本当に今日はマジのガチで死んだかと思った。九死に一生を得るとはまさにこの事だ。
幼馴染のチェスカと一緒に十五歳の時に冒険者になって丸一年が経ち、ようやくパーティランクがEランクに昇格して、実は私たちって才能あるんじゃない?
なんて穴があったら入りたい程の恥ずかしい勘違いをしてしまったのだ。エミリアさんからは散々釘を刺されていたはずなのにだ……。
『ランクの上がりたてが一番調子に乗りやすいタイミングだからこそ油断はしないように! いきなりモンスターのランクを上げないで普段の行動を守るように注意してくださいね』
早速ガン無視しちゃってるよ。普段と同じ行動を取っていたつもりが、少しだけ、いやちょっとだけ、気持ち程度? Dランクモンスターが出現しそうな場所に移動していたかもしれない。
なんて思っていたら……
あ! やせいの オークが とびだしてきた!
本当にエンカウントしてしまった。Dランクモンスターであるオーク。がっしりとした体格で上背は二メートル半から三メートル程の大きさだろうか。自分の胴体ほどの丸太の様なこん棒を担いでいた。
こんなもので殴られた日には、頭が『ッパーン!』って弾けること間違いなし! 正直に言って身体は震えていた。でも私たちなら出来るんじゃないかって、心のどこかで思ってしまっていた。
きっとチェスカも同じ気持ちだったと思う。だからお互いに顔を見合わせて無言のまま首を縦に振る。
初めて対峙する相手との戦い方はいつもと同じで私が前衛として敵の気を引き付けて、その間にチェスカが得意魔法でありチェスカが今使える最大の魔法でダメージを与える。
倒しきれなかったら私が止めを刺す。これが私たちの戦い方だ。チェスカが二、三歩下がって魔力を貯め始める。
初めて対峙してみてわかった事はコイツの間合いに入って、巨大なこん棒が自分に降りかかって来た時は避ける自信がない。間違いなく死ぬ。
そんなことを考えたせいか、心臓の鼓動が自分の意思とは関係なく高鳴っていく。それを落ち着かせるために短い呼吸を何度も繰り返した。
私はオークから攻撃を受けない様に間合いに入らない様に若干遠めの場所から大きな足音を立てて少し相手の間合いに入ったり、届かないとわかっている剣をオークの顔を目掛けて振ったりしていた。
だって正直こんな奴とガチでぶつかり合ってたら私の身が持たないんだもん。いつもだったらもうすぐ魔力充填が完了するからそれまでの辛抱だ。
そう思っていた矢先、オークは私が間合いに入らないとわかったのか標的をチェスカに変更した。
ヤバイと思った焦った私は間合いとか頭になく、ターゲットを私にを向けさせるために、私の剣が届く位置まで飛び込んでいた。
その直後、オークはこちらに突如振り返り、すでにこん棒を振り上げていた。
罠だったのだ。私を間合いにおびき寄せる為……。オークってこんな頭が良かったのかと感心するべきなのか、私の頭はオーク以下なのかと絶望する間もなく、こん棒は既に振り上げられていたのだ。
本能的に『死んだ』と思った私は全身から血の気が引いていくのを感じていた。そのせいなのか、足が震えだし、軸足のバランスを崩して倒れてしまった。
倒れたと同時に目の前で大きな鈍い音がなったのを聞き逃さなかった。
音の方を見てみると、私の足のつま先数センチ程の位置にこん棒が振り下ろされており、地面が抉れていた。
私は息をすることを忘れて、抉れた地面を眺めていた。
もし、この位置に自分がいたら…… そう考えたら呼吸をすることをその瞬間忘れていた。
「準備出来た!」
チェスカの声で我を取り戻した私は巻き添えを食らわない様にチェスカが魔法を使う直前に死にかけた昆虫が如く四つん這いのまま範囲から急いで離脱した。
『爆炎下級魔法』
チェスカの得意にして現在使える最大の威力を誇る爆炎系の魔法。下級とは言え、Eランクの魔獣なら数体をまとめて燃やし尽くす威力がある。
これならさすがのオークも…… と思っていたのに爆発によって発生した煙の中から出てきたのは表面上に火傷のが跡がいくつか見られるものの、ほとんどダメージを負っていないであろうオークの姿だった。
噓でしょ……? EからDになっただけでこんなに違うものなの? FからEに上がった時はそうでもなかったじゃん……。
オークが標的を完全にチェスカに変更したみたいだ。
マズイマズイマズイ。私は震えている足を叩いて、無理やり立ち上がった。
「させるかあああああああ」
私はなりふり構わずオークに切りかかっていったが、こん棒を持つ逆の腕で受け止められてしまった。
ぬっ、抜けない。オークは構わず腕を振るとその勢いで私はチェスカの場所まで飛ばされてしまった。
ダメだ、勝てない。死ぬしかない…… 私は死を悟ったが……
やっぱり死にたくない。まだ死ねない。
だって、これから美味しいものをたくさん食べて
オシャレな服を買って
可愛いアクセサリーを身に着けて
カッコイイ彼氏と出会ってデートして素敵な夜を過ごすまで死ぬに死ねない!
