「最初……愛子に騙されて逢った時、すぐに俺だってわかったよな? わかりやすかったか?」
「あ、あのとき? ううん。格好見ただけじゃカッコいい人だなーぐらいしか思わなかったけど、声聞いてわかった」
「……声?」
「うん。『神宮先生』と同じだったから。結構耳いい方みたいなんだ、私。絶対音感あるよ」
運動系がすきで特別に音楽をしない私にとって絶対音感はいいことばかりではないけど、あの折に流夜くんイコール神宮先生だと気づけたのは、結果的に嬉しいことだった。
気づかなければ、のらりくらりかわされて、今の状況にはなっていなかったかもしれない。
恋人にはならず、偽婚約もなく。
流夜くんは少し驚いている風だった。
「すごい特技だな。生まれつきか?」
「そうみたい。最初の頃は、みんな同じように持ってる感覚だと思ってた」
「ああ、そういうのあるよな」
「音楽系の部活とか入ろうかなとも思ったんだけど、私、耳がいいだけで演奏の才能はないみたいで。管楽器は音でないし打楽器はバチとかうまく持てなくて自分ではいい音出せなかったから、陸上にしたんだ」
耳がいい分、良い音を求めると、それは自分では無理だった。
「中学では陸上だったんだっけか?」
「うん。笑満と一緒」
「楽しそうだな」
「楽しかったよー。代わりに、揃って燃え尽き症候群みたいになっちゃったけどね。流夜くんは? マナさんから、中高は寮があったって聞いたけど」
「桜庭学院。藤城と違って校則が厳しかったな」
「桜庭⁉ え、ちょっと待って。桜庭って藤城と喧嘩じゃないけど、なんか色々仲悪くなかったっけ?」
「仲悪いと言うか……設立者同士が友人でありライバル関係であったのが尾を引いて、ともに旧い歴史があるから互いに意識してるだけだ。部活なんかでは張り合っているみたいだけどな」
「よくその相手の方に就職したね」
「こっちのが近かったから」
理由はそれなんだ。