まどかと緑川君のどちらと会うのも気まずくて、私も科学部の活動には行かなくなった。結局顔を出さないまま、2学期になって、私たちの引退に伴って部員がいなくなった科学部は廃部になった。

 部活がなくなれば、共通の友人もいない私たちは会うこともなくなって受験勉強に専念する毎日が訪れた。私と緑川君は同じ塾に通っていたけど、緑川君は特進クラス、私は普通クラスなのでたまに廊下ですれ違って挨拶するくらいだった。

 時々学年集会や全校集会で違うクラスの緑川君の姿を目にしたけれど、緑川君はいつもまどかを目で追っていた。私の中に、汚い感情が芽生えた。

 まどかと同じ学校にいる間は、まどかには勝てない。

 まどかは関西に進学する。緑川君は東京に進学する。だから、私が緑川君と同じ大学に行けば、まどかのいない場所でなら緑川君の目に映れる気がした。

 早く大学生になりたかった。早く2人で東京に行きたかった。私は離れていてもまどかを忘れないけど、緑川君にはまどかを綺麗さっぱり忘れてほしかった。

 人生はそううまくはいかない。緑川君もまどかも第1志望に受かったけれど、私は落ちた。それどころか、第2志望、第3志望の東京の私立も全落ちした。浪人して東京の予備校に通おうかと思ったけれど、さすがに親の目が届かないところでの浪人は許可されず、私は地元に残ることになった。

 まどかと緑川君の進路もバラバラになることにほっとした。友達の合格を喜ぶのは当たり前のことだと、自分の中で言い訳をした。

 卒業式の日、友達と打ち上げに向かう最中の緑川君と一瞬だけ話した。

「私、来年も緑川君と同じ大学受けるよ!」

「おう、頑張れよ」

 緑川君は軽い気持ちで言ったのだろうけど、それは私にとっての何よりのエールだった。もし来年桜が咲いて緑川君の後輩になれたら、その時は緑川君の恋人に立候補しようと思った。

 ふと訪れた理科室では、まどかが物思いにふけっていた。まどかは私に気づいた瞬間、表情が明るくなった。しかし私が黙っていると、バツが悪そうにしていたので、思い切って話しかけた。まどかが目を輝かせて返事をしてくれた。

 ちゃんと話すのは久しぶりだったのでまどかとは長い時間盛り上がった。

「いやー、高校生活楽しかったね! あっという間だった!」

 わだかまりは時間が解決してくれた。まどかは私のよく知る明るいまどかだった。

「あれだねー、部活も初恋も、灰になるまで完全燃焼って感じ!」

 和気藹々と話していたはずなのに、恋というフレーズがまどかの口から飛び出した瞬間、気まずくなってしまった。

「私は、結局告白できなかったよ。ごめんね」

「いや、あれはあたしといっくんも悪いから……って違うな。誰も悪くないな。ほんと、噛み合わなかったよね。あたしたち」

 本当に、こんな三角関係は普通の三角関係よりよっぽどタチが悪い。

「結局進展ないままいっくんも東京行っちゃうことだし、もうあたしたち、付き合っちゃう? そしたらあたし毎週帰ってくるよ」

 春の告白の時とは違って、随分と冗談めかした感じで交際を提案された。まどかは気まずさを振り払うように笑っていたが、私が困惑しているのを察すると徐々に表情がこわばっていった。

「ごめん。やっぱりまどかのこと、そういう目では見られない。ごめんなさい」

 また泣いてしまった。軽いノリで好きだと言われたからって、こっちも軽いノリで断るなんてできない。

「だよねー。知ってた。だから、そんなに泣かないでよ。でも、あたしが大阪でとびっきり可愛い彼女作ってから後悔したって遅いんだかんな!」

 まどかが校庭の桜に視線を移して不自然なほどに声のトーンを上げた。

「そしたら、もう友達じゃなくなる?」

 避けてしまったけれど、傷つけてしまったけれど、それでもまどかと友達でいられなくなるのは嫌だった。まどかを失うことを想像するだけで寂しくて、とても怖かった。

「だーかーらっ! ずっと言ってんじゃん! みちるはあたしの恋人になってくれなくてもずっと1番の親友! 第1志望受かったらお祝いにケーキ作りに帰ってくるし、あたしが結婚する時は友人代表のスピーチしてもらうんだから! あたしが大阪で彼女作って大人になる頃には、同性婚もたぶんメジャーになってるっしょ!」

 泣いている私とは対照的に、まどかは最後には吹っ切れたような顔をしていた。