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それからというもの、サチは所かまわず僕に話しかけてくるようになった。元来明るい性格なのか、クラスにもすっかり打ち解けて友だちも出来たのにも関わらず、サチは僕にも構ってくる。これは、構うなと言った僕への嫌がらせじゃないかと思うほどだ。
僕のバイト先、というかサチの叔父にあたる店長の店には、毎晩夕飯を食べに来ているらしく、僕がバイトの日にも必ず来ていた。どうして家で食べないのか、気にはなったけど特に聞くことはしなかった。家庭のことを探られるのがいい気分ではないことは、僕自身が一番よく知っているから。
「怜くんと付き合ってるのかって麻衣ちゃんから聞かれた」
学校からの帰り道、サチは言った。麻衣ちゃんとは、同じクラスの滝川麻衣さんのことだろう。サチは、毎日僕の後を追いかけるようにして一緒に下校していた。バイトの日は帰る先が同じだし、バイトがない日でも家がバイト先から徒歩5分と近いため仕方がないかと諦めていた。
その話題に興味もなく「ふーん」とだけ返す僕の肩をサチが押す。
「その無関心、むかつく!付き合ってるって言っちゃったからね」
「は?嘘だよね?!」
「嘘じゃない」
「はぁ?なんでそんな嘘つくの?意味わかんないんだけど。明日すぐさま訂正してよ」
ただでさえ、美少女転校生と名高いサチに構われてることで視線が集まっているのに、僕の平穏無事な高校生活にこれ以上波風を立てないでほしい。
「そんな嫌がることなくない?こう見えて私モテるんだからね?!この前だって1組の何とかくんから告白されちゃったし」
知ってるよ。クラス中の男子が「先越されたー!」って喚いていたし、戻ってきたサチに女子がたかってきゃーきゃー言っていたから嫌でも耳に入った。
ちなみに、その何とかくんは、バスケ部のキャプテンの清水くんだ。
2年の時に同じクラスだったけど、背も高くてさわやかで絵に描いたようなイケメン。
そんな高スペックの清水くんを振ったサチは、極度の面食いに違いないと男子たちが絶望し戦いていた。
「それに、あながち嘘でもないじゃん?」
「何が?」
「毎日一緒に帰っておしゃべりしてさ。クラスメイトの誰よりも一緒にいる時間長いもん」
だからなんだと言いたい。
「サチってさ、たまに思考回路が幼稚園児並みだよね」
「なにそれ、どういう意味?」
「一緒にいる時間が長いからって付き合う理由にはならないってこと」
バイトじゃない今日も、僕の足は無意識に屋上へと向かっていた。
「じゃぁ、どうなれば付き合ってるって言えるの?」
「そりゃぁ、お互いに付き合うことを了承しなくちゃ始まらないんじゃないの」
何とかくん改め清水くんからの申し出をサチが受け入れれば付き合いが成立したのに。と、頭の隅で思いながらエレベーターに乗り込みドアが閉まった瞬間、僕の右手にサチの細い指が絡まる。指の間に自分の指を滑り込ませて握られて、思わずびくりと体がはねた。その拍子に手を払おうとしたけれど、思いのほかしっかりと握られていて離れなかった。
「な、なに急に…」
「ねぇ、怜くん…私と付き合って」
体をすり寄せて下から上目遣いで見つめてくるサチにそう言われ、不覚にも胸が高鳴った。誰もが認める美少女に、こんな体勢でそんなことを言われたら誰だってときめいてしまう。
「ば、」
「うっそぴょーん!あっ、もしかして本気にしちゃった?」
開いたエレベーターのドアから先に外へ飛び出すサチを見ながら俺は盛大にため息をひとつ。
だから、嫌なんだよ…。
勘弁してほしい。ただでさえ女子に免疫がない俺をからかうのはやめてくれ。
