* * *
マリアーナ大聖女様の部屋のさらに奥に、ひときわ豪華な作りの両開きの扉があった。金色に縁取られた扉の高さはは天井まである。
大聖女様に促されて、扉に手をかざし魔力を流し込んだ。
すると金色の淡い光が波打つようにゆっくりと広がり、扉は開かれる。強力な結界が張られていたようだった。
「やはり、間違いありませんね。さぁ、魔皇帝様、中へお入りください」
「は、はい」
一歩、足を踏み入れる。
目の前にある王座は、大聖女様の王座よりも高い背に四種類の魔石が嵌め込まれている。まるで主人の帰りを待っていたかのように鎮座していた。
なんだろう、初めて来たのに……懐かしい感じ。
——僕はここを知っている?
もう一歩足を踏み入れると、走馬灯のように過去の記憶が頭の中に流れ込んできた。細切れの記憶が、いくつも浮かんでは消えていく。
そう、これは僕の記憶だ。
魂に刻み込まれた、記憶。
頭がクラクラして足元に視線を落とすと、金色に光る不思議な模様が浮かび上がっていた。どうやらこれを踏んだから、記憶が流れ込んできたらしい。
でも、何故ここに僕手のひらにあらわれる模様が……?
そのとき蘇った記憶で理解した。
そうだ、これは魔法陣だ。最後にこの魔法陣を仕掛けた記憶が蘇った。
「これは……過去の、前世の記憶……?」
この記憶で僕の魔法が、他の人と違うことに初めて気が付いた。
魔法陣が要だったんだ。
この世界には魔力の元になる魔素がいろんなところに存在している。魔物や人間は生まれてくるまでに魔素を取り込んで、自分の魔力に変えて魔法を使う。
その時にどれだけ取り込めたかで個体の魔力量は決まり、その後増えることはほとんどない。
魔法陣を通して世界のありとあらゆる魔素を取り込み魔力に変える、『魔素変換』こそが僕の魔法だ。魔素変換ができるからこそ無尽蔵の魔力で色々できた。
魔力を使い切ったのではなくて、取り込んだ分がなくなっただけだったんだ。だから新たに取り込んで即座に魔力の回復もできたし、減ってしまった体力も魔素レベルで回復できたから効果が劇的だったんだ。
いままでは、これらを体に残っていた感覚だけで使っていた。
すべてに納得できた。
そして、魔素変換の魔法陣を操れることこそが魔皇帝たる所以だ。
「記憶が戻りましたね、クラウス様。そうです、貴方様は初代魔皇帝セシルス様の生まれ変わりです」
その言葉が今なら受けとめられる。たしかに僕は何度も生まれ変わって、ウロボロスの封印が破れそうになるたびに封印を強化してきた。
まだかなり飛び飛びだけど、何度も四聖獣を正気に戻してきたのも思い出した。
ああ、そうか玄武のあの時の寂しそうな顔の意味がわかった。玄武は覚えているのに、僕が忘れていたからだ。
ごめん、いまちゃんと思い出したよ。
そっと胸ポケットに手を添える。
「……理解しました。でも僕の本来の目的は聖竜クイリンの鱗を手に入れることです。それは変わりません」
「承知しております。では具体的な相談をしましょう。今後はクラウス様がこちらの魔皇帝の部屋をお使い下さい」
少しクラクラする頭で、部屋を見回した。
ここは謁見室だ。記憶によると王座の後ろに隠し通路があって、螺旋階段を上がれば居住スペースに出る。その階段を下がれば、護衛用の部屋になっている。
「さっそく話しましょう。僕の部屋でもいいですか?」
「おお! 魔皇帝の私室に入れるのか! 今日はクラウスについてきて正解だったな」
いつものウルセルさんの様子に、ふっと笑いが込みあげて肩の力が抜けた。いろいろテンパってたけど、こういうところに救われるんだ。
マリアーナ大聖女様も「相変わらずね」と笑っている。
