たくさんの彩希葉の写真を飾った部屋で、一人号泣した。彩希葉に嫌われたら生きていけない。何度も「ごめん」とラインをした。優しい彩希葉はまったく怒っていなかった。
俺たちは「友達」に戻ったけれど、彩希葉はダーツサークルに来なくなって会う機会がなくなった。俺と別れる前から、元々彩希葉の出席率は低くて、月を重ねるにつれてどんどん下がっていったけど、後期からは本当に来なくなった。
俺は引きこもりがちになった。特に彩希葉に新しい彼氏が出来た十一月以降は目に見えて生気を失っていた。俺と二股していたとか乗り換えたとかなら嫌いになれたかもしれないのに、期間は全く被っていないどころか、新しい彼氏は秋学期に短期留学から帰って来たらしいので彩希葉と出会ったのがそもそも俺と別れた後で、彩希葉は完全な潔白だった。
俺があまりにもふさぎ込んでいたものだから、ダーツサークルの悪友ハルヤがクリスマスイブに俺の部屋におしかけてきた。
「青春は一度きりなんだぞ! いつまでも一人の女に執着してないで遊びを覚えろ! ほらっ、せっかくのクリスマスなんだし渋谷にナンパしにいくぞ!」
大迷惑でお節介で無神経で最悪だった。女遊びの何が楽しいのかよく分からなかったが、無理矢理腕を引っ張って行かれたので抵抗するのも面倒でついていった。
クラブに到着するなり、お前の好みの女をナンパしてきてやるよと豪語されたので、その場にいた中で一番彩希葉に顔が似ていた女を指差した。もうその女の名前も覚えていない。
女も友達と来ていたけれど、いつの間にかハルヤとともにどこかへ行ってしまった。俺に気を利かせたのか、単純にハルヤがその女子を気に入ったからなのかは分からない。
「イケメンなのに歯並び悪いのもったいなくない? ファッション気を遣って、歯列矯正したらマジで芸能界狙えるって」
酔っぱらった女は色々と俺にダメ出しをしてきた。ファッションセンスはともかく、彩希葉が好きだと言ってくれた八重歯を矯正するわけがなかった。
「うっせえな。余計なお世話だよ」
彩希葉には紳士的な口調で話すようにしていたが、どうでもいい女は適当にあしらった。
「あー、何? 好きだった子の影響的なやつ? 心ここにあらずだもんね。やばーい、カワイイー」
「うるせえクソ女! お前マジで死ねよ!」
俺は飲んでいなかったが、みんながお酒を飲んで理性を失っているような場所でよくもまあ素性の分からない男を煽れるものだと逆に感心した。俺が初対面の女を殴るようないかれた男だったらどうするつもりだったのだろうか。
「えー、でも顔が好みのウブな男の子育てるのって楽しいじゃーん。ねえ、連絡先交換しようよ」
「誰が顔以外全部クソな女と付き合うんだよ」
「ひどっ! あんただって顔以外下の下なんですけど。まあ、でも、もし好きな子がいるなら自分磨けば振り向いてくれるんじゃん? あんた素材はいいんだし」
女は怒ってどこかへ行ってしまった。デリカシーの欠片もない女だったが、言ってることは全部図星だった。
その日から歯列矯正以外の自分磨きと言われる類のことは一通りやった。そうすれば彩希葉が戻ってきてくれると思った。彩希葉に顔が似てるだけの女の言うことですら真に受ける程に彩希葉が好きだった。
彩希葉は戻ってこなかったが、逆ナンの回数が目に見えて増え、数少ない学部の女に告白された。どうやら俺はモテるらしいことが分かった。
「今度は俺がお前のおこぼれにあずかる番だな」
節操のないハルヤのことは適当にあしらった。
二年生になった頃、ダーツサークルの門戸を叩いたのは口元が彩希葉によく似た一年生だった。目は一重だったし、輪郭も全然彩希葉に似ていない。名前は瑞希。やたらと俺に懐いてきた。
