数学の授業を受けているとき。

先生が大きな三角定規をもって黒板に図を描いていて、周りでは級友が気だるそうにノートに写し、窓の外からは体育の授業を受けている楽しそうな声が聞こえる。そんな中、私、泉文美(ふみ)の教科書の裏には山崎一颯(いぶき)と名前が書かれている。
お揃いのものを身に付ける勇気のなかった2人だったけれど、それでもつながっていると思える控え目な主張。クラスメイトの誰にも、もちろん先生にもバレていない。交換した教科書を眺めて居られるというだけで、得意ではないはずの数学の授業が密かな楽しみになっていた。

先生が丁寧に解説しているのを聞き流していると、一颯の教科書に落書きを見つける。数学というよりすっかり英語じみた三角関数の公式、αとβの囲われた中が薄く塗りつぶされていた。頭の良い一颯もこんなことをするんだ、と誰も知らない彼の一部を覗き見たようで少しうれしくなった。

私は人知れず微笑んで、その落書きをそっと撫でた。





『教科書どうすればいい?』

スマホの画面が光り一颯の名前が現れたとき、思わず目を背けた。今まさに忘れようとして思い出していた名前だったから。忘れるために思い出している自分が馬鹿みたいだったし、連絡が来たら一瞬心躍った自分に許せなくて、私は顔をしかめた。

連続してメッセージが届く。

『サブスクの名義も』


一颯は終わらせようとしている。そう感じた。
高校を卒業したのが半年前。別れたのがひと月前。それだけ時間が経っても、2年近く付き合った男女は思ったよりも複雑に交わっていて、言葉一つで断ち切れる関係ではなかった。時間が経てば消えてなくなるものでもなかった。捨てられないプレゼントとどこにいてもよぎる思い出、お揃いで買った服やアクセサリーの片割れは私の部屋にいくつも残っている。そんな私たちの関係は宙ぶらりんで中途半端だった。
その状態で前に進めないこともなかったけれど、というより普通はその状態で前に進むものだけれど、一颯はちゃんと終わらせようとしている。まじめな性格ゆえかもしれないし、すでに新しい恋に走り出しているのかもしれない。

『取りに行く。今から家行ってもいい?』
『わかった』

一颯からはすぐに返信が来た。飾りっ気のないとてもシンプルな返信。返信の早さも文面も付き合っている時とは別人のようだった。まるでそれ以上のやりとりを拒絶しているようにすら感じた。
私から言っておきながら、一颯の家に行くのが少し怖いと思った。最後に行ったのはひと月前の別れたあの日。もうあの日に戻ることはできないし、戻りたいとも思わない。けれど、通い慣れたあの部屋に行けば、『また』とか『もう一度』とか思ってしまいそうで怖かった。ひと月という時間は吹っ切れるには短すぎて、そんなに強くないことは私自身が一番よく分かっていた。

ベッドの下の、一番奥の段ボール、その一番下。封印するかのように仕舞われた『山崎一颯』の教科書を引っ張り出した。αとβが塗りつぶされた数学の教科書。
これを渡せば、一颯を思い出すことはなくなるのかな。



久々に来た一颯の部屋は、少しだけ居心地悪く感じた。
入ってすぐ左手には学習机があり、それに接するように本棚が並んでいる。本棚には小説好きな彼らしく、文庫本がぎっちりと詰まっている。いつのことだったか、本棚を入れ替えて間違い探しをするというゲームに熱中したことがあった。活字に触れない私が作家の名前をある程度知っているのはそのおかげだ。中央には客がやってきたときだけ出すというローテーブル、奥にはシックな色味のベッド。変わったところと言えば、机の上の教科書が私の知らない専門性の高いものになっていたことくらいだった。
それでも私は、夏休み明けの教室から私の席だけ見つからないときのように、入った部屋のどこに座ればいいかわからなかった。付き合っていたときなら、何も考えずにベッドに腰かけていただろう。決まって私の場所はそこだったから。けれど今の私に席なんてないような気がして、部屋の奥まで進むことをためらった。
結局私はテーブルのそば、扉から近いところに怖々と腰を下ろした。
いつもならクルクル回る学習チェアに座るはずの一颯も私の対面についた。

