思い出は風と桜に乗せて
「じゃあ、少し早いけど俺らの卒業と青春を祝しまして、乾杯!」
『乾杯!』
乾杯の掛け声と同時にグラスをあてた。
僕、桜坂風助はクラスの人たちで高校卒業の前祝いをクラスメイトの達也の家が経営する居酒屋でしていた。
卒業式まであと一週間だが、達也の家が卒業式の前に店を閉めることになったため、最後にみんなでパーっとやろうと達也が提案してくれてクラス全員でお邪魔した。
体育祭や文化祭の打ち上げはもちろん、達也たちと遊んだ時もここでたくさんごちそうになった。
それが今日で最後だと思うと、心が痛くなり達也の両親が作ってくれた自慢の料理を口の中で味が消えるまで味わって食べた。
特に達也の家の看板メニューである串カツはとても絶品で地元でもとても評判だった。
僕もクラスのみんなもたくさん注文した。
みんなが楽しく食べているのを見てふとあることに気がついた。
同じクラスの安藤花梨がいないことだった。
今回の前祝いの提案者と幹事である達也に聞いてみた。
「なぁ達也、花梨には声かけなかったの?」
「ああ、あいつなんか今夜家族と出かけるから行けないってさ。あいつあれだろ、卒業したら海外の大学に行くんだろ」
去年の十二月頃、花梨が海外の大学に進学することがわかった時はクラスに衝撃が走った。
クラスの人たちの中で都会の大学に行く人は何人かいて、僕もその一人だから都会の大学に行く人は珍しくなかったが海外の大学に行く人なんてとても珍しかった。
彼女はクラスで一番勉強と運動ができて、みんなに優秀と崇められ特別な存在とされていた。
「花梨ちゃんすごいよね、将来すごい仕事に就くんだろうな」
「五年後、十年後どうなってるだろうね」
「うちらのこと忘れてるんじゃないかな」
みんなが花梨の話をする中、気づいたら食事をしている手が止まっていた。
いつか花梨が自分のことを忘れてしまうことに恐怖心を感じた。
今の自分の中で花梨は特別な存在で恋心を抱いているからだ。
もし、自分の気持ちに振り向いてもらえなくても、花梨に自分のことを忘れられないために「好き」と伝えたかった。
けど、僕にはそんな勇気がない。卒業するまで伝えなくちゃと思っているけど、その一歩が踏み出せず悔しい気持ちで胸がいっぱいだった。
そんなことを考えているうちに、お開きの時間が来てしまった。僕らの前に達也の両親が来てみんなに最後の挨拶をした。
「みんな、最後にうちで食べてくれて本当にありがとう。卒業したら立派な大人になってね!」
みんなで盛大な拍手を上げてお礼を言った。
夜の十時を過ぎた頃、各自帰る支度をしていると達也が僕に声をかけてきた。
「なぁ風助、お前バスの時間大丈夫か?なんならうちの車で家まで送ろうか?」
僕の家は達也の家からとても遠く、バスか車で行かないと帰れない距離だった。
僕はお言葉に甘えようとしたが、遅くまで居座った上にこれから片付けなどしなくちゃいけないのに車で乗せてもらうのは申し訳ない気がしたため、僕は断って達也の家から歩きとバスで帰ることにした。
僕は達也と達也の両親にお礼を言い、クラスのみんなには「また学校でね」と言って達也の家を出て、山道を登ったバス停まで全速力で走って行った。
しかし、食べた後だったから思うように早く走れなかった。
途中で両手を両膝について息を切らし、再び走り出した。
僕が住んでいる町は静かな田舎町で、夜は明かりが少ないため暗く、めったに人も車も通らない。
そんな夜の田舎町の山道を一人で走って行くのは正直怖いと感じた。
もうすぐバス停だと自分に言い聞かせながらバス停に向かって必死に走った。
山道を登って行くと一つの街灯の灯りが見えてきた。バス停の灯りだった。バス停に着いたことに安心し、溜まっていた息をぜぇぜぇと切らしながら時刻表を見ると、自分の目を疑った。
乗るはずだったバスがもう出発してしまったことがわかった。しかもそれは、今日の最終バスだった。
