「新菜! よく無事で戻った! 池に乗り出す前に帰り方を教えようとしたのに、君が池に飲み込まれるようにして下界に降りてしまったので、ハラハラしながら待っていた。鱗珠の力は通じたかい? 怪我をして帰って来るなんて思いもしなかったから、肝が冷えたよ……」
新菜を抱き締めてほっとしているミツハに、心配を掛けてしまってすまなかったと謝罪する。
「いや、帰り道を示さなかったのは私の落ち度だ。気にするな。早く宮に戻ろう。あのあと、鯉黒の傷もほとんど消えたんだ。君の唄が効いている。君は素晴らしい巫女だ!」
ぎゅうぎゅうと新菜を離さないミツハにナキサワが苦笑する。
「ミツハさま、僕には何のひと言もないのですか。偶然とはいえ、新菜さんをお助けし、ミツハさまの許まで運びましたものを」
ナキサワの言葉にミツハが眉をひそめて反応する。
「感謝はしている。しかし抱きかかえて帰ってくる必要はなかっただろう。新菜は私の花嫁だ。むやみに触れて欲しくない」
「それは重々承知しておりますよ。ただ、僕も神だ。清い心には弱い。新菜さんの美しい心は、僕を惹きつけて止みませんね」
ナキサワの言葉を受けて、ミツハは自分の背に新菜をサッと隠した。
「我が花嫁に色目を使うな、ナキサワ。新菜は私とだけ、契約するんだ」
「へえ……。まだ契約できていないのに、強気ですね。僕ならいつでも契約できますよ、どうです、新菜さん。この縁を繋ぎませんか」
急に二柱の間に立たされてしまって、おろおろする。しかし新菜がナキサワに言うべきことは決まっていた。
「ナキサワさま、申し訳ございません。私は、ミツハさまの為に巫女になりたいのです」
ぺこりと頭を下げると、そこまでされるとな、とナキサワが苦笑した。
「まあいいや。今日は新菜さんと会えましたしね。またどこかでお会いしましょう」
ナキサワはそう言って六角宮を出て行った。
ミツハと共に水宮に戻るとチコと鯉黒が出迎えてくれた。鯉黒のその首にあった痛々しい傷がほとんど薄れているのを確認できてほっとする。
「鯉黒さん。少しは痛み、引きましたか?」
新菜の問いかけに鯉黒は戸惑っているようだった。
「あ、ああ……。今までさいなまれた痛みが嘘のように消えている……」
鯉黒がぱちぱちと瞬きをして、首の傷を何度も触り、痛みを確認している。
「新菜は素晴らしい力を持っているな、鯉黒。君の傷も、新菜の唄を聞き続ければ、いずれ癒えるだろう」
ミツハの言葉に新菜は言った。
「鯉黒さん。これからも私、鯉黒さんの為に唄いますね。私は、唄う事しか出来ないので」
「お前の唄の不思議な力の所為かもしれん。だが俺は、人間であるお前をミツハさまの嫁として認めたわけではない。ミツハさまを、真に救わなければ、認めることは出来ない」
相変わらず新菜に厳しい言葉を向ける鯉黒に、ミツハは苦笑する。
「鯉黒、君の忠義は分かる。だが、私にもどうにもできない君の傷を新菜が癒したなら、彼女を認めてやってほしい」
ミツハの言葉に鯉黒が恭しくこうべを垂れる。鯉黒が頑なに自分を認めない理由が、新菜も少しだけ分かった。それが鯉黒の、ミツハに対する忠誠の気持ちなんだろう。そう思ってしまう気持ちは、新菜にも分かる。
「分かっています。私はただ、出来ることを淡々と行うだけです」
新菜は凪いだ池の水面のような気持ちで居た。
庭の奥の池の血のような渦とどくどくしい黒い渦は、その色をなくしていた。
新菜を抱き締めてほっとしているミツハに、心配を掛けてしまってすまなかったと謝罪する。
「いや、帰り道を示さなかったのは私の落ち度だ。気にするな。早く宮に戻ろう。あのあと、鯉黒の傷もほとんど消えたんだ。君の唄が効いている。君は素晴らしい巫女だ!」
ぎゅうぎゅうと新菜を離さないミツハにナキサワが苦笑する。
「ミツハさま、僕には何のひと言もないのですか。偶然とはいえ、新菜さんをお助けし、ミツハさまの許まで運びましたものを」
ナキサワの言葉にミツハが眉をひそめて反応する。
「感謝はしている。しかし抱きかかえて帰ってくる必要はなかっただろう。新菜は私の花嫁だ。むやみに触れて欲しくない」
「それは重々承知しておりますよ。ただ、僕も神だ。清い心には弱い。新菜さんの美しい心は、僕を惹きつけて止みませんね」
ナキサワの言葉を受けて、ミツハは自分の背に新菜をサッと隠した。
「我が花嫁に色目を使うな、ナキサワ。新菜は私とだけ、契約するんだ」
「へえ……。まだ契約できていないのに、強気ですね。僕ならいつでも契約できますよ、どうです、新菜さん。この縁を繋ぎませんか」
急に二柱の間に立たされてしまって、おろおろする。しかし新菜がナキサワに言うべきことは決まっていた。
「ナキサワさま、申し訳ございません。私は、ミツハさまの為に巫女になりたいのです」
ぺこりと頭を下げると、そこまでされるとな、とナキサワが苦笑した。
「まあいいや。今日は新菜さんと会えましたしね。またどこかでお会いしましょう」
ナキサワはそう言って六角宮を出て行った。
ミツハと共に水宮に戻るとチコと鯉黒が出迎えてくれた。鯉黒のその首にあった痛々しい傷がほとんど薄れているのを確認できてほっとする。
「鯉黒さん。少しは痛み、引きましたか?」
新菜の問いかけに鯉黒は戸惑っているようだった。
「あ、ああ……。今までさいなまれた痛みが嘘のように消えている……」
鯉黒がぱちぱちと瞬きをして、首の傷を何度も触り、痛みを確認している。
「新菜は素晴らしい力を持っているな、鯉黒。君の傷も、新菜の唄を聞き続ければ、いずれ癒えるだろう」
ミツハの言葉に新菜は言った。
「鯉黒さん。これからも私、鯉黒さんの為に唄いますね。私は、唄う事しか出来ないので」
「お前の唄の不思議な力の所為かもしれん。だが俺は、人間であるお前をミツハさまの嫁として認めたわけではない。ミツハさまを、真に救わなければ、認めることは出来ない」
相変わらず新菜に厳しい言葉を向ける鯉黒に、ミツハは苦笑する。
「鯉黒、君の忠義は分かる。だが、私にもどうにもできない君の傷を新菜が癒したなら、彼女を認めてやってほしい」
ミツハの言葉に鯉黒が恭しくこうべを垂れる。鯉黒が頑なに自分を認めない理由が、新菜も少しだけ分かった。それが鯉黒の、ミツハに対する忠誠の気持ちなんだろう。そう思ってしまう気持ちは、新菜にも分かる。
「分かっています。私はただ、出来ることを淡々と行うだけです」
新菜は凪いだ池の水面のような気持ちで居た。
庭の奥の池の血のような渦とどくどくしい黒い渦は、その色をなくしていた。