優紫と彩希葉先輩たちの卒業式の日、勝負服を身に纏い、特に授業もないのに学校に行った。校舎の二階の窓から、校庭にごった返す卒業生たちを見つめていた。

「それにしても西村彩希葉は人気者だなー。あの人のまわりだけ、人だかりすごくない?」

 吹雪がそう言いながら彩希葉先輩に向かってスマホのシャッターを切った。

「あはは、やってること完全に盗撮だなこれ。まあ、後で消すから問題ナシって感じ?」

 このご時世問題になりそうなことを言いながら、吹雪が笑う。私はどうしても、優紫を探してしまう。彩希葉先輩のすぐ近くに優紫はいた。悪いことだとは思うけれど、赤信号二人で渡れば怖くないと優紫を撮った。

 写真のデータを確認すると、スーツ姿の男の群れに紛れて、一目ではどこに優紫がいるか分からなかった。

「こうして見ると、西村彩希葉って悔しいけど綺麗なんだよねー。まあ、みーちゃん“に”似てるから当然っちゃ当然な訳だけどやっぱり目立ちますわー。一方優紫さんは埋もれてる模様」

 写真は真実しか写さない。残酷なまでの現実を、優紫に突きつけている。

「で、どうする?私が一言、言ってやろうか?それとも自分で言ってくる?」

「自分で言うよ」

 撮ったばかりの写真を消した。SNSはブロックした。今日が終われば、二度と優紫と会うことはない。最後に恨み言の一つでも言ったらすっきりするんじゃない?と吹雪が言ったので、私は青春の象徴だったあの人に会いに来た。

 あの人はトーキョーの象徴でもあった。先輩と出会う前の十八年間過ごしてきた私にとっての東京の色を、あの人はいとも簡単に塗り替えた。東京で生まれ育って二十年。あの人とトーキョーで出会って二年。私は明日ここを発つ。

 文学部は三年生からキャンパスが埼玉になる。実家から通うつもりだったけれど、吹雪と埼玉でルームシェアをすることにした。優紫の色が残るトーキョーを離れたかった。

 優紫は私を一年間欺き続けた男だ。私を都合よく利用した詐欺師だ。それでも、私は優紫を愛していた。偽物の愛だったかもしれない。無償の愛ではなかったかもしれない。それでも好きだった。

 私は「紫の鏡」の少女にとらわれ続けるあなたの「水色の鏡」になりたかった。でも、私は「水色の鏡」になれなかった。

「優紫先輩」

 出会った頃と同じ呼び方で、優紫を呼んだ。振り返った優紫はバツが悪そうな顔をしていた。

 精神を病んでから、髪を染める余力がなくなっていた。でも、今の彩希葉先輩も新社会人になるということで黒髪だった。今日の私、再現度高くないですか?と言ってやろうかと思ったけれど何か違う気がした。

 私にとってのトーキョーはあなただった。私にとっての青春はあなただった。

「次はお互いにいい恋をしましょう」


 私は、あなたに似た誰かを愛したりなんかしない。だから、優紫も彩希葉先輩への狂った執着を卒業できますように。二度と優紫が彩希葉先輩の代わりを探しませんように。今日で全部終わりにできますように。

「さようなら」

 紫の万華鏡のペンダントを優紫につき返した。振り返らない。私は彩希葉先輩じゃない。優紫にもらったものは全部東京の実家に置いてきた。あなたを卒業するために。
紫のコートを脱ぎ捨てた。三月の冷たい風が肌に当たって寒い。ただ、この風がとても心地よかった。


Fin