「………」

咲桜の話。俺の知らない過去の咲桜。

日義だけが知る咲桜。

……イラッとする。

「小学校で咲桜を見つけたとき、昼間みたいな勢いで攻めました。あんな完璧な体躯の奴、見たことなかったから。まあ――小学生の体型ですからどう変わるって言われたら証明は難しいですけど、咲桜は完全な左右対称でした。先生も」

「……どういう目をしているんだ」

本当にぱっと見でわかるのか。

凄まじく精密な目や耳を持っている弟はいるけど、あれは体温が見えるとか言っているので、日義とはタイプが違うのだろうか。

日義はおどけてみせた。

「こういう目です。そんときの勢いで、ほかの生徒や教師にはドン引きされて。一番俺を気味悪がっておかしくない咲桜が傍にいてくれたの、すげー嬉しかったですね」

……咲桜の言う責任、か。

「どんな気持ちでも、俺が孤立しなかったのは咲桜のおかげです」

「………」

どうやら気づいているようだ。咲桜が全く必要のない責任を感じていることを。

「そのうち笑満もいて。……大事ですね、やっぱり」

なくせない。

また、口の中に消えた音。嫌なことに、長年の成果で過敏になった耳はそれすら拾う。

「先生。どうして咲桜と婚約なんですか? 付き合ってるならまだしも」

まだしもの内容も危なっかしいものだ。

考えたが、咲桜が最初に話しておきたいと提示した人物の中に、伝える方ではなかったといえど名の挙がった人物だ。

気になる対象ではあるのだろう。

「咲桜の父と、俺の知り合いの縁だ。今は一時的な咲桜の虫除けのための婚約。でも、許される頃になったら正式に結ぶつもりでいる」

「ああ……政略観点ですか」

日義は少ない言葉で納得した。

在義さんの職業は知っているだろうし、元来呑み込みの早い頭なのだろう。