*



 とりあえず、一杯目はビールを頼んだ。

 菜月に「もうちょっと女子的なカクテルとかにしたら?」と耳打ちされたけど、どうでもよかった。ビールだ。とりあえず飲もう。今の私にはがっつりとしたアルコールが必要だ。

 焼酎やら烏龍ハイやら、テーブルにぞくぞくと飲み物が並べられていく。店員さんの表情を盗み見るとひとつも不思議そうな顔をせずにテキパキ動いているので、さすがプロだなと思った。

 もし私がここでバイトしてたら、ニヤニヤしながら飲み物を置き終えたあと「やばい客来てますね、なんかの宗教ですかね?」と裏で大盛り上がりするに違いない。

 だって、どう見ても人いないし。

「かんぱーい!」

 菜月のかけ声とともに、ジョッキを軽く掲げた。

 でも、男子グループの飲み物はぴくりとも動かなかった。そりゃそうだ。霊なんだから。暖簾に腕押し。あ、違う。もう混乱しすぎて、ことわざの使い方も間違ってる。

「とりあえず、自己紹介でもしよっか。じゃあ私からー」

「え、待って待って……あの、不躾な質問だけど、本当に男性方はここに、いるの?」

 頭痛がしていた。ビールがまだ胃に到達していないのにもう二日酔いが始まっているようだ。

 頭も痛いけど、周りからの視線も痛い。店内で一番大きなテーブルに、若い女子が二人。

 遠くに座るカップルの女の子の方が、「陰膳(かげぜん)ってやつかな」と囁いている。

「もちろんみなさん、ちゃんとここに座ってるよー。里帆、前に我が強い人は好きじゃないって言ってたじゃん? だからなるべく影の薄い人を集めてみたの。里帆は霊感ないけどさ、霊感ばっちりの私がちゃんとサポートするからね。今日は楽しもう」

「いやいや……影薄すぎでしょ。それに、サポートされたところで顔が見えないし、意思疎通もできないじゃん」

「大丈夫。顔はたしかに霊感ない人には見えないけど、意思疎通なら多少はできるから」

 菜月がそう言うと、急に周囲の壁や床がガタガタバキバキと音をたてはじめた。ラップ音だ。周りの客たちが騒然とする。あまりの恐怖に、私が「わかりましたもういいですやめてくださいお願いします」と言うと、すっと静かになった。

 マジでいたんだ、幽霊(だんせいじん)。菜月、どうやって霊界と交流してんだよ。

 動揺する私を気にすることなく、菜月は会を進行していく。

 しかたなく、まず私が自己紹介をした。次は菜月。そして次は男性陣の番となった。

「じゃあ右端の方からどうぞー。私が通訳するね」

 仮に誰かと付き合ったとしても、通訳がいないで今後どうやってコミュニケーションをとるんだ……と心の中でつっこみつつ、私は右端の椅子の背もたれを見つめた。

 菜月がふんふんとしばらく頷いたあと、言葉を伝える。

「お名前は、清心優海信士。二〇××年没、享年二十五歳。うちらの五歳上だね〜」

「え、えと……お名前、なんて?」

「戒名だから覚えにくいよね。あ、俗名はユウジくんだって。えっと、死因は趣味の登山中の滑落死だったみたい」

 滑落。頭の中で想像して、ずんと気が重くなった。

 正直、南国の観葉植物が所狭しと飾られている陽気なアジアンバーで若き男性の死因を聞くとは思わなかった。しんどい。滑落死なんて、明るいお酒の場で聞いていい単語ではない。

 その後も自己紹介は進んでいくけれど、病死、事故死、聞けば聞くほど重い空気になっていく。

 全員マストで死因を発表するのは霊コンのお約束なのだろうか。自分もいつか死ぬのはわかっているけれど、やっぱり生々しくて、気持ちは婚活を飛び超えて終活モードになっていく。

 私も明日亡くなる可能性はあるのだから、飼ってる猫ちゃん(ミーコ)の譲り受け先だけは決めておこう。

「タクミさん、趣味は映画鑑賞なんだって。里帆も映画好きだったよね?」

「……まぁね。月に一回は行くかな……」

「おっ、いいじゃん。タクミさんなら入場無料だし、見終わったあと語り合うカフェでも代金一人分ですむよ」

 なるほど、ととりあえず頷いた。本当は納得感はなかったけど他のリアクションが浮かばない。少なくともホラー映画は無理だろう、幽霊と付き合ってるからにはどんなに恐ろしい映画を観ようとも現実のホラー感には及ばない。

 その後も、みんなのいろいろな話を聞いていった。

 十三人分のエピソードは、当たり前だけれど一人ひとりが違っていて、バラエティに富んでいた。

「ケイイチさんは職人目指してお寿司屋さんで働いてたんだってー。里帆、全然料理しないんだから教えてもらいなよ」

「だから、声が聞こえないのにどうやって教えてもらうの……。……でも私手先が不器用だから、料理できる人は尊敬しちゃうな」

「え、リョウさんフランス料理屋さん経営してたの⁉︎ すご。里帆、和も洋も選び放題だよ」

 菜月の言葉ではあるけれど、彼らの性格、特技、思い出が丁寧に語られていく。それらを聞いていると、だんだんと妙な感覚が胸に湧き上っていくのを感じた。

 彼らは、いたんだ。たしかに、そこに。

 いた、というか、いる。今でも私と同じように、この地球上に。

 趣味もあって。特技もあって。つい何年か前には実体を持ってこの世界を生きていた。今も昔も変わらず人間なんだ。

 少し反省する。

 彼らは目には見えなくなってしまったけれど、消えてなくなったわけじゃない。

 幽霊だから無理って決めつけるのは失礼なのかもしれないな……。