流夜くん、力技に出た。

右肩を押さえつけ、左頬を捉える。

嫌でも天井を向くしかないようにされ、見下ろされた。

は、迫力! 今度はぎゅっと瞳を閉じた。

や、やっぱり真正面から見るには素敵すぎて――私が慌てる理由こそ、流夜くんにとってはトンチンカンだったと次の言葉で気づかされた。

「言っただろう、俺の現実は目を背けられない。見ない振りもなかったことにも出来ない。俺はその過去の上に生きている。――俺から目を背けるんだったら、今のうちに俺に関わることをやめろ。愛子や在義さんにも言って、偽婚約も解消する。お前を不用意に傷つけたくはない。引き返せるうちに、お前は普通の幸せの方へ行け」

「―――」

どうか、普通の幸せを生きてくれ。

そんな風に聞こえた。

流夜くんの現実。家族を殺され、犯人は未だ捕まらず、家族はなく生きて来た。だから、その話を初めて話した夜に――

私は、言ったのだろう。

でも、ね―――?

「やだ」

あのときと同じように真っ直ぐに見あげると、流夜くんは困ったような顔をした。

「ごめんなさい……」

私は、今度はしょげて目線を彷徨わせる。流夜くんを傷つけるようなことをしてしまった。

流夜くんは、普通の幸せは自分のところには、ないと……思って―――

「そんなこと、ない」

そっと流夜くんの手が離れ、今度は手のひらを上にして差し出された。

流夜くんが許してくれたのかと少し迷ったけど、その手を取ることは当たり前な気がする。

そうすると、流夜くんは目を細めた。

「かかわるな、なんて言わないで……。わたし、りゅうやくんの家族になるって言ったの、まだ果たせてない……」

「じゃあ、顔あげて」

俯く私の顎に手を添えられて、真っ直ぐに見上げた。やば……なんか泣きそう……。

流夜くんが優しい顔をしているから。