細くて柔らかなサチの手の感触が、僕の右手にいつまでも残って消えてくれなかった。
それからというもの、サチは所かまわず僕に話しかけてくるようになった。元来明るい性格なのか、クラスにもすっかり打ち解けて友だちも出来たのにも関わらず、サチは僕にも構ってくる。これは、構うなと言った僕への嫌がらせじゃないかと思うほどだ。
僕のバイト先、というかサチの叔父にあたる店長の店には、毎晩夕飯を食べに来ているらしく、僕がバイトの日にも必ず来ていた。どうして家で食べないのか、気にはなったけど特に聞くことはしなかった。家庭のことを探られるのがいい気分ではないことは、僕自身が一番よく知っているから。
「怜くんと付き合ってるのかって麻衣ちゃんから聞かれた」
学校からの帰り道、サチは言った。麻衣ちゃんとは、同じクラスの滝川麻衣さんのことだろう。サチは、毎日僕の後を追いかけるようにして一緒に下校していた。バイトの日は帰る先が同じだし、バイトがない日でも家がバイト先から徒歩5分と近いため仕方がないかと諦めていた。
その話題に興味もなく「ふーん」とだけ返す僕の肩をサチが押す。
「その無関心、むかつく!付き合ってるって言っちゃったからね」
「は?嘘だよね?!」
「嘘じゃない」
「はぁ?なんでそんな嘘つくの?意味わかんないんだけど。明日すぐさま訂正してよ」
ただでさえ、美少女転校生と名高いサチに構われてることで視線が集まっているのに、僕の平穏無事な高校生活にこれ以上波風を立てないでほしい。
「そんな嫌がることなくない?こう見えて私モテるんだからね?!この前だって1組の何とかくんから告白されちゃったし」
知ってるよ。クラス中の男子が「先越されたー!」って喚いていたし、戻ってきたサチに女子がたかってきゃーきゃー言っていたから嫌でも耳に入った。
ちなみに、その何とかくんは、バスケ部のキャプテンの清水くんだ。
2年の時に同じクラスだったけど、背も高くてさわやかで絵に描いたようなイケメン。
そんな高スペックの清水くんを振ったサチは、極度の面食いに違いないと男子たちが絶望し戦いていた。
「それに、あながち嘘でもないじゃん?」
「何が?」
「毎日一緒に帰っておしゃべりしてさ。クラスメイトの誰よりも一緒にいる時間長いもん」
だからなんだと言いたい。
「サチってさ、たまに思考回路が幼稚園児並みだよね」
「なにそれ、どういう意味?」
「一緒にいる時間が長いからって付き合う理由にはならないってこと」
バイトじゃない今日も、僕の足は無意識に屋上へと向かっていた。
「じゃぁ、どうなれば付き合ってるって言えるの?」
「そりゃぁ、お互いに付き合うことを了承しなくちゃ始まらないんじゃないの」
何とかくん改め清水くんからの申し出をサチが受け入れれば付き合いが成立したのに。と、頭の隅で思いながらエレベーターに乗り込みドアが閉まった瞬間、僕の右手にサチの細い指が絡まる。指の間に自分の指を滑り込ませて握られて、思わずびくりと体がはねた。その拍子に手を払おうとしたけれど、思いのほかしっかりと握られていて離れなかった。
「な、なに急に…」
「ねぇ、怜くん…私と付き合って」
体をすり寄せて下から上目遣いで見つめてくるサチにそう言われ、不覚にも胸が高鳴った。誰もが認める美少女に、こんな体勢でそんなことを言われたら誰だってときめいてしまう。
「ば、」
「うっそぴょーん!あっ、もしかして本気にしちゃった?」
開いたエレベーターのドアから先に外へ飛び出すサチを見ながら俺は盛大にため息をひとつ。
だから、嫌なんだよ…。
勘弁してほしい。ただでさえ女子に免疫がない俺をからかうのはやめてくれ。
細くて柔らかなサチの手の感触が、僕の右手にいつまでも残って消えてくれなかった。