体育館で開かれた学年集会では、教師から夏休みの間に学校にクレームがあったことを告げられ、それに関しての諸注意という名のお説教が始まった。

 一部の『何を言われても何かをやらかす』という人種のせいで、お尻が痛くなるほど体育座りをさせられるのは、腑に落ちない。

 注意の言葉は毎度一緒だ。

 中学生らしい行動を。

 中学生らしい振る舞いを。

 中学生らしい生活を。

 何度も何度も言われて、目を閉じてその姿を想像すれば声が寸分の狂いもなく再生されるぐらいに覚えてしまった。

 担任の芳川が、学年中の人間に目を光らせながら監視者のようにこちらを見張っている。

 先程教室で挨拶をした際は『何も無くて良かった』などと言っていたが、あれは嘘だったのか。

 あんなところで嘘をつかなくてもいいのに。大人ってのは、よくわからない生き物だ。

 監視者というよりも、監視カメラのように定期的に首を振りながら生徒達を観察する芳川から目を逸らし、利香は学年主任の安田の少し横に目を向ける。

 そして、そのままぼんやりと考え事を始めた。

 さっきは、自分の存在を忘れて考える宇宙の中に自分を溶かしていたが、今度は少しだけ自分を残しておいた。

 微かに聴こえる安田の声に注意をしながら、自分の描く絵を考える。

 安田の後ろに見える体育館の舞台のワインレッドの色のカーテンに睡蓮を散らす。教室で思い描いた『視点を変える』ではなく、今度は分解を始めた。

 一つの花として見るのではなく、分解をして散らすことによって、何かを表現できないだろうか。そんな風に考えていた。

 雄しべや雌しべをどこに配置し、白い花びらをどこに散らそうか。

 キャンバスの代わりになっているカーテンに花弁を一枚置こうとしたその時『起立』という安田の声が聞こえた。

 その瞬間に意識を繋ぎ、前の女子に合わせて立ち上がる。

 今度は、ずれることなく合わせられたようだ。自分が何をしていたのか、知る者はいないだろう。

「じゃあ、新学期を迎えられるように準備をしておくように。また、これから呼ぶ生徒はここに残ること」

 安田がそう言って、幾人かの男子と女子の名前を呼んだ。

 そこに、利香の名前は入っていなかった。

 呼ばれた生徒を見る。

「なんだ、またこいつらか」と言いたくなるような連中がそこでかったるそうな顔をしながら安田を睨んでいた。

「じゃあ、教室に戻って」

 いつの間にか来ていた芳川が先頭でそう指示を出すと、前の連中がザザザと歩き出した。軍隊の様に連なりながら、出口へと吸い込まれていく。

 体育館に響く靴の音があまりに一定過ぎて、テレビで見た軍隊を思い出した。

 歩幅を合わせて、何も言わずに前へ前へと進んでいく。何かをプログラムされているかのような感覚に襲われるのは、こんな時だ。

 教師たちの言うような『優等生』というソフトをインストールされているんじゃないだろうか。そんなことを考える。

 もし、自分にそんなものがインストールされているのなら、今にでもすぐにアンインストールしたくなる。

 自分の行動ぐらい、自分で指示を出したい。

 利香はそっと自分の胸を押さえる。

 そんなプログラムが、もう既に自分の中に入っているのではないかと考えながら。