笑満に流夜くんとの偽婚約のことを話して、逢いたいと言うので旧校舎で流夜くんと逢った時のことだ。

遙音先輩が姿を見せて、心臓が止まるかと思った。ばれてしまった、と。

けど実際そんな心配はなくて、先輩は流夜くんの味方だったようだ。

今では流夜くんに歯止めをかけてくれる存在だ。

……そういえば、あのときも笑満は硬直していた。

笑満は先輩に片想いしていると公言していたから、いきなり好きな人が現れてびっくりしたのかと思っていたけど……。

「あの時遙音くん『ハジメマシテ』って言った。安心、したの。あたしのこと、忘れてるって。あの惨劇は少しでも薄れて、遙音くんに残っていなかったらいいって、思ってたから。……でも、それ以上に淋しくて。……あたしです、笑満ですって、言いたかった。前みたいに、笑満ちゃんって呼んでほしかった。……あたしの心、どっちにも転がれなかった。それでさっき――笑満ちゃんって呼ばれて、びっくりしちゃった。遙音くん、まさか憶えてたのかな……それとも、ただの偶然なのかな。一瞬じゃわからなくて、逃げ出した。……ごめん」

「……うん」

知らなかった。笑満のそんな話。

……今まで話してくれなかったのは淋しいけど、それは笑満の矜持の問題でもあるのだと思う。

だから、今話してくれてありがとう、と思うことにする。笑満の矜持に触れることをゆるしてくれた、って。

「……さっきね、神宮先生に遙音くんのこと訊こうとしたんだ。昔からの知り合いって言ってたけど、あたしは先生のこと知らなかったから……。あのあと、遙音くんに辛いこととかなかったかな、とか、訊きたくて。……咲桜には遙音くんのこと話してなかったから、こっそり訊こうとしたの。ごめん」

「ううん。そこはいいよ。流夜くん信じ切れなかった私も悪い」

「……あは、咲桜からそんな台詞が出てくる日がくるなんてね」

笑満は、力も弱く笑った。……その微笑みの痛ましさ。笑満の頭をぽんぽんと撫でる。

「私も驚いてる。人って変われば変わるもんだね」

恋愛事なんて、てんで縁のない一生だと思っていたくらいだ。

「……笑満、どうする? 遙音先輩のこと、……あたしのこと憶えてますか? って訊くのもありだし、初対面の後輩として告白する、それもありだと思う」

「でも……昔を思い出させて、傷つけたくないよ……」