僕は心に大きなショックを感じた。
暗い山道を必死に走ってきたのに乗るはずだったバスを逃してしまったことが悔しく、右手を叩くように下に振った。
あの時、素直に達也の家の車に乗せて行ってもらえばよかった、もっと早く出てればバスに乗れたんじゃないか、そう思うしか他になかった。
バス停から家までバスで三十分ほどかかるから、今から歩いていくと一時間以上かかってしまう。
親に電話して迎えに来てもらおうと考えるも、こんな遅い時間にこんな暗い山道まで来てもらうのは確実に怒られると思い、電話しづらかった。
バス停のベンチに座り込み、携帯の時刻が過ぎていくのをただ見つめていた。
ここまで走ってきたから、これから一時間以上かけて家まで歩いていく気力もなく、ただ呆然と座り込んだ。
夜中の十二時を回った時、近くに車のライトらしきものが見えてきた。
回送と表示されたバスだった。
バスは僕の前で止まり、入り口ドアを開けた。
こんな遅い時間にはもうバスはもうないはずなのにと思いながらも他に変える手段もないから、ラッキーと思いバスに乗り込んだ。
きっと、仕事帰りなのかたまたま通りがかった時にバス停にいた僕を見つけたから乗せてってくれたのだと思い、ありがとございましたとお礼を言った。
バスは発車のアナウンスを鳴らし、動き出した。
僕は席に座ると、乗らないと思っていたバスに乗って家に帰れることに安心感を感じ大きく息を吐いた。
「お客さん、運がいいですね。このバスは特別臨時バスなんですよ」
僕はふと耳を疑った。
僕が住んでいる町に臨時バスそのものがあることなんて聞いたことがなかったからだ。
田舎町だから乗る人も本数も少ないのに、わざわざ臨時バスを出す必要なんてないはずだと感じた。
でも、今の僕には臨時バスが元々あったか否かはどうでもよく、とりあえず家に帰れることにほっとした。
達也の家でたくさん食べたからか、急な眠気に襲われた。僕は気づいたら眠ってしまった。
眠ってどのくらい経ったか、爽やかな風を体に受けているのを感じ、目が覚めた。
どこまで行ったのか窓から外を見ると、バスの外は桜並木に包まれていた。
「夢でも見ているのかな?」
僕は目を軽く擦った。バスに乗った時は、夜中の零時前だったはずなのに、夜明けまでずっと乗っていたのかと疑ったからだ。
桜並木を抜けると、僕が通っている学校の校門が見えた。そして、校舎も見えた。校舎の前に、どこかで見覚えのある女子生徒の後ろ姿が見えた。
それは、花梨の後ろ姿だった。
花梨は二年生の頃に、僕のクラスに転校してきた。
ふと、僕は思い出した。花梨と初めて会った時のことを。
花梨は高校一年生の頃、夏休みが明けた後に僕の通う高校に転校してきた。
彼女を見た時、胸の奥が熱くなったのを感じた。
教室でみんなの前で自己紹介をした時、クラス全員からの注目から目を逸らしている様子だった。
転校生にあるあるなことだった。
彼女が自分の席についた後も緊張している様子だった。
僕は彼女を和ませようと声をかけるも初対面の人になんで声かければいいのかわからず、気づけば彼女の周りにクラスの人たちが何人も集まり、声をかけることができなかった。
僕は自然と彼女に声をかけるのを諦めていた。
そんなある日、僕は席替えで彼女と隣の席になった。しかし、せっかく隣の席になれたのに僕は話しかける勇気を出せずにいた。
そして、席替えをした後に文化祭を迎えた。
クラスの文化祭の役割分担をした時、僕は花梨と買い出し係になった。役割が決まった時、彼女は僕の方を向くと、「よろしくね」と笑みを浮かべた。
二人で買い出しに行った時、たわいのない話をしていた時が僕にとって幸せだった。
こんな時間がずっと続いたらなと思った。
鳥のさえずりが聞こえ、気づいたら僕は家の近くのバス停のベンチで寝ていたことに気がついた。
「あれ、バスは・・・・・・?」