そんな考えとは関係なくオークはどんどん近づいてくる
「「ひええええええ、お助けえええええええええ」」
私たちは本能的に叫んでしまった。我ながら情けない悲鳴だとは思ってる。
傍から見ていれば笑える悲鳴かもしれない。
しかし、こっちはそれどころじゃない。もう助かれば何でもいいです。マジで!
「私たちは美味しくないから~~~~~」
チェスカも覚悟を決めたのだろうが、やっぱり最後の相手がオークは嫌なんだろうな。可能な限り叫び続ける。
「豚に犯されるなんて嫌すぎるうううううう」
冒険者の先輩からオークは異種族も関係なしに交尾すると聞いたことがあった。
私の初めてはいつかできる彼氏の為にとっておきたいのだ!
最初で最後の相手が豚とか本当に死んでも死に切れん。
だが、無情にもオークは目の前まで迫っていた。
その時だった、私は見てしまった。
私たちとオークの間に突如割って入ってきたその存在を……。
天使が私たちを迎えに来たのだ。黒い髪を靡かせて颯爽と登場したのだ。
フライングでは? まだ生きてますが何か? もしかして十分前行動ですか? 天使の世界にもそういう暗黙のルールみたいのあったりしますか?
もしくは生きてると思っていたけど実は既に死んでるとか?
「ご無事ですか?」
無事? その言葉を聞いて実はまだ生きていたことを実感する。
「神が遣わしたもう天使降臨? 違った、幼女だった」
我に返った私は目の前の天使をよく見ると羽もなければ輪っかもない少女…… いや、どう見ても幼女であることを即座に理解した。
「お礼にハグしたい…… そうじゃなくて、なんで子供がこんなところに?」
チェスカは早速余裕をかまし始めた。コイツ、切り替え早すぎだろ。
「立てそうですか?」
全く危機感を感じていないであろう幼女を目の前に何故か私たちにも心に余裕ができたのか普通に会話することができた。
「腰が抜けてるからもう少し待って」
「危ない、後ろ!」
だが、私の視界にはオークが幼女に向かってこん棒を振り上げてるのも視界に入っていたが、腰が抜けて立てなかった私は幼女に言葉で警告することしかできなかったのだ。
「ダメ、間に合わない」
余裕をかましたはずのチェスカは諦めるのも早い。何事においても切り替えの早さだけは異常である。
そしてオーク渾身の一撃が振り下ろされるが……
「あら、大袈裟な音量でしたが、思ったより威力は大したことありませんのね」
幼女はビクともしていなかった。我が目を疑うどころではない、私の頭は今正常に動作しているのか? 実は既に倒れていて夢でも見ているんじゃないかとさえ思っていた。
「ごめんなさい、ついつい力が入っちゃいましたわ。あなたの大事な武器の一部をおがくずにしてしまいました。許してくださるかしら」
意味が分からなかった。握っただけでこん棒を抉るってどういう事? もしもこれが夢でないんだとすると、私は一体何を目撃しているのだろう?