その後、話し合いで僕とセレナ、ウルセルさんで聖竜クイリンを探す旅に出ることになった。出発はもろもろの準備があるから四日後だ。
僕は一度アルバート公爵家に戻ってお礼を言ってから、また王城に戻ってきた。前世の記憶が少し戻って、こっちの方が僕の居場所という感じがしたからだ。
ウルセルさんはせっかくだからと、護衛用の部屋を使うと張り切っていた。セレナも便乗して護衛長のヘクターさんを困らせていたので、ヘクターさんも一緒に護衛室を使うことで落ち着かせた。
なかなか面倒くさい。もうみんな好きにしたらいいと思う。
そうして、神経がすり減るような一日が終わり、一瞬で深い眠りについた。
夜中にふと目が覚めた。深く眠ったせいかかなりスッキリしている。見慣れないけど、懐かしいと感じる魔皇帝の私室だ。
ベッドの横にあるサイドボードの上に、ミニクッションが置かれていて、玄武はその上に横になっていた。気持ちよさそうに眠っていると思いきや、起きていたようで僕の動く気配に声をかけてきた。
《主人殿、起きたのか》
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
《いや……起きていたから問題ない。それよりも、我の宝珠に触れてほしいのだ》
「え? なんで宝珠?」
玄武の足りない説明に困惑する。
どうして突然宝珠なのか。なにか意味があるんだろうけど躊躇してしまう。
《我の宝珠に触れると、主人殿の記憶が戻る》
「記憶って……なんの記憶?」
《いままでの魔皇帝の記憶だ。我ら四聖獣は新しい主人に会うと、こうして記憶を伝えてきたのだ》
そうか……生まれ変わると過去に記憶がないから、僕の使命を忘れないようにしてるんだ。さっきほんの少し戻った記憶で理解できた。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
《最初の記憶が戻らないと、我らは伝えられないのだ》
「そうか……ああ、そうだね。僕が魔皇帝だと理解していないと発動しないのか」
なぜそんな風に縛りをつけたのかは、今はわからない。僕にわかるのは、記憶を取り戻して使命の意味を理解しないといけないということだ。
玄武をベッドの上に連れてきて、僕の目の前に置いた。これなら、さっきみたいに頭がクラクラしてもすぐに横になれるから安心だ。玄武の額にある、漆黒の黒曜石に指を伸ばす。
流れ込んでくる記憶の渦に、僕は飲み込まれた。
マリアーナ大聖女様の部屋のさらに奥に、ひときわ豪華な作りの両開きの扉があった。金色に縁取られた扉の高さはは天井まである。
大聖女様に促されて、扉に手をかざし魔力を流し込んだ。
すると金色の淡い光が波打つようにゆっくりと広がり、扉は開かれる。強力な結界が張られていたようだった。
「やはり、間違いありませんね。さぁ、魔皇帝様、中へお入りください」
「は、はい」
一歩、足を踏み入れる。
目の前にある王座は、大聖女様の王座よりも高い背に四種類の魔石が嵌め込まれている。まるで主人の帰りを待っていたかのように鎮座していた。
なんだろう、初めて来たのに……懐かしい感じ。
——僕はここを知っている?
もう一歩足を踏み入れると、走馬灯のように過去の記憶が頭の中に流れ込んできた。細切れの記憶が、いくつも浮かんでは消えていく。
そう、これは僕の記憶だ。
魂に刻み込まれた、記憶。
頭がクラクラして足元に視線を落とすと、金色に光る不思議な模様が浮かび上がっていた。どうやらこれを踏んだから、記憶が流れ込んできたらしい。
でも、何故ここに僕手のひらにあらわれる模様が……?