僕はいつバスから降りたんだろう。携帯の時計を見ると、朝の五時を回っていた。
とりあえず、家に帰ると両親はまだ寝ていた。両親がまだ寝ていることに安心した。
なぜなら、もし起きていたら怒られるからだった。
一応、家に帰れたけど僕が乗ったあのバスはなんだったのか不思議な気持ちがまだ残っていた。
卒業式の前日、最後の登校日がやってきた。
僕はいつものように通学バスに乗って学校に行った。
今日は午後からの登校で、お昼過ぎに学校に着いた。
教室に入ると、いつも通りクラスのみんながいた。花梨もいた。
僕は自分の席に鞄を置くとトイレに行った。
とうとう花梨と会えるのは明日で最後なのかもしれないのに、なんて声をかければいいか考えていた。
「おお、風助」
達也がトイレに入ってきた。
「達也、おはよう」
「この前、あの後ちゃんとバスに乗れて帰れたか?」
達也はこの前の前祝いのことを心配してくれた。
「うん、一応帰れたんだけど・・・・・・」
僕は達也は僕が乗ったあのバスのことを何か知ってるかと気になりあの日の夜のことを詳しく話してみた。
「お前が乗ったその特別臨時バスは、もしかしたら『思い出バス』なのかもしれないな」
「『思い出バス』・・・・・・?」
聞いたこともない名前のバスだった。
「俺の親父が言ってたんだけどな、この町に昔からある都市伝説みたいなもので、なんでも突然風のように現れて、そのバスに乗ると忘れていた思い出を見せてくれるっていうどこから来たのかわからない不思議なバスなんだ」
よくわからなかったけど、僕が乗ったのはその不思議なバスであることはなんとなく理解できた気がしてきた。
あのバスに乗るまで、僕は花梨との思い出はないとばかり思い込んでいた。けど、小さなことでも花梨との思い出を思い出すことができたのは確かだった。
達也とバスの話をしながら廊下を歩いていると、花梨とすれ違った。
一瞬彼女と目が合ったが、彼女はすぐに目を逸らした。
ホームルームを終えて、先生から明日の卒業式の連絡事項を聞いて、体育館でリハーサルをやってその日は夕方前に解散になった。
放課後、僕は日直だったから、日誌を書いて職員室に出しに行った。その後、一通り校内を見て回った。明日でこの学校にいられるのも、学校の中を見れるのも最後だから今のうちに目に焼き付けようと思った。
校内を一通り見ると、時計は夕方の五時を過ぎていた。
「そろそろ帰るか」
僕は惜しみながらも学校を出て、近くのバス停から行った。高校生活三年間のことを思い出しながら、バス停に近づくとバス停のベンチに花梨が座っていた。
「あっ・・・・・・」
お互い瞬時に目が合った。
「風助も学校遅く出たんだ・・・・・・・」
「うん、今日日直だったから、花梨もなんか用事で・・・・・・?」
僕らは、高一の頃からお互いを名前で呼び合っていた。
「うん・・・・・・」
花梨は目を逸らした。
すると、ちょうどバスが来た。
花梨はバスに乗ると一番後ろの席に座った。
僕もバスに乗ると花梨と同じ席に座った。
僕の心臓は、バスが動き出すと同時にエンジンがかかったかのようにドキッとした。
バスが発車してから五分くらい経った。
ずっと沈黙が続いた。
「なんか話さないと」と思い何を話せばいいか考えていた。
「ねえ、今日達也とバスの話してたよね?さっき聞こえちゃった」
花梨に達也との話を悟られたと思いドキッとした。
「そういえば、海外の大学いつ行くの?」
気を紛らわそうと関係ない話題を振った。
「卒業式の次の日、朝の便で行くの」
彼女の返事を聞くと思わず「えっ」と言葉が出てきてしまった。
もう会えるのは明日で本当に最後だとわかった。
せめて何か話さないと焦りが出てきた。
少しでも花梨との思い出を作るために、花梨に覚えてもらえるように。
「ねぇ風助、覚えてる?私が体育祭の時、リレーで転んだの・・・・・・」
「えっ?」
突然なんの話なのかわからなかった。
