「お嬢様、今日使用人達の間で話題になってたんですけど、北方にあるゲンズブール辺境伯が何者かに襲われて殺されたという事件があったという話を聞いたんですよ」

 ナナの口から『殺す』という単語はあまり聞きたくないが、知っておかねばならない内容ではある。
 
 自国の貴族でしかも辺境伯という大貴族が殺されたとなるとかなり一大事だ。その国の貴族として私たちも他人事ではなくなる可能性がある。
 
「北方ねえ、巨大な山脈に挟まれているとはいえ、超えた先には帝国があるし、もしかしたら帝国の刺客かもしれないわね」

 ――レガエリス帝国
 
 国力はエシリドイラル王国の比ではない。大陸最大の巨大な国で、国土だけでも五倍、兵士数に至っては十倍とまで言われている。
 
 うちの国ではどうあがいでも勝ち目がない。そんな国に万が一にでも攻め込まれようものなら忽ち蹂躙されてしまうだろう。
 
 よりによってその玄関口となる辺境伯が倒れたのだ。今頃王宮は揉めに揉めてる事だろうな。次の辺境伯ないしはあの場所に誰を据え置くのかとかね。
 
 今は平和条約があるから帝国も表立って攻めて来たりはしないだろうが、いつ突然破棄されて襲い掛かってくるかわかったもんじゃないからこちらも準備はしておくに越したことはない。
 
「辺境伯の件については、他にもいくつか不自然な点があるみたいです」

「ムッ、なんか途端にミステリーみたいになって来たわね」

 不謹慎なのは承知だが、ワクワクしている自分がいる。ゲンズブール辺境伯閣下、お詫びとお悔み申し上げます。

「まず一つ目は犯人が外壁をよじ登った形跡がなかったとの事です。
 辺境伯は窓を割って侵入してきた犯人に殺されてしまったとの事なのですが、辺境伯のお部屋は二階とのことでしたので、外から侵入した場合は壁をよじ登って窓を割って侵入すると考えるのが一般的です。
 ですが、その跡がなかったようですので、どうやって二階の窓から侵入したのかが不明です」
 
「風魔法を使えば出来ない事もないけど…… 周りに気付かれずに人が浮くほどの魔力なんて使ったらバレそうよね