まどかに好きな人がいると言うのは初耳だった。考えてみれば、まどかは自分の恋の話を不自然なほどにしなかった。
「えっ、まどか好きな人いるの? 何で言ってくれなかったの?」
「だって、絶対叶わないもん。完全にノーチャンス。あたしに比べたらみちるは全然ワンチャンあるよ」
まどかが自嘲して、ごまかすようにケーキを1口食べた。
「でもさー、あたしが絶対振られるって分かってても告白して、それがみちるがいっくんに告白するきっかけになるんだったら、あたし当たって砕けてもいいと思ってるんだよね。あたしはみちるに幸せになってほしいからさー」
まどかがやたらと饒舌になる。このケーキにアルコール分は入っていなさそうなのに、ドラマで見る酔った人みたいだった。
「その、好きな人って……」
ずっと目を逸らしたままだったまどかが私の質問に黙り込む。普段私たちの間に沈黙が流れることなんてめったにないのに、まどかは考え込んでしまった。そして、
「1年の時にさー。あたし部活どうするか迷ってたんだよね。そしたらいっくんが『決まってないなら科学部来たら』って誘ってきてさ。女の子も入ったって言うから見学に行ったわけよ」
まどかが大きく息を吸った。まどかの口調が真剣なものに変わった。まどかが私をじっと見つめる。
「一目惚れだった。あたし、みちるのことがずっと好きだった」
時が止まったように感じた。私がずっと戸惑ったままでいると、まどかは紅茶を1口飲んでいつもの軽い口調に戻った。
「ほーら、望みないっしょ! ていうか、女同士とか気持ち悪いっしょ! いいよー。何言っても。あたしはどんな振られ方しても死なないからさ」
口元は笑っていたけれど、目は笑っていなくて、声も震えていた。
「違うの! 気持ち悪いとか嫌だとか思ってるわけじゃないの! でも、私は緑川君のことが好きで……」
慌てて否定した。それだけは誤解してほしくなかった。まどかは紅茶を飲み干した後、呼吸を整えて笑った。
「うん、分かってるよ。ほら、あたし死ななかった」
「あの、まどか、ごめんね」
「謝らなくていいよー。むしろあたしの方こそキモいこと言ってごめんねー。いや、ほんと、ごめん。言わない方が良かったかな。迷惑系レズじゃん、ほんと何で言ったんだあたし。うわー、時間巻き戻したい」
まどかが顔を伏せて頭を抱えている。
「キモいなんて思ってないよ! でも、私、まどかの気持ちには答えられないから、申し訳なくて……」
辛いのはまどかの方なのに、私の方が先に泣いてしまった。
「なんでみちるが泣くのさ」
「だって……だって……」
テーブルをはさんで反対側にいたはずのまどかが、私のすぐそばに来て心配そうに私の顔を覗き込む。
「いや、分かってるよ。こういうのって大概振る方が罪悪感やばくて辛いんだよね。だからさ、そういうのは男に押し付ければいいんだよ。いっくんとは幼稚園の頃からの付き合いだからさ、いっくんは自分のこと好きになってくれた女の子のことキモいなんて言う奴じゃないから、ひどい振り方はしないと思うよ。てゆーかさ、なんで振られる前提なん? もし今告白したら、明日にはラブラブになってるかもしれないじゃん! みちる可愛いし」
いつも私を励ます時のように頭を撫でようとしたかと思いきや、自ら腕を引っ込めて気まずそうに愛想笑いをした。
「だって、OKしてもらえるビジョンが見えないんだもん。それに、振られるの怖くて、どうしても失敗した時のこと考えちゃって」
「じゃあ、あれだ。あたしがみちるのセーフティネットになるよ。みちるがいっくんと付き合えなくても、あたしが一生みちるのこと大事にする! あたし料理も得意だし、人気パティシエになったら結構稼げると思うし、優良物件だよ!」
まどかが唐突な提案をした。私にとってまどかは大切な友達で、恋人候補ではなかった。まどかを緑川君の代わりにするような人にはなりたくなかった。
「ごめんなさい……」