自分の常識は他人にとっての非常識、逆もまた然り。とかいうレベルの話ではない。
この子の存在は私から見ても他人から見ても非常識である。
高ランク…… BランクかAランクの魔獣が人間に擬態しているのでは? 後で私たちを美味しく頂く気なのでは? とさえ思ってしまう。
「脳筋幼女!」
どうせ今でも後でもこの幼女に擬態した魔獣(?)に食べられてしまうかもしれない。
そう考えたらどうでも良くなってきて、ついついヤケクソになって言ってしまった。
「最後にいいものが見れたわ」
チェスカも私と同じ気持ちなのだろうか。半分ヤケクソになっているように聞こえる。
「『当たらなければどうという事はない!』ですわよ」
彼女は曲芸師の様に軽々とオークの迫りくる腕から回避して飛び上がると、その勢いでオークを蹴り飛ばしていた。
待って…… 人間より大きいオークがあんな飛び方するってある? これから先の人生、何を見ても驚かない気がしてきた。
「今の感触だと首の骨もポッキリいってるでしょうから、解体するならどうぞ。オークの素材は私には不要なのであなたたちの自由にして構いませんよ」
「めちゃくちゃ強っ、本当に人間? 人間の皮を被った高ランク魔獣とかじゃないよね?」
オークが一瞬で倒されて可笑しくなってしまった。緊張感が抜けたせいか、つい先ほど心の中で思っていたことをつい発言してしまった。
が、彼女は対して気にも留めていなかったようだ。良かった……。
「えー、勿体ないよ! それに君が倒したのだから所有権は君にあるんだよ。私たちは何もできなかったしね」
チェスカはもういつも通りである。羨ましい。こういう時のチェスカの性格は本当に何より羨ましく感じる。
「構いません。その代わりと言っては何ですが、少しお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
本当に? 私たちを食べるんじゃなくて話だけで済むの? それならいくらでもさせて頂きます!
それから私は彼女がまだ六歳であること、父親が元冒険者であること、二年後に登録するであろうギルドに関する事などの話をして盛り上がった。
彼女が帰るというので一緒に帰ろうかと思ったが、どうやら彼女が住んでいる場所は別にあるらしい。
近場の街がガルカダだからてっきり同じ街に住んでるものかと思ったので、登録前にギルドでも案内しようと思ったのだが、まあ仕方ない。
ギルドか…… オークの素材なんて持ち込んだらエミリアさんに何を言われるか分かったものではないけど、大人しく怒られるとしよう。
「「じゃあ、私たちも帰ろうか」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっとガルカダに戻ってこれた」
「早く素材売却して飲みに行こうよ」
「あんたのその欲望に忠実な性格、羨ましいわ」
「何その引っかかる言い方」
「ちょっとは考えなさいよ、Eランクに上がった時にエミリアさんに何言われたか忘れた?」
「んん~? あ! 『ランク上がったばっかりだから』云々のくだりの話?」
「魔獣のランク上げるなって言われたのにDランクの素材持っていったら説教されるに決まってるじゃない」
「しょうがない。無事に帰ってこれたんだし、そんなに説教も多くないでしょ」
「でも自分たちで倒せました…… なんて言えるわけないわ。かと言って今マルミーヌちゃんの話をするのは避けておきたいから、なんて言って誤魔化そうかなって……」
「そこは濁しておけばいいじゃん。通りすがりの冒険者に助けてもらいましたって。反省してますって」
「あんたが言うと反省も嘘くさくなるのよね」
あの子の存在をどう隠すか考えている最中にギルドにたどり着いてしまった。まだ考えが纏まりきれていないのに。仕方ないか……
私たちは重い足取りで入口を潜ると……
「おかえりなさい」
笑顔全開で出迎えてくれる受付の女性を見かけたときに私たちは恐怖に足が竦んでしまった。
「ヒッ、エミリアさん」
「あら? どうしました? 人の顔を見て怯えるなんて失礼じゃありませんか? それとも何か疚しい事でもあったりしましたか?」
「い、いえ…… あの…… その……」
エミリアさんの『隠してることをさっさと言え』と言わんばかりの威圧に気圧されて私たちは覚悟を決めることにした。
「すっ、すみませんでした~!」
