悪役令嬢の番犬~かつて悪役令嬢の取り巻きだった私は敵になってでも彼女を救ってみせる~

 だから何を指摘しても首を縦に振る様な忠実な飼い犬が欲しかったのかもしれない。そう考えるとクララ嬢も被害者よね。
 
 そしてそんな人間を王妃にして国が回るかを考えない辺りあの王子が如何に頭が悪いかを表してるのよね。
 
 いけない、また話が脱線しそうになってきた。
 
 マルグリットの弱点その四。考え事がすぐに連想ゲームの様に斜め上に行きがち。気を付けないと…… 話をギルド関連に戻しましょう。

「そういえばオークと戦っていたみたいですけど、お二人の冒険者としてのランクはDくらいなんですか?」

「違うわよ。私たちのパーティーランクはEよ。普段この辺りはEランクしかいないはずなんだけどね、Dランクが現れるなんて珍しいから腕試しのつもりで挑んでみただけだったのよね。結果はあのザマだったけど……」

 ルーシィさんは自嘲気味に笑っている。書籍を読んだ限りだとアリリアス大森林は森の外郭から内側に移動するにつれて高ランクの魔獣が現れるとの事らしい。
 
 つまり彼女たちの言い分から察するにこの辺りはEとDの境界線というわけではなくEランクの領域真ん中ないしはFランクより付近だろうと推測はできる。
 
 彼女たちのパーティーランクでEランクという事は、個人評価だと恐らくそれぞれがE以下で、もしかしたら最低ランクであるGの可能性まである。
 
 パーティーランクを評価する場合は、パーティー全員の総合評価になるからメンバー同士の連携がうまくかみ合ってさえいれば、二段階上として見なされるケースがあってもおかしくはない。
 
 ただ、それでも当時ソロランクでDランクだった私と彼女たちで模擬戦闘を行っても私には勝てないでしょうね。
 
 あくまで評価の上ではだけど、それでも実際にオークに歯が立たなかったであろう彼女たちから結果は見えてる。
 
 それだけランク間は一つ上がるたびに大きな隔たりがあるのよね。
 
 GからFになることと、DからCになることはお互い一つずつしか上がっていないように見えるけど、数字で表すのであれば戦闘能力を一から五に上げたらランクがあがっていたのが五十から百にしなければランクが上がらない様なものだから。
 
 ここを勘違いする人が多いからDランクで足踏みする人、命を落とす人が多い。そして私も一度そこを勘違いしてしまったクチ。
 
 Dに上がって調子に乗ってCランク魔獣に挑んだら死にかけた経験がある……。だから私にとってCランクとは実は大きな壁でもあるわけ。
 
「そうなんですね。でも命さえあればいくらでも挑むことは出来ますから無理はしないようにしてくださいね」

「ええ、そうするわ。それにしてもマルミーヌちゃんはすごい強かったけど、どうやってあんなに強くなったの?」

「私の父が元冒険者で物心ついたときから手ほどきを受けましたので……」

 半分本当で半分嘘。嘘をつくのは忍びないけど、これも正体を隠すためです。すみません……。

「すごいお父様なのね。お名前を聞いてみたいところだけど、マルミーヌちゃんの事情を考えてやめておくわね」

 やはりルーシィさんの様な出来る女性は違う。『察する』能力が半端じゃない。チェスカさんもこの辺りは見習うべき。危うく酒の肴にされるところだったし……。
 
 万が一、そのチェスカさんの耳に『父親は領主』なんて入った日には、翌日にはお母さまの耳にまで入ってるかもしれない。マジで注意しないと。
 
「そういえば、先ほど話の上がったエミリアさんとは何方かお聞きしても大丈夫ですか?」

「ええ、エミリアさんはギルドの受付嬢よ。あなたも二年後に登録するのであればお世話になると思うから今から知っておいても損はないわ。それに元冒険者上がりと聞いてるからもしかしたらアドバイスとかも貰えるかもしれないわ。正確なランクは知らないけど高ランクとか噂で聞いたわ」

 それはとてもいい情報だ。少しでも強くなるために色んな強者から話を聞くだけでも勉強にはなる。

「だけど、ギルドマスターの方がもっと強いらしいわよ。実際に戦ったところを見たわけじゃないけど、何度か姿は見たことがあるの。正直に言うと蛇に睨まれた蛙と言ったところかしら。あの眼力で睨まれたら全身すくんじゃうわ。だから姿を見ても目を合わせないようにしてるの」
 