「顔が好みの男の子育てるのって楽しいじゃーん」
あの女の声が蘇る。目元をそれっぽくメイクして、横髪を内巻きにして輪郭を隠せばたぶん瑞希は彩希葉にだいぶ似るだろう。その時の俺にとっては悪魔のささやきに等しかった。しかし、この頃の俺にはまだ倫理観があった。サークルの先輩として面倒を見る程度にとどめ、あまり深追いするつもりはなかった。
その頃、ちょうど彩希葉がその年のミスコンに出ようとしているという噂を聞いた。
「俺、エントリーシートの写真撮ろうか?」
どんなカメラマンより、少なくとも今の彼氏よりは俺が一番彩希葉を可愛く撮れる。その自負があった。
「ほんと? じゃあお願いしようかな」
俺がとった写真を貼ったエントリーシートは順調に予選を勝ち進み、彩希葉は本戦に進出した。彩希葉は彼氏と順調で俺の付け入るスキはなかったけれど、約束だけは取り付けた。
「俺、今も写真趣味なんだよ。彩希葉よりいいモデルなかなか見つからないからさ、見つかるまでは彩希葉を撮らせてほしい」
嘘だ。彩希葉以上のモデルなんて見つかるわけがない。でも、彩希葉は了承してくれた。
ちょうどその頃、瑞希に告白された。彩希葉が彼氏との惚気をSNSに投稿するたび、鬱憤を晴らすように瑞希に癒しを求めていたら、懐かれてしまった。もういいんじゃないか。再び悪魔が俺に囁いた。告白してきたのは瑞希だ。俺が口説いたんじゃない。瑞希が勝手に好きになったんだ。瑞希は俺に好かれたい。なら、瑞希に俺に好かれる方法を教えてやるのが道理じゃないか。
瑞希のファッションやメイク、振る舞いを少しずつ彩希葉に寄せるよう誘導した。しかし、瑞希は時々強い「我」を見せた。それが疎ましくて仕方なかった。
年明け、成人式で久しぶりに彩希葉と会った。彩希葉の振り袖姿は美しすぎて、百枚単位で写真を撮った。同時に、それらの写真は瑞希が彩希葉の代わりになりえないことを突きつけた。
俺は瑞希を振った。メンヘラの瑞希は大騒ぎした。サークル全体を巻き込んで、妊娠したと嘘をついてまで俺を引き留めようとした。事実無根もいいところだ。心当たりがなかったので名誉毀損で訴えると警告したら、最後には狂言だったと自白した。瑞希はサークルを、そして学校をやめて実家の北海道に帰ったらしい。無責任に妊娠させて捨てたという誤解は解けたが、大規模なトラブルを引き起こしたことに変わりはないので、次期会長を解任され、女癖が一番マシなやつが代わりに会長になった。
彩希葉は幽霊部員だったので詳しいことはほとんど伝わらなかった。俺が悪いことをして糾弾されたが、のちに誤解だったと判明した。程度の認識だと思う。
三年生に進級して、新歓ではチラシをくばれと言われた。大方、イケメン広告塔枠で女子部員を釣るにはちょうどいいけれど、実際に部員対応をして一女が懐くのは防ぎたいといったところだろう。
しかし、偶然見かけてしまった。瑞希より彩希葉に似ていて、自我がなさそうで大人しそうな一年生。俺は気づけばその子に声をかけていた。
「ねえ、ダーツ興味ない?」
サークルのやつらは、「またかよ、いい加減にしろよ」と呆れていたが、今度こそ失敗しない。完璧な彩希葉を創り上げてやる。
彩希葉と同じセリフで告白して、彩希葉と同じことで喜ばせる。彩希葉と同じ場所に連れて行く。十九歳の誕生日に渡すのは、彩希葉に突き返された紫の万華鏡のペンダント。愛してると言えば、この子は逆らわない。
水彩都は従順だった。俺と同じ機種のカメラを買って俺の真似をする。でも、そうじゃない。俺が求めているのはそれじゃない。彩希葉は自分で写真を撮ったりしない。「優紫が撮ってよ」って可愛い声でお願いするのが正解なんだ。