2人が座ってもしばらくはどちらも口を開かなかった。
沈黙を破るように、「なんか飲む?」と立ち上がりかけた一颯に私は首を振った。
何も言わずに教科書を差し出すと、一颯も重く頷いて学習机から教科書を持ってきた。名前を確認するとしっかりと『泉文美』と書かれていた。

「折り目とかついてたらごめん」
「別にいいよ。教科書なんてもう使わないんだから」

気が張っているのが言葉にうつる。少し冷たさを感じたかもしれないと思って一颯を見ると、視線を教科書に落としていて今どんな表情をしているのか読み取ることはできなかった。

カーテンの隙間から差し込む西日が眩しい。

やっぱり何か持ってくるよ、と言って一颯が部屋を出ていった。
手持無沙汰になって、返してもらった教科書を開いた。

パラパラと眺めていると、受験期に必死になって覚えた公式がまるで頭に残っていないことに気づく。数学の公式は誰かさんの名前と違って、忘れようとして思い出したことなんてなかった。それが悲しいような嬉しいような。
あんなに難しいと思っていた忘れるということが教科書の中にはたくさん転がっている。

ふと、ページを繰っていた手が止まった。三角関数の英語じみた公式、そこに描かれたαとβ。囲われた中がやはり薄く塗りつぶされていた。その次のページでは8が、その次のページでは0が塗りつぶされている。計という字の言偏の口も。
私は泣きそうになりながら、ゆっくりと撫でた。

「癖、なんだね」
「ん? なんか言った?」

気づくと、お盆を持った一颯が部屋の中へと戻ってきていた。

「あ、いや。ここ。囲われてる部分塗りつぶすの癖なのかなって」
「あぁ」

一颯は照れたように首元をポリポリと掻いた。

「ごめん、落書き」
「こっちこそごめん。変なこと指摘して」

再び部屋に沈黙が充満して、空気の入れ替えをしているエアコンの音が鳴る。置時計が秒針を刻む音も、グラスの中の氷が崩れてカランと立てる音も、必要以上に2人の耳に届いた。
沈黙に弱いのは一颯のようで、「どうぞ」とお盆をこちらに少しだけずらす。

「父親がさ、最近出張で海外行ってそこの珍しい紅茶だって」

その口調が言い訳するように聞こえたのはきっと気のせいではない。何十回と来た一颯の部屋でおもてなしを受けたのはこれが初めてだったし、こんなに沈黙が痛かったのも初めてだった。

グラスに手をつけると結露した水滴がひんやりと冷たかった。
いただきますと小声で言って、紅茶を一口飲む。氷が再びカランと鳴った。

「美味しい」

そのとき、私の頬を水分が一滴流れた。
紅茶が零れたのかと思って慌てて拭った。
けれど、また一滴。また一粒。

それは涙だった。

「違うの。違うの」

言い訳するように拭うけれど、涙はとめどなくあふれてきた。
何回も来たこの部屋も今となっては私は『お客』で、居場所なんてどこにもなかった。もう彼女ではない私に彼の癖を指摘する権利なんて持っていなかった。
それを実感したとき、彼との別れを目の前に突き付けられたとき、私は涙を止めることはできなかった。

付き合っていた当時、私はこの部屋で何度も涙を流した。
テストの結果が悪かったり親友と喧嘩したとき、一颯にすがって泣いていた。そのたびに一颯は私が欲しいと思った優しさをくれた。
ときには、何も言わずずっと背中を撫でてくれた。
ときには、テストの間違えたところを一緒に復習してくれた。
ときには、慰め続けてくれた。

