無邪気に吹雪が笑った。小学生の頃に戻ったみたいに手を繋いで、朝日が昇り始めたお台場の海岸を私たちは歩き続ける。

「カメラ、持ってきてるんでしょ?写真、久しぶりに撮ったら?」

 吹雪に言われて、シャッターを切った。一つ一つ、切り取っていく。砂浜。青い海。名前も知らない海鳥。遠くに見える船。

 空の色がかすかに変わり始めた頃、今日撮った写真のデータをひとつひとつ見ていった。曇り空だった昨日よりも、澄んだ空気と太陽のひざしのおかげで綺麗な写真が撮れていた。昔の写真を遡る。優紫と二人で来たときの写真と今日の写真を比較する。今日の方が、くっきりと映っていた。あの頃は写真があまり上手ではなかったからかもしれない。今日撮った写真の方が、何もかも鮮明だった。

「写真ってさ、真実を写すって書くんだよ。だから、今日の景色の方が綺麗ならそれが真実なんだ」

 吹雪が言った。照れ隠しなのかその直後、吹雪が立ち上がって、足場の悪い波打ち際まで歩く。吹雪の足に水がかかった。

「うひゃっ、冷たいっ」

 私はその吹雪の姿をカメラにおさめた。ファインダー越しに見つめた吹雪の姿は、透明感があった。

「あー、私もみーちゃんのこと撮りたい。ねえ、ちょっとカメラ貸してよ」

 私はカメラを吹雪に渡した。吹雪がさっきまでいた場所に立つと、潮の匂いがした。両腕を広げて、潮風を全身に感じた。夕日が沈み始めていた。カシャッというシャッター音が聞こえた。

「やっぱりみーちゃんは綺麗だ。写真が趣味の癖にみーちゃんのこと撮らないとか、あいつ人生損してるわ」

 吹雪がつぶやいた。

「あいつって……」
「今だから言うんだけどさあ、私初めて会ったときからずっと優紫先輩のこと大キライだった」
「うそっ、知らなかった」
「まあ、今はもっと大キライなんだけどね。でも、あいつ可哀想なやつじゃん。知ってる?西村彩希葉って卒業したら結婚するんだよ。その婚約者が親がトーキョーのど真ん中で開業医やってるお医者さんなんだって。ガチであいつじゃ勝ち目ないよね」

 可哀想、という言葉を聞いて腑に落ちた。あの人は、人の愛し方を知らない。本当の愛を知らない。本当の愛を知らない者同士、私と優紫はお似合いだった。

 優紫は、これからも二度と手に入らない彩希葉先輩の面影を追い続けるのだろうか。そして、私にしたことと同じことを別の場所で繰り返すのだろうか。彩希葉先輩に似た誰かに、偽りの愛を吐いて抱きしめるのだろうか。

 私は博愛主義者ではないから、どこかの架空の少女に同情することは出来ない。ただ、同じ悲劇を繰り返して欲しくないと思った。どこかの少女が不幸になることに心を痛められるほど出来た人間ではないけれど、そんなことを繰り返していたら優紫はいつまで経っても幸せになれない。

「でも、私は優紫に幸せになって欲しいって思ってる」
「みーちゃんが幸せになってくれるんなら、別にそれでいいよ」

 吹雪はそう言うと、鞄の中にカメラをしまって鞄ごと濡れない場所に置いた。私のところに駆け寄ってくる。靴を脱ぎ捨てて海の中に足をつけると、腕をまくって水を掬った。そして、水鉄砲の要領で私に水を発射した。

「冷たっ!ちょっと、今3月なんですけど!」
「心配かけた罰ですー。はいっ、油断してると2発目行くからねー」

 今度は水を掬ってそのまま私の方にかけてくる。完全にずぶ濡れだ。私も負けじと反撃した。

「お返しだよっ」
「そう来なくっちゃ」

 馬鹿みたいに冷たくて寒かった。

「言い忘れてたんだけどさ、二十歳の誕生日おめでと!」

 水を私に掛けながら、吹雪が叫んだ。月並みだけれども、今、生きているんだなと感じた。