ダーツもメイクも歌もちゃんと覚える素直ないい子。元の顔だって瑞希の百倍彩希葉に似ている。ダンスを教える術がないのだけが残念だ。友達も増えたようで、彩希葉みたいにたくさんの友達に囲まれている。それでも、水彩都が一番優先するのは俺のこと。好きだ好きだと何度も言われた。俺も大好きだよ、彩希葉。
でも、やっぱり本物の彩希葉と会える機会があれば会いたい。写真にさえ写さなければ、幻影を見ていられる。そう思っていた。
一年間ちゃんとうまくやれていた。でも、女子の部の優勝インタビューで彩希葉が
「ダーツを始めたきっかけは、八歳の時、すごくダーツが上手いお友達が誘ってくれたことです」
なんて言うから。そんなこと言われたら、期待してしまうじゃないか。次の瞬間には、俺は暴走していた。別に、人を殴ったり暴れたり、法に触れるようなことはしていない。ただ、好きだと告げただけ。そして、彩希葉は俺を振っただけ。
周りの奴等は過剰反応し続けただけ。俺は彩希葉が好きだっただけ。なのに、すべてが終わった今、どうして俺は周りの奴等をうらやんでいるのだろう。
俺が恨み憎むべきは、二次会解散後、品川ナンバーの外車に乗って彩希葉を迎えに来た婚約者だけのはずなのに。
四年間付き合い続けた同期の女と今年の夏に結婚予定の俺たちの代のサークル会長や、大手広告代理店に就職して「CAと合コンするぞ!」と狂喜乱舞しているハルヤが羨ましくてたまらない。
一人、また一人と帰っていき、俺はなぜだか立ち尽くしていた。俺はあの日から何も変われなかった。彩希葉が俺以外の男に第二ボタンをもらうのを唇を嚙みしめてじっと見ていることしかできなかった小学校の卒業式の日から。もう東京の大学を卒業すると言うのに、俺の心は未だに九州の小学校の狭い教室にとらわれたままだ。初恋を卒業できないまま彩希葉だけを求めていた俺に最後に残ったのは孤独だけだった。
俺たちは「友達」に戻ったけれど、彩希葉はダーツサークルに来なくなって会う機会がなくなった。俺と別れる前から、元々彩希葉の出席率は低くて、月を重ねるにつれてどんどん下がっていったけど、後期からは本当に来なくなった。
俺は引きこもりがちになった。特に彩希葉に新しい彼氏が出来た十一月以降は目に見えて生気を失っていた。俺と二股していたとか乗り換えたとかなら嫌いになれたかもしれないのに、期間は全く被っていないどころか、新しい彼氏は秋学期に短期留学から帰って来たらしいので彩希葉と出会ったのがそもそも俺と別れた後で、彩希葉は完全な潔白だった。
俺があまりにもふさぎ込んでいたものだから、ダーツサークルの悪友ハルヤがクリスマスイブに俺の部屋におしかけてきた。
「青春は一度きりなんだぞ! いつまでも一人の女に執着してないで遊びを覚えろ! ほらっ、せっかくのクリスマスなんだし渋谷にナンパしにいくぞ!」
大迷惑でお節介で無神経で最悪だった。女遊びの何が楽しいのかよく分からなかったが、無理矢理腕を引っ張って行かれたので抵抗するのも面倒でついていった。
クラブに到着するなり、お前の好みの女をナンパしてきてやるよと豪語されたので、その場にいた中で一番彩希葉に顔が似ていた女を指差した。もうその女の名前も覚えていない。
女も友達と来ていたけれど、いつの間にかハルヤとともにどこかへ行ってしまった。俺に気を利かせたのか、単純にハルヤがその女子を気に入ったからなのかは分からない。
「イケメンなのに歯並び悪いのもったいなくない? ファッション気を遣って、歯列矯正したらマジで芸能界狙えるって」
酔っぱらった女は色々と俺にダメ出しをしてきた。ファッションセンスはともかく、彩希葉が好きだと言ってくれた八重歯を矯正するわけがなかった。