けれど今日は彼は何もしてくれなかった。
ひたすら涙を流す私を、同じく泣きそうな顔で眺めていた。


涙なんて流したくなかった。

彼がこれまでと違うということを知ってしまうから。

もう慰めてくれる彼も手を添えてくれる彼もどこにもいない。
私を好きだと言ってくれた彼はどこにもいないと知ってしまった。

泣けば泣くほど、泣く理由が見つかってしまうから、私はずっと泣いていた。



***



「ねえ、知ってる? うさぎって寂しくても死なないんだって」

文美が泣いているとき、そう声をかけたことがある。
彼女は本当に泣き虫で些細なことでよく泣いていた。そのときは確か、悲しい恋愛映画を見たからだったと思う。うさぎのぬいぐるみをとても大切にする少女の初恋を描いた恋愛映画だ。

「寂しくて悲しいときにちゃんと泣ける君が好きだよ」

しばらくして気づいたら安心したように文美は眠っていた。眠っている文美はうさぎみたいに温かかった。

文美が僕の目の前で泣くのなら、僕のすべてを与えようと思っていた。
愚痴を聞いてほしいのなら頷きを。
ただ泣いていたいのなら安心を。
慰めてほしいのなら優しさを。


けれど今、涙を流す文美の前で、僕は何もできないでいた。
彼女が今どうしてほしいのかもわからない。
わかるのは彼女を苦しめているのは僕だということだけ。

彼女のすべてを知ったと思っていた2年近くの月日は、かくも柔く脆かった。

ねえ、知ってる? 涙の総量で一番多いのはもらい泣きなんだよ。

言葉に出さずに呟く。
だけど、今の僕には泣く権利すらないような気がして必死に我慢していた。

こんなにも苦しいのなら、こんなにも彼女を苦しめるくらいなら連絡なんてとらなければよかった。

文美と別れてからひと月、彼女を思い出さない日はなかった。
だから最後のカードを切った。僕と文美が唯一もう一度会う方法。僕と彼女の最後のつながり。
それを使ってしまえば、本当に終わってしまうことは分かっていたけれど、それでも僕は彼女にもう一度会うために文美に『教科書どうする?』と連絡を取った。

でも。

目の前で嗚咽する文美を見て思う。
僕はもう彼女を苦しめる存在でしかないのだと。


外はいつの間にか暗くなり始めていた。太陽が沈むと途端に気温が下がり、もう夏ではないことを実感する。多少の肌寒さを感じて、窓を閉める。文美の肩に薄手のカーディガンをかけた。
それは泣いている彼女への優しさではない。カーディガンは元々彼女のもので、勉強会などでウチに来ることが多かったからいつからか僕の部屋のクローゼットにかかっていた。だからそれを返しただけだ、と誰かに言い訳してようやく行動に移せた。

文美がカーディガンを抱き寄せて、涙を振り切るように袖で拭った。

「ごめん」
「いや……」

文美がカーディガン越しに自分を抱きしめるように両腕をさすった。
文美は一口飲んで以降、氷がたっぷり入ったアイスティーに手を出すことはしなかった。僕にいたっては一口も飲んでいない。氷はいまだに溶け切ってくれない。

永遠にも感じるほどの沈黙があった。けれど時間にすればそれは10分もなかったように思う。今日、何度目かの沈黙。唐突に文美が立ち上がりかけた。

「もう行くね」

「待って」
思わず声が出ていた。
引き留めたところで、文美が僕のもとにいる理由はこれ以上ない。今日の僕らは教科書を交換しカーディガンを返すだけの関係であって、それを済ました今となっては僕に彼女を縛り付けることはできない。

僕は慌てて用事を、君の隣にいられる理由をでっちあげた。

「最後にさ、『取り消し線』しようよ」

苦し紛れに出した誘いに、文美は少しだけ目を見開いた。僕自身、自分がした提案に少し驚いていた。ここ久しくしていない遊びだったから。

『取り消し線』は僕らが付き合った当初にしていたごっこ遊びだ。
2人揃って口下手だった僕らは自分から何かを誘うことが苦手だった。デートに行くことも、どこに行くかも、何をしたいかも、すべて相手の様子を見ながらソワソワと主張していた。そんな僕らだったから編み出した取り消し可能な会話。言葉の最後に「取り消し線」と付け加えればそれまで言った言葉はなかったことになる。取り消された言葉は相手も聞かなかったものとして会話を続けるのがルールだった。

