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 「ユリは好きな人とか、いないの?」
 「うーん、英明(ひであき)くん、とか。」
 「うーん!!! カッコいいよね!!!」
 アキと話している。高校生の頃のまんま、ショートカットに縁の黒いメガネがトレードマークのアキは高校生にしては大人びて見えていた。制服はセーラー服だから、中学校のころの設定だろうか。教室の机は茶色のごく一般的なものだったから、高校の教室設定。
 「キャー! 英明く〜ん!!」
 教室中の女子が英明くんの登校を出迎える。アキも私のことをほったらかして、英明くんの元に駆け寄っていく。アイドルか俳優か、そのくらいの有名人を迎えるみたいに、女子たちが集まっている。ここまで露骨ではなかったけど、たしかに英明くんはそのくらいの人気があった。

 そして、だいすき、だった。

 その他大勢の薄っぺらい「すき」なんかじゃないと、ちょっと意地を張って、私はそういう、英明くんの追っかけのようなことは一切しなかった。ただ、教室の隅から、真ん中で輝く英明くんを見ているだけで幸せだった。
 顔よし、性格よし、おまけにいつも成績は上位。それでいて部活はバリバリのサッカー部。非の打ち所がない人とはこう言う人のことを言うと思うくらい完璧な人だ。
 「英明くん!」
 中学校で同じクラスだった、名前は忘れたけどバレー部の子が呼びかけている。
 「どうしたの?」
 「私、好きなの! 付き合ってくれない?」

 はじまった。何度か見た、告白場面。

 いつの間にか集まっていた女子たちがいなくなって、そこには例の女子と英明くんしかいない。私からしたらショッキングな場面だけれど、結末はいつも同じ。
 「嬉しいな。でも、ごめんね。付き合えないな。」
 英明くんは告白されると、いつもそう言いながら相手の女子の肩に手を置く。そして気持ちに応える最低限の笑みを向けて、そのままその場を去っていく。名前も忘れたあの女子はその場に泣き崩れている。

 振られるくらいなら、ずっと好きでいさせてほしい。

 薄っぺらい「すき」ではないのと、そんな思いとが入り混じり、私は教室の隅から真ん中で輝く英明くんを見ているだけでいることを決め込んでいる。

 10年経った今だって、変わらない。

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