「水色の鏡! 水色の鏡! 水色の鏡!」

 懐かしいフレーズを吹雪が連呼し始める。私の首にかけてある紫の万華鏡のペンダントを掴んで、叫び続ける。

「水色の鏡! 水色の鏡!」

「紫の鏡」を二十歳まで覚えていると死ぬ。そんな都市伝説があったような気がする。それを解除する呪文が「水色の鏡」だ。

「こんな、紫の鏡にとらわれないでよ! こんなもん忘れて、明るいみーちゃんに戻ってよ! 馬鹿みたいな呪いで、私のたった一人の友達の心を殺さないでよぉ」

 吹雪が泣きながら、「水色の鏡」と叫び続ける。

「私を優紫先輩の代わりにしてもいいから。みーちゃんが赤ちゃん出来たって言うなら私が父親になるから」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣く吹雪を見て、初めて罪悪感を覚えた。不謹慎だけれども、愛しいと思った。

「なんで、吹雪はそこまでしてくれるの」

 気がつくと私も泣いていた。吹雪の学生生活を台無しにしたのは私だ。私が学生生活を謳歌していた頃は「姫と従者」と揶揄されて、優紫と別れてからは私を過剰なくらいに庇って異常者扱いされていた。何より私が最低なのは、そのことに気づいたのが今年に入ってからだと言うことだ。ミオとナツキが面白おかしく私に伝えてきた。

「みーちゃんは私の全部だから」

 そう言った吹雪のまっすぐな瞳は、優紫が撮った写真の彩希葉先輩よりも、あの日優紫と見たお台場の青い海と空よりも美しかった。

 吹雪のようになりたかった。まっすぐに人を愛したかった。優紫は私の初恋だった。その気持ちに不純物なんて入れたくなかった。優紫がいれば何もいらないと心の底から言いたかった。

 優紫に執着し続けた。私が執着しているのは、小中高と手に入れられなかった青春の全てだと認めたくなかった。優紫がくれた世界を、優紫に付随する環境を手放したくないと思ってしまった。

 優紫の愛が偽物だと知ることで、二人の思い出が全て偽物になってしまうのが怖かった。そして、それ以上に学生生活の全てが全部嘘だと否定されることを恐れている自分にぞっとした。

 いつか優紫の私への愛が偽物じゃなくなりますように。優紫が戻ってきてくれますように。優紫に本物の愛を要求しながら、私の愛が偽物だと認めたくなかった。

 優紫以外何もいらないから優紫が欲しいと言うには遅すぎた。優紫と同時に全てを失った。優紫を混じり気なく愛したかった。優紫だけに執着したかった。

 夜通し泣き続け、全ての気持ちを吹雪に吐きだした。

「大好きだったんだね。本当に愛してたんだね。優紫先輩のこと」

 こんなにも優しい吹雪との思い出を全部否定してまで、優紫を愛した。私に帰る場所なんてない。小中高と吹雪に執着して生きてきたはずなのに、私は依存すらまともにできない人間だった。

「別に気にしなくていいのに。でもさ、このままだとみーちゃんが辛いでしょ。全部やり直そうよ」

 吹雪は私の手を取った。

「私が全部、上書きしてあげる」