「懐かしい」
「よくやったよね」

同じクラスのカップルが羨ましいと取り消し線をつけながら文美が漏らしたことがある。一緒に弁当を食べて、移動教室もデートみたいで、授業中にもアイコンタクトのできる2人が羨ましいと。
もちろん僕はそれを聞かなかったふりをした。その数日後、僕らは教科書を交換した。

取り消し可能な言葉には本音がのる。取り消し可能な言葉でしか語れないことがある。


じゃあいくよ、よーいスタート。

いざ仕切りなおすと、2人とも会話にもたつく。テーブル越しに膝を突き合わせて、なぜかお互いに正座している。
金魚のように口をパクパクさせている僕を見て彼女は笑った。

「さっき金木犀のいい匂いがしたよね」
「そうだった?」
「うん。一颯がカーディガンをかけてくれたとき」

彼女の言葉につられて窓の外を眺める。窓開ける? と尋ねると大丈夫と返ってきた。
いつの間にか蝉は街から姿を消して、小さなトンボが飛んでいる。そうやって季節はいつの間にか過ぎていく。

「秋になるとさ、星見に行ったこと思い出すんだよね。一颯のパパに車で乗せてもらって、2時間くらいかかったかな。すんごい寒い丘の上で。」
「ちょうど1年前だね。受験の息抜きって言い訳してね」
「もう1年も経つんだね」

受験生のくせに星座の名前なんて全然知らなかった。けれどそのとき見に行ったのはおうし座流星群だったことはとてもよく覚えている。僕も彼女も5月生まれのおうし座だった。
そのときも金木犀の香りがしていた。周りを見回してみたけれど金木犀は見当たらず、金木犀はとても謙虚なんだって彼女が言ってた。

「私だけ流れ星見つけて、一颯は結局最後まで見つけられなかったよね」
「そうだっけ?」

本当はよく覚えていた。父さんも文美も一緒に行った文美の弟も見つけたのに、僕だけ見つけられず一人ふてくされていた。流れ星を見たら願うことも考えていたのに。流れ星にした願い事は人に言ったら叶わないなんて言うけれど、僕はそもそも流れ星に願えなかった。
たった1年前のことなのに、若かったななんて少し苦々しく思う。

「そうだよ。————」

彼女の言葉に、僕は困ったような表情を浮かべて、あふれる涙が我慢できなかった。
その言葉を取り消すなんてズルいよ。
聞かなかったふりなんてできるわけないよ。

「なんで泣いているの? 取り消し線だよ」
「涙、取り消し線。これで問題ないよ」

泣きながら言葉を紡ぐ僕に、文美はただ微笑んで何も言わなかった。
涙は取り消しできないなんてルールはたぶんなかった。けれど少なくとも彼女がそれを咎めることはしなかった。



それから、僕らはたくさんの思い出を語った。
この部屋で何度も開催された勉強会について、彼女は僕の教え方が下手だったと取り消した。仕返しに僕は文美の覚えは本当に悪かったと取り消した。
僕がそこそこ活躍した球技大会。彼女が一番泣いた卒業式。校門からさらに100メートルは先にある自動販売機。そこから僕らは手をつないで帰った。
どれも懐かしい思い出だった。

『取り消し線』の最中であればいくらでも話せた。今日の沈黙を取り返すように僕らは語った。
彼女のスマホに帰宅を促す連絡が来たとき、ようやく会話が止まった。

「帰んなきゃ」
「……そうだね」

羽織っていたカーディガンの袖を握りしめて、教科書を胸に抱えて、彼女は立ち上がった。
僕も立ち上がると、身長差から文美が少し見上げる形になった。
2人の間にはテーブル一つ分の距離がある。