 それ書籍で言うところの街中ではパンピーにイキってるドチンピラが歴戦の猛者が現れた瞬間に壁際に立って背景と同化するというケースと同じ感じかしら。まあ、下手に目を合わせて因縁つけられたくないものよね。
 
 でもそれだけ強いってすっごい気になる。早く八歳にならないかしら。それまでにどれだけ強くなれるかわからないけど、一度お手合わせしたいものだわ。
 
「ふい~、解体終わったよ~」

「チェスカ、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「いや~、マルミーヌ様様ですよ。しばらくは足を向けて寝れませんなあ。あとルーシィは手伝え」

「私はマルミーヌちゃんとの大事な会話の最中だもの。私は私で重要な役目を担っていたの。サボっているなんて心外だわ」

「ズルい、その役目は私でもよかったはず。解体作業って身体が臭くなるから嫌なのよね。次は絶対にルーシィだからね」

「わかった、わかった。取り分は少しチェスカが多めでいいわよ。それならいいでしょ」

「なーんか、上手く丸め込まれた気がするけど、それでいいわよ」

「丸く収まったようで良かったです。それでは私はそろそろ帰宅しますね」

「あれ? 一緒に帰ろうかと思ったんだけど、ガルカダに住んでるわけじゃないのかしら?」

「はい、ガルカダから少し離れた場所に住んでます」

「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れね。また会えるかしら」

「はい。定期的にここに通って魔獣狩りしてるので、結構会う事になるかと思いますのでその時はまた話し相手にでもなってください」

「ええ、わかったわ。また会いましょう」

「それでは、私は失礼しますね」

「「またね」」

 いい話も聞けたし、なんか楽しくなって来た。魔力もほとんど減ってないし、全力で帰宅しようっと。

『魔力展開』

 私は全速力でアリリアス大森林の外郭に向かって走り出した。明日以降頑張るぞー
 
「えぇっ、何あのスピード。もう見えなくなったんだけど……」

「まだ夢でも見てるんじゃないかと思うよ。あんな幼女がオーク一発とか普通ありえないでしょ」
 
「そうね。二年後までにどうなってるのか楽しみね」

「私たちは死なない様に無難に生きよう。あの子の様には無理だから」

「そうね。真似してはダメなやつね」

「「じゃあ、私たちも帰ろうか」」
本当に今日はマジのガチで死んだかと思った。九死に一生を得るとはまさにこの事だ。

 幼馴染のチェスカと一緒に十五歳の時に冒険者になって丸一年が経ち、ようやくパーティランクがEランクに昇格して、実は私たちって才能あるんじゃない?

 なんて穴があったら入りたい程の恥ずかしい勘違いをしてしまったのだ。エミリアさんからは散々釘を刺されていたはずなのにだ……。

『ランクの上がりたてが一番調子に乗りやすいタイミングだからこそ油断はしないように! いきなりモンスターのランクを上げないで普段の行動を守るように注意してくださいね』

 早速ガン無視しちゃってるよ。普段と同じ行動を取っていたつもりが、少しだけ、いやちょっとだけ、気持ち程度? Dランクモンスターが出現しそうな場所に移動していたかもしれない。
 
 なんて思っていたら……
 
 あ! やせいの オークが とびだしてきた!
 
 本当にエンカウントしてしまった。Dランクモンスターであるオーク。がっしりとした体格で上背は二メートル半から三メートル程の大きさだろうか。自分の胴体ほどの丸太の様なこん棒を担いでいた。
 
 こんなもので殴られた日には、頭が『ッパーン!』って弾けること間違いなし! 正直に言って身体は震えていた。でも私たちなら出来るんじゃないかって、心のどこかで思ってしまっていた。
 
 きっとチェスカも同じ気持ちだったと思う。だからお互いに顔を見合わせて無言のまま首を縦に振る。
 
 初めて対峙する相手との戦い方はいつもと同じで私が前衛として敵の気を引き付けて、その間にチェスカが得意魔法でありチェスカが今使える最大の魔法でダメージを与える。
 
 倒しきれなかったら私が止めを刺す。これが私たちの戦い方だ。チェスカが二、三歩下がって魔力を貯め始める。

 初めて対峙してみてわかった事はコイツの間合いに入って、巨大なこん棒が自分に降りかかって来た時は避ける自信がない。間違いなく死ぬ。
 
 そんなことを考えたせいか、心臓の鼓動が自分の意思とは関係なく高鳴っていく。それを落ち着かせるために短い呼吸を何度も繰り返した。
 
 私はオークから攻撃を受けない様に間合いに入らない様に若干遠めの場所から大きな足音を立てて少し相手の間合いに入ったり、届かないとわかっている剣をオークの顔を目掛けて振ったりしていた。
 