「私ね、この前バスに乗ったの。特別臨時バスのね。遅くまで出かけてて、乗ろうと思ってたバスに乗り遅れちゃったの」
もしかして、花梨も達也の言ってた「思い出バス』に乗ったのではないかと察した。
「私、リレーで転んだとき、すごく泣きそうになったの。けど、風助が精一杯応援してくれて、私もう一度立ち上がって走ることできたんだ」
僕は思い出した。高二の頃の体育祭のリレーで花梨はアンカーだった。前の人からバトンを受け取った後、すぐ転んでしまった。僕はクラスの応援席から、花梨涙を流しそうになっているのが見えた。
「頑張れ!頑張れ!」
あの時、僕は精一杯応援した。すると、彼女は立ち上がって走り出し、ギリギリ三位まで上り詰めることができた。
けど、花梨は転んだからなのか、遅れをとってしまったからなのか、ゴールした後に大泣きしていた。
「あの時、風助が応援してくれなかったら泣き崩れてたと思うの」
花梨が話してくれるまで僕はそのことを忘れていた。
「風助が昼間に達也と話してたあの不思議なバスが思い出させてくれたと思ったんだ」
僕は花梨の話を聞くと、僕もバスで思い出した花梨との文化祭の買い出しの時のことを話した。
「思い出した、そんなことあったね」
花梨は、僕がこのことを話すまで忘れていたようだった。
お互い、忘れていた思い出があったようだった。
もしかしたら、今僕と花梨が乗ってるこのバスもあの『思い出バス』なのかもしれない。
「卒業しても、また会える?」
僕は花梨に聞いた。もし、また会えるのならその時また、二人の思い出を作りたいからダメ元で聞いてみた。
「お盆やお正月の時期に帰ってくる予定だよ。だから、その時また会おうね」
花梨は笑みを浮かべて言ってくれた。
僕は彼女の笑みを見ると心が安心した。
そして、僕は花梨に伝えた。
「好きだよ」
『思い出バス』は忘れてしまっていた思い出を思い出させてくれると同時に、新しい思い出を作るきっかけを与えてくれる不思議なバスなのかもしれない。
「じゃあ、少し早いけど俺らの卒業と青春を祝しまして、乾杯!」
『乾杯!』
乾杯の掛け声と同時にグラスをあてた。
僕、桜坂風助はクラスの人たちで高校卒業の前祝いをクラスメイトの達也の家が経営する居酒屋でしていた。
卒業式まであと一週間だが、達也の家が卒業式の前に店を閉めることになったため、最後にみんなでパーっとやろうと達也が提案してくれてクラス全員でお邪魔した。
体育祭や文化祭の打ち上げはもちろん、達也たちと遊んだ時もここでたくさんごちそうになった。
それが今日で最後だと思うと、心が痛くなり達也の両親が作ってくれた自慢の料理を口の中で味が消えるまで味わって食べた。
特に達也の家の看板メニューである串カツはとても絶品で地元でもとても評判だった。
僕もクラスのみんなもたくさん注文した。
みんなが楽しく食べているのを見てふとあることに気がついた。
同じクラスの安藤花梨がいないことだった。
今回の前祝いの提案者と幹事である達也に聞いてみた。
「なぁ達也、花梨には声かけなかったの?」
「ああ、あいつなんか今夜家族と出かけるから行けないってさ。あいつあれだろ、卒業したら海外の大学に行くんだろ」
去年の十二月頃、花梨が海外の大学に進学することがわかった時はクラスに衝撃が走った。
クラスの人たちの中で都会の大学に行く人は何人かいて、僕もその一人だから都会の大学に行く人は珍しくなかったが海外の大学に行く人なんてとても珍しかった。
彼女はクラスで一番勉強と運動ができて、みんなに優秀と崇められ特別な存在とされていた。
「花梨ちゃんすごいよね、将来すごい仕事に就くんだろうな」
「五年後、十年後どうなってるだろうね」
「うちらのこと忘れてるんじゃないかな」
みんなが花梨の話をする中、気づいたら食事をしている手が止まっていた。
いつか花梨が自分のことを忘れてしまうことに恐怖心を感じた。
今の自分の中で花梨は特別な存在で恋心を抱いているからだ。