「まあ、まずはいっくんに告白してから考えてくれればいいからさ。ひょっとしたらそっちがうまくいくかもしれないじゃん」
「そうじゃなくて、まどかは友達だから、そういう目で見られない。ごめんね、私、まどかとずっと友達でいたい」
まどかから私への告白と、私が緑川君に告白する話はそれぞれ独立しているはずなのに、次々と話題が切り替わって感情はぐちゃぐちゃになっていた。それはまどかも同じだったと思う。
「男に性転換してもダメ?」
「ごめんなさい」
私は深く頭を下げた。
「あー、やばい。思ってたよりキツイわ」
泣きそうな目で天井を仰いだまどかは何度も深呼吸を繰り返した。その間、私はずっと泣いていた。気合で涙を引っ込めたまどかが無理矢理笑顔を作って私に親指を立てる。
「よしっ! 泣かなかった! ほーら、失恋なんて大したことないっしょ? あたしがこんだけ勇気出したんだからさ、あたしが夏休みまで生きてたらちゃんと夏祭りにいっくんのこと誘いなよ」
あの日のまどかは世界一かっこよかった。でも、私はまどかの気持ちに応えられなかった。
ケーキを食べた後、私たちは解散した。まどかのおかげで勇気が出た。夏休みになったら、緑川君を夏祭りに誘って、花火を見ながら緑川君に告白すると決意した。
「あのさ、ケーキ全部食べてくれてありがとね。あー、でも胃袋掴む計画は失敗だったなー」
強がってはいたが、まどかは私に拒絶されないか不安だったのだと思う。告白のあと、私が食べかけだった手作りケーキに口をつけた瞬間、まどかの表情が緩んでいたような気がする。
「また、作ってくれる?」
私もまた、まどかとこれからも友達でいられるか不安だった。振っておいて虫のいい話だけど、まどかとずっと親友でいたかった。
「うん、いっくんとうまくいったらお祝いにでっかいケーキ作ってあげる! もし結婚することになったらウェディングケーキ作ってあげる!」
まどかは宣言どおり、今までと変わらず私に接してくれた。何一つ変わらない毎日が続き、いつの間にか期末試験が終わって、夏休みになった。
「えっ、まどか好きな人いるの? 何で言ってくれなかったの?」
「だって、絶対叶わないもん。完全にノーチャンス。あたしに比べたらみちるは全然ワンチャンあるよ」
まどかが自嘲して、ごまかすようにケーキを1口食べた。
「でもさー、あたしが絶対振られるって分かってても告白して、それがみちるがいっくんに告白するきっかけになるんだったら、あたし当たって砕けてもいいと思ってるんだよね。あたしはみちるに幸せになってほしいからさー」
まどかがやたらと饒舌になる。このケーキにアルコール分は入っていなさそうなのに、ドラマで見る酔った人みたいだった。
「その、好きな人って……」
ずっと目を逸らしたままだったまどかが私の質問に黙り込む。普段私たちの間に沈黙が流れることなんてめったにないのに、まどかは考え込んでしまった。そして、
「1年の時にさー。あたし部活どうするか迷ってたんだよね。そしたらいっくんが『決まってないなら科学部来たら』って誘ってきてさ。女の子も入ったって言うから見学に行ったわけよ」
まどかが大きく息を吸った。まどかの口調が真剣なものに変わった。まどかが私をじっと見つめる。
「一目惚れだった。あたし、みちるのことがずっと好きだった」
時が止まったように感じた。私がずっと戸惑ったままでいると、まどかは紅茶を1口飲んでいつもの軽い口調に戻った。
「ほーら、望みないっしょ! ていうか、女同士とか気持ち悪いっしょ! いいよー。何言っても。あたしはどんな振られ方しても死なないからさ」
口元は笑っていたけれど、目は笑っていなくて、声も震えていた。
「違うの! 気持ち悪いとか嫌だとか思ってるわけじゃないの! でも、私は緑川君のことが好きで……」
慌てて否定した。それだけは誤解してほしくなかった。まどかは紅茶を飲み干した後、呼吸を整えて笑った。
「うん、分かってるよ。ほら、あたし死ななかった」
