そう。長きに渡り司家の女主人であった翠子が没した後に開封された遺言書には、娘である瓊子を始めとする、司家の全員に財産を分け与えるよう書かれていた。とりわけ、一般人でありシングルマザーである瑠子と、瓊子と瑠子、二代分の力を集めて生まれたような彼女を案じていた翠子らしく、瑠子ら親子にはより多くの財産が行き渡るようにされていた。尤も、彼女と瑤太の分の財産に関しては、彼女と瑤太が成人するまでの管理は、母である瑠子に一任されていたが。これは当然の判断と言える。

しかし、そこでごねにごねたのが瓊子である。少ない年金暮らしの上に遺産の取り分まで削られてはどうやって生活していけばいいのだ、屋敷を維持すればいいのかと喚き始めた。

余談だが、何かにつけ「年金が少ない」と瓊子は不満を口にするものの、その額は世の年金受給者が聞いたら「何処が少ないんだ」と怒り出すような額である。

閑話休題。

さて瑠子であるが、当時未就学児童であった我が子達にも、何か有事の際は、その事柄を噛み砕いて説明する人物であった。要するに「子供だからわからないだろう」と軽んじたりせず、何も言わない・聞かせない訳ではないという事だ。

母から「大お祖母様が2人の為にお金を遺してくれたけど、お祖母ちゃんが困ると言っている」と聞かされた彼女と瑤太は、幼いながらもまず「お金の事で喧嘩をするなんて、何だか凄く嫌な気持ちになるなあ」と思った。また「お祖母ちゃんも色々大変なのかな」と幼子らしく純粋に祖母を案じた事もあり、「お金は要らない」と言う事、即ち相続放棄を選んだ。同じく、遺産の事で争う事を望まなかった璃子と瑠子も相続放棄した。

かくして全遺産は瓊子のものとなった訳だが、そこからが大変だった。あまりにも法外な費用で大規模な葬儀を行なったのは序の口。葬儀の参列者全員に、香典を全額突き返す。会葬御礼に非常に高額な品を用意する。正に湯水の如くお金を使い始めたのである。慌てた璃子と瑠子が結託して母を止めようとしたが、「実の母親を亡くした娘のあたしに、葬儀もまともにさせないつもりなの!?」とまるで聞く耳を持たない。

「まさか参列者全員のホテル代まで支払っていたのは盲点だったわ…」

これは葬儀を終えた後の璃子の言葉である。

「俺、曾祖母ちゃんの時の事は結構覚えてんだけどさあ。祖母ちゃん、めっちゃはしゃいでいなかったか?実の親が死んだってのに」
「そりゃそうだ。『実の母親を亡くした娘』って事で、自分が主役になれる一大イベントだからね。『イベント』って言うのは当てはまらないけど、祖母さんにとっちゃ完全にイベントだよ」
「出棺の時だっけ?すげー泣いてたけど、あれ『母親を亡くした自分が可哀想』で泣いてたんじゃないかって、今になって思う」
「それは私も思うよ。完全に瑤太の言う通りだろうね。しかしまあ、お香典を全員にその場で全額突き返したとか、本当に失礼な話だよ。それだけお金があるって事や、自分の気前の良さをアピールしたかったんだろうけど、方向性が完全に間違ってるね。大お祖母様も大お祖父様も、草葉の陰で頭を抱えているだろうよ」

上記は、高校生になった彼女と瑤太が、当時を思い返しての会話だ。

このような散財が、璃子と瑠子の制止はあっても例えば法事の度に繰り返された。また瓊子の夫、即ち璃子と瑠子の父、彼女と瑤太の祖父たる善一の入院・葬儀でも蕩尽は続き、結果、司家の財政は、あっという間に立ち行かなくなってしまったのである。
そして瑠子と彼女が「使用人代わりに働け」と、現状の全ての元凶たる瓊子に命じられるに至る。