳をするんだろうけど、その辺りはきっと彼女たちがなんとかしてくれるのだろうと思ってる。
「全員連れて行くよ。ただ、ディックは彼らに触れてはいけないよ。僕のディックに彼らの体液で汚されるかもしれないんだからね。方法もちゃんと考えてあるさ」
そう言うとアリスは魔法の詠唱を始めた。すると、同僚と司令官の全員の身体が宙に浮き始めた。
「これは……?」
「重力魔法の応用だよ。荷物運びにも使えると考えれば中々使い勝手のいい魔法だと思わないかい?」
「やっぱりアリスは凄いや。僕ももっと頑張らないと」
「いやいや、ディックにはもっと大事な役割があるだろう? 僕をお姫様抱っこしてベッドまで連れて行って朝まで愛し合うという大事な役割がね」
「ちょっ、ア、アリス?」
うーん、やっぱりこの人達に任せて大丈夫か不安になって来た。