在義さんの娘、というフィルターが消えて、一人の存在として立っていた。

勿論、教師として生徒を護りたかった、とか後付の理由はいくらでもあるけど、思い返せばただゆるせなかっただけだ。

この子に対してのそういう位置を、他の男にやりたくない、と。

そういう位置。

俺に提示されたのは、婚約者という位置。

警察内部での権力争いは、俺には関係ない。

俺が華取咲桜の婚約者になって得をすることもない。

偽モノなんだから、この子が手に入るはずもない。

結局は偽婚約という形で収まったが、それでよかったと安心する部分すらあった。

たとえ偽モノでも、咲桜に対してのその位置には今、自分がある。

ほかには誰もいない。

……いつからかはわからない。ただもう、その時点で大分惚れていたんだと思う。

いつか、自分の中に収まりきらない恋心になるくらいには。


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「ご機嫌だね。僕の課題はクリアしたの?」

吹雪の住処に足を踏み入れると、氷の矢のような声が飛んできた。

「……課題なんて出された覚えねーけど」

「あれ? そうだっけ? 色ボケを治して来いって言った覚えが僕にはあるんだけど」

「……あれって課題だったのか?」

いつもの毒舌だと思っていた。

「大体、んなボケてねーよ」

「大概色ボケてたよ。あんときの流夜は」

バカだよね。そうかよ。

……口では吹雪には敵わない。

「……咲桜と付き合うことになった」

「あ、そうなんだ」

告げると、吹雪はスタスタと自分の机に戻っていった。