「ねえ一颯、最後に聞いてもいい?」
「うん」
「私と付き合えて幸せだった?」

言葉を潤ませて、けれど目線はしっかり僕の眼をとらえて彼女が尋ねた。
視線を外すことなく、僕は答える。

「幸せだったよ」
「私も」

2人とも取り消し線はつけなかった。
終わることがわかってしまった。
わからないことだらけだった今日一日の中で、どうしてかこれで終わりだとわかってしまった。

きっと後悔するとわかってはいても僕は言わずにはいられなかった。


「ねえ、もう一度……」

エアコンの音が耳をつく。置時計が一定のリズムで針を刻む。紅茶の氷はもう溶け切って、カランとは鳴ってくれなかった。
彼女はジッと黙って僕を見つめる。僕も彼女を見つめる。

「……取り消し線」

その言葉を聞いて、ようやく彼女が背を向けた。
最後の最後、ありがとうとバイバイを残して、僕らは別れた。



彼女が去った部屋には飲みかけの紅茶と、僕の名前が書かれた教科書があった。
教科書をパラパラと眺めてみると、三角関数のαとβの囲われたところが黒く塗りつぶされている。これは僕がした落書きだ。彼女しか知らない僕の癖。それ以降のページに落書きはなかった。彼女は授業態度はよかったのかもしれない。
「じゃあなんであんなに覚え悪かったんだよ」
一人零してみても、頬を膨らませて怒る人はもういなかった。

ふと、動画のサブスクリプションの名義について話し合うのを忘れたことを思い出した。
元々は文美が見たいと言った恋愛映画のために登録した。うさぎのぬいぐるみをとても大切にする女の子のあの恋愛映画だ。当時高校生で、クレジットカードを持っていなかった僕らは2人で出し合ってプリペイドカードを買った。親に頼んでもよかったのだけれど、自分たちで自分たちのためにお金を使っているという感覚が嬉しかった。
Ibu_Fumi_0930で始まる僕らの名義。

また会うための口実が残ってしまった。
しばらく考えたのち、僕はサブスクリプションを解約した。

それでいいと思った。

窓を閉めているから金木犀の香りはしない。こんな街中ではおうし座流星群だって見えない。

それでいいと思った。

どうせ僕には流れ星は見つけられないのだから。



***



帰り道、さすがに肌寒くてカーディガンがあってよかったと思った。
送るよという一颯の申し出を私は断った。
なんとなく一人で歩きたい気分だったのだ。


「もう一度」

と、一颯が言ったとき私は頷こうとした。頷けばあの日々に戻れることを信じて疑わなかったし、それを望んでいたはずだった。
だけど、動けなかった。

あの瞬間が幸せだったのだ。
懐かしの『取り消し線』をやって、思い出をたくさん話して、親から連絡があるぎりぎりまで一颯の部屋にいた。

だから、もう終わりにしようと思った。
最後の幸せがあれば、私は大丈夫と思った。

もう、思い出しちゃいけない。
一颯が取り消したのだから。


どこからか金木犀が香ってくる。
けれど謙虚な金木犀はその姿を見せなかった。

空を見上げると、月が見えた。星も少しだけ見えた。

それでいいと思った。


あのすんごく寒い丘の上では今日も星が綺麗に見えるのだろうか。おうし座流星群のニュースが確かに今朝やっていた。
『流れ星にずっと一颯といられますようにって願ったんだから。取り消し線』
そう言ったら、一颯は困ったような顔をして泣いた。

流れ星に願ったことは誰かに言ったら、叶わないらしい。

それでいいと思った。



***



少女が泣いている。初恋が実らなかったらしい。
枕元のうさぎのぬいぐるみがスライドしながら印象的に映って暗転していった。

それをタブレット端末で見ている少女はもっと泣いていた。
泣きすぎだよ、なんて言って少年が頭を撫でる。

エンドロールに悲しげなクラシック音楽が流れていた。

「ねえ、知ってる? うさぎって寂しくても死なないんだって」

今の今、見ていた映画のワンシーンを少年が口ずさむ。
少女が顔をあげる。

「寂しくて悲しいときにちゃんと泣ける君が好きだよ」

少女がようやく微笑んで、安心したように少年にもたれかかった。

「私たちはずっと一緒にいようね」
「うん、もちろん」
「ずっと」