「うっせえな。余計なお世話だよ」
彩希葉には紳士的な口調で話すようにしていたが、どうでもいい女は適当にあしらった。
「あー、何? 好きだった子の影響的なやつ? 心ここにあらずだもんね。やばーい、カワイイー」
「うるせえクソ女! お前マジで死ねよ!」
俺は飲んでいなかったが、みんながお酒を飲んで理性を失っているような場所でよくもまあ素性の分からない男を煽れるものだと逆に感心した。俺が初対面の女を殴るようないかれた男だったらどうするつもりだったのだろうか。
「えー、でも顔が好みのウブな男の子育てるのって楽しいじゃーん。ねえ、連絡先交換しようよ」
「誰が顔以外全部クソな女と付き合うんだよ」
「ひどっ! あんただって顔以外下の下なんですけど。まあ、でも、もし好きな子がいるなら自分磨けば振り向いてくれるんじゃん? あんた素材はいいんだし」
女は怒ってどこかへ行ってしまった。デリカシーの欠片もない女だったが、言ってることは全部図星だった。
その日から歯列矯正以外の自分磨きと言われる類のことは一通りやった。そうすれば彩希葉が戻ってきてくれると思った。彩希葉に顔が似てるだけの女の言うことですら真に受ける程に彩希葉が好きだった。
彩希葉は戻ってこなかったが、逆ナンの回数が目に見えて増え、数少ない学部の女に告白された。どうやら俺はモテるらしいことが分かった。
「今度は俺がお前のおこぼれにあずかる番だな」
節操のないハルヤのことは適当にあしらった。
二年生になった頃、ダーツサークルの門戸を叩いたのは口元が彩希葉によく似た一年生だった。目は一重だったし、輪郭も全然彩希葉に似ていない。名前は瑞希。やたらと俺に懐いてきた。
「顔が好みの男の子育てるのって楽しいじゃーん」
あの女の声が蘇る。目元をそれっぽくメイクして、横髪を内巻きにして輪郭を隠せばたぶん瑞希は彩希葉にだいぶ似るだろう。その時の俺にとっては悪魔のささやきに等しかった。しかし、この頃の俺にはまだ倫理観があった。サークルの先輩として面倒を見る程度にとどめ、あまり深追いするつもりはなかった。
その頃、ちょうど彩希葉がその年のミスコンに出ようとしているという噂を聞いた。
「俺、エントリーシートの写真撮ろうか?」
どんなカメラマンより、少なくとも今の彼氏よりは俺が一番彩希葉を可愛く撮れる。その自負があった。
「ほんと? じゃあお願いしようかな」
俺がとった写真を貼ったエントリーシートは順調に予選を勝ち進み、彩希葉は本戦に進出した。彩希葉は彼氏と順調で俺の付け入るスキはなかったけれど、約束だけは取り付けた。
「俺、今も写真趣味なんだよ。彩希葉よりいいモデルなかなか見つからないからさ、見つかるまでは彩希葉を撮らせてほしい」
嘘だ。彩希葉以上のモデルなんて見つかるわけがない。でも、彩希葉は了承してくれた。
ちょうどその頃、瑞希に告白された。彩希葉が彼氏との惚気をSNSに投稿するたび、鬱憤を晴らすように瑞希に癒しを求めていたら、懐かれてしまった。もういいんじゃないか。再び悪魔が俺に囁いた。告白してきたのは瑞希だ。俺が口説いたんじゃない。瑞希が勝手に好きになったんだ。瑞希は俺に好かれたい。なら、瑞希に俺に好かれる方法を教えてやるのが道理じゃないか。
瑞希のファッションやメイク、振る舞いを少しずつ彩希葉に寄せるよう誘導した。しかし、瑞希は時々強い「我」を見せた。それが疎ましくて仕方なかった。
年明け、成人式で久しぶりに彩希葉と会った。彩希葉の振り袖姿は美しすぎて、百枚単位で写真を撮った。同時に、それらの写真は瑞希が彩希葉の代わりになりえないことを突きつけた。