「何に対しての謝罪でしょうか? 皆目見当つかないのでご説明していただけますか? 全部ですよ」
私たちはエミリアさんの脅し(?)に屈して私たちの身に起きた事の説明をした。
注意を無視して上位ランクに手を出してしまった事、そのせいで死にかけてしまった事、助っ人が介入してくれたおかげで九死に一生を得た事。
「はぁ~、人の言う事を聞かない人たちが多い中、貴方たちなら私の話を聞いてくれると思ったのに~」
エミリアさんは頭を抱えて私たちに呆れている。そう言われる事は覚悟してたけど実際に言われると結構グサッとくるな。
「これで分かったでしょう? いきなり高ランクに手を出すなって言った意味が」
「でもFランクの時にEランクの魔獣は倒してたんですよ?いきなりDランクになったら全く歯が立たないってのヘンじゃないですか? チェスカのフレイムバーストでもほぼ無傷だったんですよ」
「なんかそれは変ですね。譲ってもらったという素材の方を出してもらえますか?」
エミリアさんが首を捻っている。私たちはランクは低いがチェスカの攻撃魔法はそれなりに評価されているからDランクに対して無傷というのはエミリアさんにとっても不思議な事なのかもしれない。
「これです」
受付台に並べられた素材を見て、眉間に皺を寄せながら素材のチェックをしている。エミリアさんは元高ランク冒険者で活動期間も結構長いみたいだから素材を見れば魔獣に関する情報、素材の価値がわかるらしい。
「これ…… オークじゃないわね」
「え? どう見ても豚でしたよ。オーク以外に考えられないんですけど……」
「ハイオーク…… オークの上位個体ね。でも魔石のサイズからすると若いわね。レートで言うなら限りなくCランクに近いDランクって感じかしら。成熟していたら完全にCランクなんですけどね」
ということは、ほぼCランクを一発で蹴り殺したってこと? マルミーヌちゃんってマジで何者なの?
「もしかして高値で売れます? しばらくいい酒飲めそう~、やった~」
コイツ、まじでブレないわね。たまにチェスカの性格は羨ましいなとは思うけど、ここまで能天気だと逆に病気レベルね。マジで検査受けさせた方がいいんじゃないかと思うわ。
「やはり介入したという人物について聞いておかないといけないですね。話を聞いた限りでは騎士でも冒険者でもないのでしょう? ハイオークを一発で倒すような人物が正体不明だなんてこちらとしても捨て置けませんよ」
やっぱりそうなるか~、二年後まではどうにか隠し通したかったんだけど…… どうやって濁して有耶無耶にするか…… 考えるんだ、ルーシィ。
「いや、でも本当に悪い子じゃないんですよ。颯爽と登場したときなんか天使かと思っちゃいましたもん」
「子……? その言い方だと少なくとも貴方たちより年下ってことですよね? それに天使と形容する容貌を推測するに可愛らしいって事ですよね?」
だあああああ、しまった。迂闊に喋るとエミリアさんにどんどん情報を抜かれていく気がする。
「眩しいくらいの笑顔で素材も全部譲ってくれたし、本当にいい子なんですよー。さすがの私も彼女の事はこれ以上言えませんな」
「彼女? 女性? という事は女の子ってことですか?」
チェスカアアアアアアアア、いや私もわりかし同罪なんだけど、頭がパッパラパーな私たちに言葉を選びながらという高尚な対応はできないっぽいからストレートに言うしかない。
「すみませんが、これ以上恩人の事を探るのはやめて頂けませんか? 彼女は二年後になったらここに来ると言っていました。それまでは聞かないで欲しいです」
「……わかりました。危険な人物かどうかだけ知りたかったので、これ以上の詮索はやめておきます。それに貴方たちの話と二年後に来るということを踏まえれば少なくとも悪人ではないという事、前途有望な若者という事もわかりましたし、ここまでにしておきます」
ごめん、マルミーヌちゃん…… 私たちがお馬鹿なせいでどんどん情報が抜かれちゃった。最後の砦は死守したから許して……
ハイオークの売却で予想以上の収益が出た私たちはギルドを後にしていつも通っている酒場に行くことにした。
「ドンマイ、ルーシィ。元気出していこう」
いや、お前はまず反省しろ! 山よりも高く海よりも深く反省しろ! 私もだけどさ……。
「マルミーヌちゃんにまた会えるかなあ」
「定期的に大森林にいるって言うから会えるんじゃない?」
「そっか…… そうよね…… よーし、頑張ろう。じゃあ、今日は飲みに行くわよ~」