もし、自分の気持ちに振り向いてもらえなくても、花梨に自分のことを忘れられないために「好き」と伝えたかった。
けど、僕にはそんな勇気がない。卒業するまで伝えなくちゃと思っているけど、その一歩が踏み出せず悔しい気持ちで胸がいっぱいだった。
そんなことを考えているうちに、お開きの時間が来てしまった。僕らの前に達也の両親が来てみんなに最後の挨拶をした。
「みんな、最後にうちで食べてくれて本当にありがとう。卒業したら立派な大人になってね!」
みんなで盛大な拍手を上げてお礼を言った。
夜の十時を過ぎた頃、各自帰る支度をしていると達也が僕に声をかけてきた。
「なぁ風助、お前バスの時間大丈夫か?なんならうちの車で家まで送ろうか?」
僕の家は達也の家からとても遠く、バスか車で行かないと帰れない距離だった。
僕はお言葉に甘えようとしたが、遅くまで居座った上にこれから片付けなどしなくちゃいけないのに車で乗せてもらうのは申し訳ない気がしたため、僕は断って達也の家から歩きとバスで帰ることにした。
僕は達也と達也の両親にお礼を言い、クラスのみんなには「また学校でね」と言って達也の家を出て、山道を登ったバス停まで全速力で走って行った。
しかし、食べた後だったから思うように早く走れなかった。
途中で両手を両膝について息を切らし、再び走り出した。
僕が住んでいる町は静かな田舎町で、夜は明かりが少ないため暗く、めったに人も車も通らない。
そんな夜の田舎町の山道を一人で走って行くのは正直怖いと感じた。
もうすぐバス停だと自分に言い聞かせながらバス停に向かって必死に走った。
山道を登って行くと一つの街灯の灯りが見えてきた。バス停の灯りだった。バス停に着いたことに安心し、溜まっていた息をぜぇぜぇと切らしながら時刻表を見ると、自分の目を疑った。
乗るはずだったバスがもう出発してしまったことがわかった。しかもそれは、今日の最終バスだった。
僕は心に大きなショックを感じた。
暗い山道を必死に走ってきたのに乗るはずだったバスを逃してしまったことが悔しく、右手を叩くように下に振った。
あの時、素直に達也の家の車に乗せて行ってもらえばよかった、もっと早く出てればバスに乗れたんじゃないか、そう思うしか他になかった。
バス停から家までバスで三十分ほどかかるから、今から歩いていくと一時間以上かかってしまう。
親に電話して迎えに来てもらおうと考えるも、こんな遅い時間にこんな暗い山道まで来てもらうのは確実に怒られると思い、電話しづらかった。
バス停のベンチに座り込み、携帯の時刻が過ぎていくのをただ見つめていた。
ここまで走ってきたから、これから一時間以上かけて家まで歩いていく気力もなく、ただ呆然と座り込んだ。
夜中の十二時を回った時、近くに車のライトらしきものが見えてきた。
回送と表示されたバスだった。
バスは僕の前で止まり、入り口ドアを開けた。
こんな遅い時間にはもうバスはもうないはずなのにと思いながらも他に変える手段もないから、ラッキーと思いバスに乗り込んだ。
きっと、仕事帰りなのかたまたま通りがかった時にバス停にいた僕を見つけたから乗せてってくれたのだと思い、ありがとございましたとお礼を言った。
バスは発車のアナウンスを鳴らし、動き出した。
僕は席に座ると、乗らないと思っていたバスに乗って家に帰れることに安心感を感じ大きく息を吐いた。
「お客さん、運がいいですね。このバスは特別臨時バスなんですよ」
僕はふと耳を疑った。
僕が住んでいる町に臨時バスそのものがあることなんて聞いたことがなかったからだ。
田舎町だから乗る人も本数も少ないのに、わざわざ臨時バスを出す必要なんてないはずだと感じた。
でも、今の僕には臨時バスが元々あったか否かはどうでもよく、とりあえず家に帰れることにほっとした。
達也の家でたくさん食べたからか、急な眠気に襲われた。僕は気づいたら眠ってしまった。