 だって正直こんな奴とガチでぶつかり合ってたら私の身が持たないんだもん。いつもだったらもうすぐ魔力充填が完了するからそれまでの辛抱だ。
 
 そう思っていた矢先、オークは私が間合いに入らないとわかったのか標的をチェスカに変更した。
 
 ヤバイと思った焦った私は間合いとか頭になく、ターゲットを私にを向けさせるために、私の剣が届く位置まで飛び込んでいた。
 
 その直後、オークはこちらに突如振り返り、すでにこん棒を振り上げていた。
 
 罠だったのだ。私を間合いにおびき寄せる為……。オークってこんな頭が良かったのかと感心するべきなのか、私の頭はオーク以下なのかと絶望する間もなく、こん棒は既に振り上げられていたのだ。
 
 本能的に『死んだ』と思った私は全身から血の気が引いていくのを感じていた。そのせいなのか、足が震えだし、軸足のバランスを崩して倒れてしまった。
 
 倒れたと同時に目の前で大きな鈍い音がなったのを聞き逃さなかった。
 
 音の方を見てみると、私の足のつま先数センチ程の位置にこん棒が振り下ろされており、地面が抉れていた。
 
 私は息をすることを忘れて、抉れた地面を眺めていた。
 
 もし、この位置に自分がいたら…… そう考えたら呼吸をすることをその瞬間忘れていた。

「準備出来た!」

 チェスカの声で我を取り戻した私は巻き添えを食らわない様にチェスカが魔法を使う直前に死にかけた昆虫が如く四つん這いのまま範囲から急いで離脱した。

爆炎下級魔法(フレイムバースト)

 チェスカの得意にして現在使える最大の威力を誇る爆炎系の魔法。下級とは言え、Eランクの魔獣なら数体をまとめて燃やし尽くす威力がある。
 
 これならさすがのオークも…… と思っていたのに爆発によって発生した煙の中から出てきたのは表面上に火傷のが跡がいくつか見られるものの、ほとんどダメージを負っていないであろうオークの姿だった。
 
 噓でしょ……? EからDになっただけでこんなに違うものなの? FからEに上がった時はそうでもなかったじゃん……。
 
 オークが標的を完全にチェスカに変更したみたいだ。
 
 マズイマズイマズイ。私は震えている足を叩いて、無理やり立ち上がった。
 
「させるかあああああああ」

 私はなりふり構わずオークに切りかかっていったが、こん棒を持つ逆の腕で受け止められてしまった。
 
 ぬっ、抜けない。オークは構わず腕を振るとその勢いで私はチェスカの場所まで飛ばされてしまった。
 
 ダメだ、勝てない。死ぬしかない…… 私は死を悟ったが……
 
 やっぱり死にたくない。まだ死ねない。
 
 だって、これから美味しいものをたくさん食べて
 
 オシャレな服を買って
 
 可愛いアクセサリーを身に着けて
 
 カッコイイ彼氏と出会ってデートして素敵な夜を過ごすまで死ぬに死ねない!
 
 そんな考えとは関係なくオークはどんどん近づいてくる

「「ひええええええ、お助けえええええええええ」」

 私たちは本能的に叫んでしまった。我ながら情けない悲鳴だとは思ってる。
 
 傍から見ていれば笑える悲鳴かもしれない。
 
 しかし、こっちはそれどころじゃない。もう助かれば何でもいいです。マジで!

「私たちは美味しくないから~~~~~」

 チェスカも覚悟を決めたのだろうが、やっぱり最後の相手がオークは嫌なんだろうな。可能な限り叫び続ける。

「豚に犯されるなんて嫌すぎるうううううう」

 冒険者の先輩からオークは異種族も関係なしに交尾すると聞いたことがあった。
 
 私の初めてはいつかできる彼氏の為にとっておきたいのだ!
 
 最初で最後の相手が豚とか本当に死んでも死に切れん。
 
 だが、無情にもオークは目の前まで迫っていた。
 
 その時だった、私は見てしまった。
 
 私たちとオークの間に突如割って入ってきたその存在を……。
天使が私たちを迎えに来たのだ。黒い髪を靡かせて颯爽と登場したのだ。

 フライングでは? まだ生きてますが何か? もしかして十分前行動ですか? 天使の世界にもそういう暗黙のルールみたいのあったりしますか?
 