「あの、まどか、ごめんね」
「謝らなくていいよー。むしろあたしの方こそキモいこと言ってごめんねー。いや、ほんと、ごめん。言わない方が良かったかな。迷惑系レズじゃん、ほんと何で言ったんだあたし。うわー、時間巻き戻したい」
まどかが顔を伏せて頭を抱えている。
「キモいなんて思ってないよ! でも、私、まどかの気持ちには答えられないから、申し訳なくて……」
辛いのはまどかの方なのに、私の方が先に泣いてしまった。
「なんでみちるが泣くのさ」
「だって……だって……」
テーブルをはさんで反対側にいたはずのまどかが、私のすぐそばに来て心配そうに私の顔を覗き込む。
「いや、分かってるよ。こういうのって大概振る方が罪悪感やばくて辛いんだよね。だからさ、そういうのは男に押し付ければいいんだよ。いっくんとは幼稚園の頃からの付き合いだからさ、いっくんは自分のこと好きになってくれた女の子のことキモいなんて言う奴じゃないから、ひどい振り方はしないと思うよ。てゆーかさ、なんで振られる前提なん? もし今告白したら、明日にはラブラブになってるかもしれないじゃん! みちる可愛いし」
いつも私を励ます時のように頭を撫でようとしたかと思いきや、自ら腕を引っ込めて気まずそうに愛想笑いをした。
「だって、OKしてもらえるビジョンが見えないんだもん。それに、振られるの怖くて、どうしても失敗した時のこと考えちゃって」
「じゃあ、あれだ。あたしがみちるのセーフティネットになるよ。みちるがいっくんと付き合えなくても、あたしが一生みちるのこと大事にする! あたし料理も得意だし、人気パティシエになったら結構稼げると思うし、優良物件だよ!」
まどかが唐突な提案をした。私にとってまどかは大切な友達で、恋人候補ではなかった。まどかを緑川君の代わりにするような人にはなりたくなかった。
「ごめんなさい……」
「まあ、まずはいっくんに告白してから考えてくれればいいからさ。ひょっとしたらそっちがうまくいくかもしれないじゃん」
「そうじゃなくて、まどかは友達だから、そういう目で見られない。ごめんね、私、まどかとずっと友達でいたい」
まどかから私への告白と、私が緑川君に告白する話はそれぞれ独立しているはずなのに、次々と話題が切り替わって感情はぐちゃぐちゃになっていた。それはまどかも同じだったと思う。
「男に性転換してもダメ?」
「ごめんなさい」
私は深く頭を下げた。
「あー、やばい。思ってたよりキツイわ」
泣きそうな目で天井を仰いだまどかは何度も深呼吸を繰り返した。その間、私はずっと泣いていた。気合で涙を引っ込めたまどかが無理矢理笑顔を作って私に親指を立てる。
「よしっ! 泣かなかった! ほーら、失恋なんて大したことないっしょ? あたしがこんだけ勇気出したんだからさ、あたしが夏休みまで生きてたらちゃんと夏祭りにいっくんのこと誘いなよ」
あの日のまどかは世界一かっこよかった。でも、私はまどかの気持ちに応えられなかった。
ケーキを食べた後、私たちは解散した。まどかのおかげで勇気が出た。夏休みになったら、緑川君を夏祭りに誘って、花火を見ながら緑川君に告白すると決意した。
「あのさ、ケーキ全部食べてくれてありがとね。あー、でも胃袋掴む計画は失敗だったなー」
強がってはいたが、まどかは私に拒絶されないか不安だったのだと思う。告白のあと、私が食べかけだった手作りケーキに口をつけた瞬間、まどかの表情が緩んでいたような気がする。
「また、作ってくれる?」
私もまた、まどかとこれからも友達でいられるか不安だった。振っておいて虫のいい話だけど、まどかとずっと親友でいたかった。
「うん、いっくんとうまくいったらお祝いにでっかいケーキ作ってあげる! もし結婚することになったらウェディングケーキ作ってあげる!」
まどかは宣言どおり、今までと変わらず私に接してくれた。何一つ変わらない毎日が続き、いつの間にか期末試験が終わって、夏休みになった。