あれは忘れもしない10月13日のことだった。
浪人生活も半分が過ぎ、模試の結果は現役の頃より格段に良くなり、緑川君の大学も合格圏内になっていた。テンションが上がった私は、いつもより勉強に集中できて問題集を前日より10ページも多くこなしていた。
そんな時、突然今まで動いていなかった高校のクラスのグループトークに通知が入った。
「3組の緑川が死んだって」
私は最初その情報を脳内で処理できなかった。
「緑川って東京行った緑川樹?」
「うん、交通事故だって。おふくろ同士が友達で、緑川のおふくろさんが学校の友達とちゃんとお別れさせてあげたいからってことで、葬式の日時告知頼まれたんだよね」
頭が真っ白になった。嘘だと信じたい気持ちで緑川君とまどかに連絡した。緑川君のLINEに返信したのは緑川君のお母さんだった。
「樹と仲良くしてくれてありがとう」
追い討ちをかけるように、まどかからの返信も来た。
「あたしも今、お母さんから連絡あって帰る支度してるとこ。みちる、大丈夫?」
ここから先のお葬式に参列するまでの数日間のことは覚えていない。
葬儀場では私から見れば顔見知り程度の元同級生がたくさんいた。
「赤崎さんって緑川と接点あったっけ?」
「科学部で一緒だったらしいよ」
「へえ、何か意外」
私を見て何人かがそう話しているのがうっすらと聞こえた。
緑川君は好かれていた。そこかしこで男女を問わずすすり泣く声が聞こえた。私はここまで来てなお、緑川君が亡くなったという現実を受け止めきれていなかった。
棺の中で花に囲まれた緑川君は事故に遭ったとは思えないほど安らかに眠っていた。
「緑川君」
呼びかけて返事がなかった瞬間、もう2度と緑川君は目を覚まさないのだと急に分かってしまい、その場に崩れ落ちて号泣した。
緑川君は最期の瞬間、誰のことを想ったのかな。まだ、まどかのこと好きだったのかな。でも、まどかへの想いがその後どうなったのであれ、最期に思い浮かべたのが私ではないことだけは確かだ。
だって私は何もしなかった。土俵に上がらなかった。好きだと言わなかった。女の子として見られる道を選ばなかったのだから、私は最期の瞬間までただの「部活の同期」に過ぎない。私が緑川君の特別になれる要素は1つもなかった。
私、緑川君のこと大好きだったんだよ。来年東京に行ったら今度こそちゃんと言うつもりだったんだよ。そんな想いは永遠に伝わらない。
2人で夏祭りの花火を見る夢も、思い出の理科室を2人で訪れる夢も、実現する機会は永遠に失われた。あれほど振られるのが怖かったくせに、声が届かなくなって初めて、せめてちゃんと振られたかったとすら思った。
最期のお別れに好きだと言おうと思ったけれど、過呼吸を起こしてうまくしゃべれなかった。死にそうなほどに苦しかった。いっそ死んでしまいたかった。そうしたら、また緑川君に会えるよね。
パニックになる私の口に紙袋が当てられた。介抱してくれたのはまどかだった。しばらく別室で休んでいる間、まどかは何も言わず付き添ってくれた。私の悲しみに付け込むようなことはしなかった。
火葬場へ行く時刻になる頃には、少し落ち着いた。息ができるようになったし、歩けるようになった。
私の愛した人が、煙になって空へと昇っていく。煙を見上げて、最初で最後の遅すぎる告白をする。
「好きでした」
すぐ隣に立っているまどかにかろうじて聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。まどかもまた、私がかろうじて聞き取れるくらいの小さな声でつぶやいた。
「ちゃんといっくんに届いてるよ」
その日、私の初恋は永遠に叶わないまま灰になった。
浪人生活も半分が過ぎ、模試の結果は現役の頃より格段に良くなり、緑川君の大学も合格圏内になっていた。テンションが上がった私は、いつもより勉強に集中できて問題集を前日より10ページも多くこなしていた。
そんな時、突然今まで動いていなかった高校のクラスのグループトークに通知が入った。
「3組の緑川が死んだって」
私は最初その情報を脳内で処理できなかった。
「緑川って東京行った緑川樹?」
「うん、交通事故だって。おふくろ同士が友達で、緑川のおふくろさんが学校の友達とちゃんとお別れさせてあげたいからってことで、葬式の日時告知頼まれたんだよね」
頭が真っ白になった。嘘だと信じたい気持ちで緑川君とまどかに連絡した。緑川君のLINEに返信したのは緑川君のお母さんだった。
「樹と仲良くしてくれてありがとう」
追い討ちをかけるように、まどかからの返信も来た。
「あたしも今、お母さんから連絡あって帰る支度してるとこ。みちる、大丈夫?」
ここから先のお葬式に参列するまでの数日間のことは覚えていない。
葬儀場では私から見れば顔見知り程度の元同級生がたくさんいた。
「赤崎さんって緑川と接点あったっけ?」
「科学部で一緒だったらしいよ」
「へえ、何か意外」
私を見て何人かがそう話しているのがうっすらと聞こえた。
緑川君は好かれていた。そこかしこで男女を問わずすすり泣く声が聞こえた。私はここまで来てなお、緑川君が亡くなったという現実を受け止めきれていなかった。
棺の中で花に囲まれた緑川君は事故に遭ったとは思えないほど安らかに眠っていた。
「緑川君」
呼びかけて返事がなかった瞬間、もう2度と緑川君は目を覚まさないのだと急に分かってしまい、その場に崩れ落ちて号泣した。
緑川君は最期の瞬間、誰のことを想ったのかな。まだ、まどかのこと好きだったのかな。でも、まどかへの想いがその後どうなったのであれ、最期に思い浮かべたのが私ではないことだけは確かだ。
だって私は何もしなかった。土俵に上がらなかった。好きだと言わなかった。女の子として見られる道を選ばなかったのだから、私は最期の瞬間までただの「部活の同期」に過ぎない。私が緑川君の特別になれる要素は1つもなかった。
私、緑川君のこと大好きだったんだよ。来年東京に行ったら今度こそちゃんと言うつもりだったんだよ。そんな想いは永遠に伝わらない。
2人で夏祭りの花火を見る夢も、思い出の理科室を2人で訪れる夢も、実現する機会は永遠に失われた。あれほど振られるのが怖かったくせに、声が届かなくなって初めて、せめてちゃんと振られたかったとすら思った。
最期のお別れに好きだと言おうと思ったけれど、過呼吸を起こしてうまくしゃべれなかった。死にそうなほどに苦しかった。いっそ死んでしまいたかった。そうしたら、また緑川君に会えるよね。
パニックになる私の口に紙袋が当てられた。介抱してくれたのはまどかだった。しばらく別室で休んでいる間、まどかは何も言わず付き添ってくれた。私の悲しみに付け込むようなことはしなかった。
火葬場へ行く時刻になる頃には、少し落ち着いた。息ができるようになったし、歩けるようになった。
私の愛した人が、煙になって空へと昇っていく。煙を見上げて、最初で最後の遅すぎる告白をする。
「好きでした」
すぐ隣に立っているまどかにかろうじて聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。まどかもまた、私がかろうじて聞き取れるくらいの小さな声でつぶやいた。
「ちゃんといっくんに届いてるよ」
その日、私の初恋は永遠に叶わないまま灰になった。