 もしくは生きてると思っていたけど実は既に死んでるとか?

「ご無事ですか?」

 無事? その言葉を聞いて実はまだ生きていたことを実感する。

「神が遣わしたもう天使降臨? 違った、幼女だった」

 我に返った私は目の前の天使をよく見ると羽もなければ輪っかもない少女…… いや、どう見ても幼女であることを即座に理解した。
 
「お礼にハグしたい…… そうじゃなくて、なんで子供がこんなところに?」

 チェスカは早速余裕をかまし始めた。コイツ、切り替え早すぎだろ。

「立てそうですか?」

 全く危機感を感じていないであろう幼女を目の前に何故か私たちにも心に余裕ができたのか普通に会話することができた。

「腰が抜けてるからもう少し待って」

「危ない、後ろ!」

 だが、私の視界にはオークが幼女に向かってこん棒を振り上げてるのも視界に入っていたが、腰が抜けて立てなかった私は幼女に言葉で警告することしかできなかったのだ。

「ダメ、間に合わない」

 余裕をかましたはずのチェスカは諦めるのも早い。何事においても切り替えの早さだけは異常である。
 
 そしてオーク渾身の一撃が振り下ろされるが……
 
「あら、大袈裟な音量でしたが、思ったより威力は大したことありませんのね」

 幼女はビクともしていなかった。我が目を疑うどころではない、私の頭は今正常に動作しているのか? 実は既に倒れていて夢でも見ているんじゃないかとさえ思っていた。
 
「ごめんなさい、ついつい力が入っちゃいましたわ。あなたの大事な武器の一部をおがくずにしてしまいました。許してくださるかしら」

 意味が分からなかった。握っただけでこん棒を抉るってどういう事? もしもこれが夢でないんだとすると、私は一体何を目撃しているのだろう? 
 
 自分の常識は他人にとっての非常識、逆もまた然り。とかいうレベルの話ではない。
 
 この子の存在は私から見ても他人から見ても非常識である。
 
 高ランク…… BランクかAランクの魔獣が人間に擬態しているのでは? 後で私たちを美味しく頂く気なのでは? とさえ思ってしまう。
 
「脳筋幼女!」
 
 どうせ今でも後でもこの幼女に擬態した魔獣(?)に食べられてしまうかもしれない。
 
 そう考えたらどうでも良くなってきて、ついついヤケクソになって言ってしまった。
 
「最後にいいものが見れたわ」

 チェスカも私と同じ気持ちなのだろうか。半分ヤケクソになっているように聞こえる。 
 
「『当たらなければどうという事はない!』ですわよ」

 彼女は曲芸師の様に軽々とオークの迫りくる腕から回避して飛び上がると、その勢いでオークを蹴り飛ばしていた。
 
 待って…… 人間より大きいオークがあんな飛び方するってある? これから先の人生、何を見ても驚かない気がしてきた。
 
「今の感触だと首の骨もポッキリいってるでしょうから、解体するならどうぞ。オークの素材は私には不要なのであなたたちの自由にして構いませんよ」
 
「めちゃくちゃ強っ、本当に人間? 人間の皮を被った高ランク魔獣とかじゃないよね?」

 オークが一瞬で倒されて可笑しくなってしまった。緊張感が抜けたせいか、つい先ほど心の中で思っていたことをつい発言してしまった。
 
 が、彼女は対して気にも留めていなかったようだ。良かった……。
 
「えー、勿体ないよ! それに君が倒したのだから所有権は君にあるんだよ。私たちは何もできなかったしね」

 チェスカはもういつも通りである。羨ましい。こういう時のチェスカの性格は本当に何より羨ましく感じる。
 
「構いません。その代わりと言っては何ですが、少しお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
 
 本当に? 私たちを食べるんじゃなくて話だけで済むの? それならいくらでもさせて頂きます!
 
 それから私は彼女がまだ六歳であること、父親が元冒険者であること、二年後に登録するであろうギルドに関する事などの話をして盛り上がった。
 
 彼女が帰るというので一緒に帰ろうかと思ったが、どうやら彼女が住んでいる場所は別にあるらしい。
 
 近場の街がガルカダだからてっきり同じ街に住んでるものかと思ったので、登録前にギルドでも案内しようと思ったのだが、まあ仕方ない。
 
 ギルドか…… オークの素材なんて持ち込んだらエミリアさんに何を言われるか分かったものではないけど、大人しく怒られるとしよう。
 
「「じゃあ、私たちも帰ろうか」」