『……私は言ってほしかったけど』

『けど、まさかキスしたこと忘れているようだったら話さない方がいいか? とも訊けないだろう。その質問自体がばらしてる』

『そうだけど……。また、する気だったの?』

『ん?』

『言ってたじゃん。そのうちしてやるから、って』

『ああ……そういう風にぼかしておけば、咲桜が自発的に思い出してくれるかなっていう浅い願望だ。あと、なにもなかったって思われるのも……少し嫌だったからな。俺の中では結構重要な出来事だったし』

『私の中でも重大事件だよっ。うー、ちゃんと憶えていたかったー』

『……憶えていたかったのか?』

『当たり前でしょ! だって……キスとか、初めて、したし……相手、流夜くんだし……』

咲桜が小さくなっていく。恥ずかしそうに下げた視線。かわい。

『……もう一回しようか?』

右手が咲桜の手を取った。こんなこと言っても、どうせ怒鳴られて終わりだろうけど――

『……すきだよ』

『………咲桜?』

今……?

俺の口ではない。確かに咲桜の口が空気を震わせたのだ。

咲桜がゆっくり顔をあげた。

頭の中で咲桜の言葉が響く。が、やっぱり自分の空耳だろうか。……だって、咲桜が?

顔を真赤にして、泣きそうな顔で口を動かす。

『……すきです、流夜くんが。にせものじゃ、私もいやです。……本物に、なりたい』

『………』

これはまだ夢の続きか? 赤らんだ顔の咲桜がいっぱいいっぱい、言葉しているのがわかる。すき? 咲桜が? ……俺のことを?

『答え、です。流夜くんがすきだから、ちゃんと、彼女になりたい、です……』

咲桜は、目を逸らさなかった。

あれほど俺を前にして逃亡を繰り返していた咲桜が、真っ直ぐ正面からそう言った。

『………』

触れれば溶けてしまいそう。氷に触れるように、震える手で、恐る恐るその頬に触れた。熱っぽくなっているほっぺた。この子が生きている証拠。そして、そのぬくもりが、先ほどの言葉が幻でないと教えてくれた。