追いつくのは無理かもしれないけど、一ミリでも近づけるように努力するんだ。
頑張ろう…… 明日から。
「訓練直後のお風呂って最高ね」
お風呂上り後に夕食の時間まで本でも読もうと思った直後、部屋のドアがノックされる。
「お嬢様~、お夕飯の準備が整いましたよぉ~」
「ありがとう、ナナ。今いくわ」
私は早歩きで食堂へと向かった。そこにはお母さまとお兄さまがいるものの、お父さまがいなかった。
「あれ、お父さまがいらっしゃらないようですが?」
「まだ執務室かもしれないね」
「でしたら、私が旦那様を呼んでまいりますぅ」
「まって、ナナ。私がいくわ。丁度、お父さまに用事があるのよ」
「承知いたしました。お嬢様」
実は用事と言うほどの事ではない。執務室にも本棚があるのだ。最近チェックしていなかった事を思い出し、新しい本が本棚に格納されていないかチェックする口実に都合がよかっただけ。
ククク、本の虫マルグリットの抜き打ち検査がは~じま~るよ~。私は執務室のドアをノックしてお父さまがいることを確認する。
「お父さま、マルグリットです」
「マルグリットか、入っておいで」
「失礼いたしますわ。あら、お父さま…… 頭を抱えられているようですが、何かありましたか?」
お父さまはため息を突きながら、手に持っていた書類を眺めている。
「うん、実はガルガダに教会建設の話があってね」
「教会ですか……?」
「あぁ、大分前から申請は上がってきていたんだがな、諸々の事情で先延ばしになっていたんだ。それがようやく最近目処がたってね。あとは許可を出すだけなんだけど……」
諸所の事情って何かしら? 聞いたところで答えてはくれなそうだし、聞いたら聞いたで厄介事の匂いしかしないから聞くのはやめとこ。でもおかしいな…… ガルガダってたしか教会があったはずだけど。
「あれ? 既にガルカダには教会が建ってましたよね?」
「いや、聖王教の方ではなくヴェルキオラ教の方だ」
「揉め事が起きそうな組み合わせですね」
「そうなんだが、ヴェルキオラ教の出資で孤児院も併設してくれるというので無下にはできんのだよ」
――ヴェルキオラ教会と聖王教会
この大陸には大きく二つの教会が存在している。それがヴェルキオラ教会と聖王教会。
信者数の比率的には八対二と言ったところだろうか。
両教会は元々同一の教会だったのだ。元を辿れば女神ヴェルキオラを信仰するヴェルキオラ教が祖になるのだけれど、今からおよそ八百年前の話、当時教皇選挙で最大派閥の枢機卿が対抗派閥の枢機卿の罪を暴いた結果、対抗派閥の枢機卿とその一派を全員追放したとされている。
追放された一派は誰も住んでいない様な場所まで落ち延びて、そこを拠点に国を興したとされるのが、現在の聖王教国だ。一から国を興すなど私ごときでは想像を絶する苦労や恐怖、絶望など幾度となくあったことだろう。人はそれでも誰かに何かに縋る事さえできれば生きていくことができると思っている。その対象が当時の枢機卿であり、初代聖王と言われた人物だろう。
しょうもない人間に人がついていくはずもない。恐らくその人物はその様な過酷な状況であっても付いていくにたる人間性を持つ人物であったと思われる。でなければ国が出来てから八百年も続くわけがない。
故に聖王教会では初代聖王こそが当時の現人神とされており、初代聖王が没して神上がりと扱われてから以降の聖王は神となった初代聖王に仕える使徒という扱いになっている。
とされるくらい、もはや聖人と言っても差支えない人物が対抗馬にいくら最大派閥とは言え、気が気じゃなかったことでしょう。どんな手を使ってでも自分が評価されるように仕向けるか対抗馬の評価を下げる様に仕向けなければならない。
となると、当時の最大派閥の枢機卿…… とりあえず悪枢機卿と呼称しよう。悪枢機卿は対抗派閥の枢機卿であり初代聖王にでっちあげの罪をおっ被せて評価を下げる方が簡単だと考えるのが妥当だ。
ヴェルキオラ教の書物も読んだことはあるが、やはりこの当時は悪枢機卿が教皇となり、追い出した初代聖王に対してはこれでもかと言うほどの罪を被せていたようだ。そして、その初代聖王に付いて行った全体二割の信者にも同様の罪を被せていたようだ。
怖すぎでしょ、この人。
そのためか、ヴェルキオラ教からすれば聖王教は罪人の集まる邪教とまで言われている。だから八百年経った今でも対立がすごいすごい。