そのとき蘇った記憶で理解した。
そうだ、これは魔法陣だ。最後にこの魔法陣を仕掛けた記憶が蘇った。
「これは……過去の、前世の記憶……?」
この記憶で僕の魔法が、他の人と違うことに初めて気が付いた。
魔法陣が要だったんだ。
この世界には魔力の元になる魔素がいろんなところに存在している。魔物や人間は生まれてくるまでに魔素を取り込んで、自分の魔力に変えて魔法を使う。
その時にどれだけ取り込めたかで個体の魔力量は決まり、その後増えることはほとんどない。
魔法陣を通して世界のありとあらゆる魔素を取り込み魔力に変える、『魔素変換』こそが僕の魔法だ。魔素変換ができるからこそ無尽蔵の魔力で色々できた。
魔力を使い切ったのではなくて、取り込んだ分がなくなっただけだったんだ。だから新たに取り込んで即座に魔力の回復もできたし、減ってしまった体力も魔素レベルで回復できたから効果が劇的だったんだ。
いままでは、これらを体に残っていた感覚だけで使っていた。
すべてに納得できた。
そして、魔素変換の魔法陣を操れることこそが魔皇帝たる所以だ。
「記憶が戻りましたね、クラウス様。そうです、貴方様は初代魔皇帝セシルス様の生まれ変わりです」
その言葉が今なら受けとめられる。たしかに僕は何度も生まれ変わって、ウロボロスの封印が破れそうになるたびに封印を強化してきた。
まだかなり飛び飛びだけど、何度も四聖獣を正気に戻してきたのも思い出した。
ああ、そうか玄武のあの時の寂しそうな顔の意味がわかった。玄武は覚えているのに、僕が忘れていたからだ。
ごめん、いまちゃんと思い出したよ。
そっと胸ポケットに手を添える。
「……理解しました。でも僕の本来の目的は聖竜クイリンの鱗を手に入れることです。それは変わりません」
「承知しております。では具体的な相談をしましょう。今後はクラウス様がこちらの魔皇帝の部屋をお使い下さい」
少しクラクラする頭で、部屋を見回した。
ここは謁見室だ。記憶によると王座の後ろに隠し通路があって、螺旋階段を上がれば居住スペースに出る。その階段を下がれば、護衛用の部屋になっている。
「さっそく話しましょう。僕の部屋でもいいですか?」
「おお! 魔皇帝の私室に入れるのか! 今日はクラウスについてきて正解だったな」
いつものウルセルさんの様子に、ふっと笑いが込みあげて肩の力が抜けた。いろいろテンパってたけど、こういうところに救われるんだ。
マリアーナ大聖女様も「相変わらずね」と笑っている。
その後、話し合いで僕とセレナ、ウルセルさんで聖竜クイリンを探す旅に出ることになった。出発はもろもろの準備があるから四日後だ。
僕は一度アルバート公爵家に戻ってお礼を言ってから、また王城に戻ってきた。前世の記憶が少し戻って、こっちの方が僕の居場所という感じがしたからだ。
ウルセルさんはせっかくだからと、護衛用の部屋を使うと張り切っていた。セレナも便乗して護衛長のヘクターさんを困らせていたので、ヘクターさんも一緒に護衛室を使うことで落ち着かせた。
なかなか面倒くさい。もうみんな好きにしたらいいと思う。
そうして、神経がすり減るような一日が終わり、一瞬で深い眠りについた。
夜中にふと目が覚めた。深く眠ったせいかかなりスッキリしている。見慣れないけど、懐かしいと感じる魔皇帝の私室だ。
ベッドの横にあるサイドボードの上に、ミニクッションが置かれていて、玄武はその上に横になっていた。気持ちよさそうに眠っていると思いきや、起きていたようで僕の動く気配に声をかけてきた。
《主人殿、起きたのか》
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
《いや……起きていたから問題ない。それよりも、我の宝珠に触れてほしいのだ》
「え? なんで宝珠?」
玄武の足りない説明に困惑する。
どうして突然宝珠なのか。なにか意味があるんだろうけど躊躇してしまう。
《我の宝珠に触れると、主人殿の記憶が戻る》
「記憶って……なんの記憶?」
《いままでの魔皇帝の記憶だ。我ら四聖獣は新しい主人に会うと、こうして記憶を伝えてきたのだ》
そうか……生まれ変わると過去に記憶がないから、僕の使命を忘れないようにしてるんだ。さっきほんの少し戻った記憶で理解できた。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
《最初の記憶が戻らないと、我らは伝えられないのだ》
「そうか……ああ、そうだね。僕が魔皇帝だと理解していないと発動しないのか」
なぜそんな風に縛りをつけたのかは、今はわからない。僕にわかるのは、記憶を取り戻して使命の意味を理解しないといけないということだ。
玄武をベッドの上に連れてきて、僕の目の前に置いた。これなら、さっきみたいに頭がクラクラしてもすぐに横になれるから安心だ。玄武の額にある、漆黒の黒曜石に指を伸ばす。
流れ込んでくる記憶の渦に、僕は飲み込まれた。