担任に二度目の呼び出しをくらった。
 放課後はバイトがあるから無理だというと朝来いと言われたので僕はいつもより30分ほど早く登校して進路指導室と札の貼られた部屋に向かった。

「何度もしつこいようだけど、短大でもいいから行っておけ。お前の頭なら公立も行けるし、私大の奨学金制度も狙えるから」

 本当にしつこいな、と思いながらも僕は笑顔で答える。

「ご心配ありがとうございます。でも、僕は早く働いて自立したいんです」
「お母さんを楽させたい気持ちはわからないでもないし、立派だけどな、山本」

 自立したいというのは、本心だ。だけど、僕だって好きでこんな道を行こうとしているわけじゃない。
 自分ではどうにもできない家庭の問題を、周りからどうこう言われるのは、気分の良いものじゃなかった。

「後から行こうと思っても簡単じゃないんだ、悪いことは言わない、後で後悔しないためにも、大学は出ておけ」

 担任の言うことは最もだとも思う。

「これ、山本の家から通えそうなところのパンフ集めといた。進学も視野に入れて話進めよう」

 HRの予鈴が鳴ったので、担任は話を切り上げてそそくさと席を立つ。
 放課後じゃなくて良かった。僕がうんと言うまで延々と説教されるところだった。
 教室に戻ると、なにやら騒がしい。
 なんだろう、と思うも僕はそれを誰かに聞く気もないのでそのまま席について授業の準備にかかる。

「転校生だってよ」

 どこからともなく、声が降ってきて顔をあげると、賀川くんと目が合う。

「こんな時期に?」

 思わず聞いてしまった。3年の1学期の真ん中に転校してくるなんて珍しい。

「そう、しかも、めっちゃ美少女って噂」

 なるほど、それで男子の方がざわついているのか。

「ワンチャンあるかも~?!」

 何がワンチャンだ。
 呆れながら、僕はHRが始まるのを待った。

 教室のドアが滑る音がして担任が入ってくると、クラスがしんと静まり返った。いつもならそんなことは無いのに、と不思議に思ったのもつかの間つぎの瞬間にはひそひそと声がそこかしこから沸いた。

「顔ちっちゃ」
「超かわいい」
「やば、アイドル級」

 そんな賞賛の声が耳に届いて、転校生のことかとなんとなく思いながらも、僕は机の上に出した英単語帳に目を落としていた。今日の1限目でミニテストがあるのだけど、昨日すっかり忘れていて寝てしまった。僕は赤い暗記シートを滑らせながら必死に範囲の英単語を頭に叩きこむ。

「今日からうちのクラスに入ることになった二宮だ」
「A県から来ました二宮幸(にのみやさち)です。よろしくお願いします」

 その聞き覚えのある透明な声に、僕は弾かれたように顔を上げた。

 彼女だ。
 出会った時と同じ、見たこともない制服を着た黒髪のあの子だ。

 そして彼女はあろうことか、僕と目が合った瞬間「あ、怜くん!」と叫んだ。
 言わずもがな、クラス中の視線が僕に注がれる。

「お、山本と知り合いか?」
「い、いや…」
「そうなんです、家が近所で」

 二宮幸と名乗った転校生は、いけしゃあしゃあとその端正な顔に人懐っこい笑顔を浮かべてそんなことを言った。こっちはどこに住んでいるのかも知らないし、名前だって今しがた知ったばかりだというのに。

「そうか、じゃぁ、わからないことがあれば山本に聞くといい。山本、頼んだぞ」

 せっかく頭に詰め込んだ英単語が全て吹っ飛んだ。