眠ってどのくらい経ったか、爽やかな風を体に受けているのを感じ、目が覚めた。
どこまで行ったのか窓から外を見ると、バスの外は桜並木に包まれていた。
「夢でも見ているのかな?」
僕は目を軽く擦った。バスに乗った時は、夜中の零時前だったはずなのに、夜明けまでずっと乗っていたのかと疑ったからだ。
桜並木を抜けると、僕が通っている学校の校門が見えた。そして、校舎も見えた。校舎の前に、どこかで見覚えのある女子生徒の後ろ姿が見えた。
それは、花梨の後ろ姿だった。
花梨は二年生の頃に、僕のクラスに転校してきた。
ふと、僕は思い出した。花梨と初めて会った時のことを。
花梨は高校一年生の頃、夏休みが明けた後に僕の通う高校に転校してきた。
彼女を見た時、胸の奥が熱くなったのを感じた。
教室でみんなの前で自己紹介をした時、クラス全員からの注目から目を逸らしている様子だった。
転校生にあるあるなことだった。
彼女が自分の席についた後も緊張している様子だった。
僕は彼女を和ませようと声をかけるも初対面の人になんで声かければいいのかわからず、気づけば彼女の周りにクラスの人たちが何人も集まり、声をかけることができなかった。
僕は自然と彼女に声をかけるのを諦めていた。
そんなある日、僕は席替えで彼女と隣の席になった。しかし、せっかく隣の席になれたのに僕は話しかける勇気を出せずにいた。
そして、席替えをした後に文化祭を迎えた。
クラスの文化祭の役割分担をした時、僕は花梨と買い出し係になった。役割が決まった時、彼女は僕の方を向くと、「よろしくね」と笑みを浮かべた。
二人で買い出しに行った時、たわいのない話をしていた時が僕にとって幸せだった。
こんな時間がずっと続いたらなと思った。
鳥のさえずりが聞こえ、気づいたら僕は家の近くのバス停のベンチで寝ていたことに気がついた。
「あれ、バスは・・・・・・?」
僕はいつバスから降りたんだろう。携帯の時計を見ると、朝の五時を回っていた。
とりあえず、家に帰ると両親はまだ寝ていた。両親がまだ寝ていることに安心した。
なぜなら、もし起きていたら怒られるからだった。
一応、家に帰れたけど僕が乗ったあのバスはなんだったのか不思議な気持ちがまだ残っていた。
卒業式の前日、最後の登校日がやってきた。
僕はいつものように通学バスに乗って学校に行った。
今日は午後からの登校で、お昼過ぎに学校に着いた。
教室に入ると、いつも通りクラスのみんながいた。花梨もいた。
僕は自分の席に鞄を置くとトイレに行った。
とうとう花梨と会えるのは明日で最後なのかもしれないのに、なんて声をかければいいか考えていた。
「おお、風助」
達也がトイレに入ってきた。
「達也、おはよう」
「この前、あの後ちゃんとバスに乗れて帰れたか?」
達也はこの前の前祝いのことを心配してくれた。
「うん、一応帰れたんだけど・・・・・・」
僕は達也は僕が乗ったあのバスのことを何か知ってるかと気になりあの日の夜のことを詳しく話してみた。
「お前が乗ったその特別臨時バスは、もしかしたら『思い出バス』なのかもしれないな」
「『思い出バス』・・・・・・?」
聞いたこともない名前のバスだった。
「俺の親父が言ってたんだけどな、この町に昔からある都市伝説みたいなもので、なんでも突然風のように現れて、そのバスに乗ると忘れていた思い出を見せてくれるっていうどこから来たのかわからない不思議なバスなんだ」
よくわからなかったけど、僕が乗ったのはその不思議なバスであることはなんとなく理解できた気がしてきた。
あのバスに乗るまで、僕は花梨との思い出はないとばかり思い込んでいた。けど、小さなことでも花梨との思い出を思い出すことができたのは確かだった。
達也とバスの話をしながら廊下を歩いていると、花梨とすれ違った。
一瞬彼女と目が合ったが、彼女はすぐに目を逸らした。