俺は瑞希を振った。メンヘラの瑞希は大騒ぎした。サークル全体を巻き込んで、妊娠したと嘘をついてまで俺を引き留めようとした。事実無根もいいところだ。心当たりがなかったので名誉毀損で訴えると警告したら、最後には狂言だったと自白した。瑞希はサークルを、そして学校をやめて実家の北海道に帰ったらしい。無責任に妊娠させて捨てたという誤解は解けたが、大規模なトラブルを引き起こしたことに変わりはないので、次期会長を解任され、女癖が一番マシなやつが代わりに会長になった。
彩希葉は幽霊部員だったので詳しいことはほとんど伝わらなかった。俺が悪いことをして糾弾されたが、のちに誤解だったと判明した。程度の認識だと思う。
三年生に進級して、新歓ではチラシをくばれと言われた。大方、イケメン広告塔枠で女子部員を釣るにはちょうどいいけれど、実際に部員対応をして一女が懐くのは防ぎたいといったところだろう。
しかし、偶然見かけてしまった。瑞希より彩希葉に似ていて、自我がなさそうで大人しそうな一年生。俺は気づけばその子に声をかけていた。
「ねえ、ダーツ興味ない?」
サークルのやつらは、「またかよ、いい加減にしろよ」と呆れていたが、今度こそ失敗しない。完璧な彩希葉を創り上げてやる。
彩希葉と同じセリフで告白して、彩希葉と同じことで喜ばせる。彩希葉と同じ場所に連れて行く。十九歳の誕生日に渡すのは、彩希葉に突き返された紫の万華鏡のペンダント。愛してると言えば、この子は逆らわない。
水彩都は従順だった。俺と同じ機種のカメラを買って俺の真似をする。でも、そうじゃない。俺が求めているのはそれじゃない。彩希葉は自分で写真を撮ったりしない。「優紫が撮ってよ」って可愛い声でお願いするのが正解なんだ。
ダーツもメイクも歌もちゃんと覚える素直ないい子。元の顔だって瑞希の百倍彩希葉に似ている。ダンスを教える術がないのだけが残念だ。友達も増えたようで、彩希葉みたいにたくさんの友達に囲まれている。それでも、水彩都が一番優先するのは俺のこと。好きだ好きだと何度も言われた。俺も大好きだよ、彩希葉。
でも、やっぱり本物の彩希葉と会える機会があれば会いたい。写真にさえ写さなければ、幻影を見ていられる。そう思っていた。
一年間ちゃんとうまくやれていた。でも、女子の部の優勝インタビューで彩希葉が
「ダーツを始めたきっかけは、八歳の時、すごくダーツが上手いお友達が誘ってくれたことです」
なんて言うから。そんなこと言われたら、期待してしまうじゃないか。次の瞬間には、俺は暴走していた。別に、人を殴ったり暴れたり、法に触れるようなことはしていない。ただ、好きだと告げただけ。そして、彩希葉は俺を振っただけ。
周りの奴等は過剰反応し続けただけ。俺は彩希葉が好きだっただけ。なのに、すべてが終わった今、どうして俺は周りの奴等をうらやんでいるのだろう。
俺が恨み憎むべきは、二次会解散後、品川ナンバーの外車に乗って彩希葉を迎えに来た婚約者だけのはずなのに。
四年間付き合い続けた同期の女と今年の夏に結婚予定の俺たちの代のサークル会長や、大手広告代理店に就職して「CAと合コンするぞ!」と狂喜乱舞しているハルヤが羨ましくてたまらない。
一人、また一人と帰っていき、俺はなぜだか立ち尽くしていた。俺はあの日から何も変われなかった。彩希葉が俺以外の男に第二ボタンをもらうのを唇を嚙みしめてじっと見ていることしかできなかった小学校の卒業式の日から。もう東京の大学を卒業すると言うのに、俺の心は未だに九州の小学校の狭い教室にとらわれたままだ。初恋を卒業できないまま彩希葉だけを求めていた俺に最後に残ったのは孤独だけだった。