あなたは卑怯だ。

 いつもそうやって笑いながらぼくに決断を迫る。何も分かってないように見せかけて、本当は全部分かってるんだ。
 あなたは自分が無知なお嬢様みたいに振る舞うけど、実際はとても賢い人だってぼくは知ってる。意地悪だね。

 最初もそうだった。最後までそうなんだね。

 違うよ、ぼくが甘いんじゃない。鍛えてあげているのだなんて、つまらないことを言わないで。あなたがずるいんだ。それだけだよ。

 だって、もう決まっているのでしょう。

 決めているんじゃない。もう、決まっているんだ。全部自分で決めて、決めてから言うんだ。決めていないことを、口にしたりしないでしょう。

 ぼくはそれを選ぶだけなんだ。あなたの決めている方をね。

 いくつも道があるようで、いつも一つしかないんだ。自分で選んでいるつもりで、あなたの思い通りのものを手に取っているだけなんだ。他を選ぶことなんて、できないんだよ。

 それに、鍛えられたって何の意味もないよ。ここで止まるんだから。

 分かっているよ。分かっていたよ、最初から。
 あなただってそうでしょう。分からないあなたじゃないのだから。
 それでもこれを選んだんだ。

 この屋敷にやってきたあの日、ぼくは伯爵の思惑も全部知っていた。

 母はひっそりとぼくを産んで、ぼくは父親のいない子供だと陰口を叩かれて生きてきた。あの日までね。
 伯爵は随分母のところに来ていなかったのに、突然やってきたと思ったら、ぼくを連れて行くと言って、母は拒んだ。たったひとつのわたしのものを持って行かないでってね。

 ぼくは物じゃないと思ったし、伯爵の思惑もどうでも良かった。あなたの言うとおり、大人達の欺瞞だと思った。

 ぼくたちは何も分かっていないと決めつけて、馬鹿な誤魔化しと押しつけばかり。

 ぼくはただ勉学がしたかった。爵位は別にほしくない。

 だから母さんの身分のことでとやかく言われたって気にならないし、いじめてくるヤツがいたってどうでも良かった。ここでは好きなだけ勉学させてもらえたし、寝る場所にも食べるものにも困らない。
 だから、この家にやってきたんだ。それだけだった。

 それは本当だし、今も変わらないよ。何故勉学がしたかったかって、それは自分の力で生きていくためだよ。
 だけど、欲しいものは増えてしまったし、順番も入れ替わってしまった。

 あなたの言う通り、ぼくだって、いつまでもこのままでいられるとは思っていないよ。お嬢様と書生にしたって、姉と弟にしたってね。

 あなたは卒業すれば、結婚が決まっている。女学校は、結婚までの時間つぶしだから。
 それもぼくだって、あまり変わりない。

 まわりがぼくらのことを不審に思い始めてる。この間いらした侯爵夫人を見たかい。

 こちらが噂の書生さんですか、って、卑しい目で笑っていた。随分お嬢様と仲がよろしいのね、でもいつも男の方とご一緒だなんて、ねえ……って笑ったんだよ。ぼくの生まれの噂なんて知っているだろうに。
 あなたのことをはしたないと言ったんだよ。

 ぼくらのことに気づいたのかどうかわからないけど、あの人のせいで、まわりの人間が外聞を気にし始めてる。

 だけど、ねえ、ぼくを選んだの。それともただ、この終幕を望んでいただけなの。

 そうやって、いつも笑っているだけなんだね。

 いくら勉学をしてぼくがあがいても、本当に欲しいものは手に入らないんだ。

 伯爵の身分を手に入れたって、勉学をして自分で生きていけるようになったって、どうにもならないんだ。
 あなたが、伯爵の娘だから。

 あなたの言うように、もう子供の時間は終わりなんだ。斜陽の後には、宵闇に星が散る。時計を止めても、時間は止まらないんだ。もう、遊んでいられない。

 いいよ、そのお茶を頂戴。
 ぼくでいいのなら、あなたのお供をするよ。

 でも、できれば最後に口付けて。