ホームルームを終えて、先生から明日の卒業式の連絡事項を聞いて、体育館でリハーサルをやってその日は夕方前に解散になった。
放課後、僕は日直だったから、日誌を書いて職員室に出しに行った。その後、一通り校内を見て回った。明日でこの学校にいられるのも、学校の中を見れるのも最後だから今のうちに目に焼き付けようと思った。
校内を一通り見ると、時計は夕方の五時を過ぎていた。
「そろそろ帰るか」
僕は惜しみながらも学校を出て、近くのバス停から行った。高校生活三年間のことを思い出しながら、バス停に近づくとバス停のベンチに花梨が座っていた。
「あっ・・・・・・」
お互い瞬時に目が合った。
「風助も学校遅く出たんだ・・・・・・・」
「うん、今日日直だったから、花梨もなんか用事で・・・・・・?」
僕らは、高一の頃からお互いを名前で呼び合っていた。
「うん・・・・・・」
花梨は目を逸らした。
すると、ちょうどバスが来た。
花梨はバスに乗ると一番後ろの席に座った。
僕もバスに乗ると花梨と同じ席に座った。
僕の心臓は、バスが動き出すと同時にエンジンがかかったかのようにドキッとした。
バスが発車してから五分くらい経った。
ずっと沈黙が続いた。
「なんか話さないと」と思い何を話せばいいか考えていた。
「ねえ、今日達也とバスの話してたよね?さっき聞こえちゃった」
花梨に達也との話を悟られたと思いドキッとした。
「そういえば、海外の大学いつ行くの?」
気を紛らわそうと関係ない話題を振った。
「卒業式の次の日、朝の便で行くの」
彼女の返事を聞くと思わず「えっ」と言葉が出てきてしまった。
もう会えるのは明日で本当に最後だとわかった。
せめて何か話さないと焦りが出てきた。
少しでも花梨との思い出を作るために、花梨に覚えてもらえるように。
「ねぇ風助、覚えてる?私が体育祭の時、リレーで転んだの・・・・・・」
「えっ?」
突然なんの話なのかわからなかった。
「私ね、この前バスに乗ったの。特別臨時バスのね。遅くまで出かけてて、乗ろうと思ってたバスに乗り遅れちゃったの」
もしかして、花梨も達也の言ってた「思い出バス』に乗ったのではないかと察した。
「私、リレーで転んだとき、すごく泣きそうになったの。けど、風助が精一杯応援してくれて、私もう一度立ち上がって走ることできたんだ」
僕は思い出した。高二の頃の体育祭のリレーで花梨はアンカーだった。前の人からバトンを受け取った後、すぐ転んでしまった。僕はクラスの応援席から、花梨涙を流しそうになっているのが見えた。
「頑張れ!頑張れ!」
あの時、僕は精一杯応援した。すると、彼女は立ち上がって走り出し、ギリギリ三位まで上り詰めることができた。
けど、花梨は転んだからなのか、遅れをとってしまったからなのか、ゴールした後に大泣きしていた。
「あの時、風助が応援してくれなかったら泣き崩れてたと思うの」
花梨が話してくれるまで僕はそのことを忘れていた。
「風助が昼間に達也と話してたあの不思議なバスが思い出させてくれたと思ったんだ」
僕は花梨の話を聞くと、僕もバスで思い出した花梨との文化祭の買い出しの時のことを話した。
「思い出した、そんなことあったね」
花梨は、僕がこのことを話すまで忘れていたようだった。
お互い、忘れていた思い出があったようだった。
もしかしたら、今僕と花梨が乗ってるこのバスもあの『思い出バス』なのかもしれない。
「卒業しても、また会える?」
僕は花梨に聞いた。もし、また会えるのならその時また、二人の思い出を作りたいからダメ元で聞いてみた。
「お盆やお正月の時期に帰ってくる予定だよ。だから、その時また会おうね」
花梨は笑みを浮かべて言ってくれた。
僕は彼女の笑みを見ると心が安心した。
そして、僕は花梨に伝えた。
「好きだよ」
『思い出バス』は忘れてしまっていた思い出を思い出させてくれると同時に、新しい思い出を作るきっかけを与えてくれる不思議なバスなのかもしれない。