どうも、ごきげんよう。路地裏散策中のアウトロー令嬢マルグリットです。
ウキウキ、ルンルン気分でお散歩中ですが、別に実戦経験ができるかもしれないからというわけではありませんよ?
断じて人が殴りたくて堪らないというわけではありません。サイコパスというご意見は断固否定します。人情派令嬢マルグリットです。
只今、少年が指した方向に向かって進んでおりますが、これと言って進捗がない状態なのです。
この道は人気が少ないとはいえ住宅街ですから、民家の中に人はぽつぽついる気配はあるんですけど、こっそり中を除く限りそれっぽい人は見当たりません。
もっと先かしら? キョロキョロしながら進んでいると、前方に異様な空気を放つ通りを見つけました。
暗い? 見た目もそうですけど、雰囲気が暗い。それに…… 建物も異様に脆いし……
ハッ! もしや、ここが俗に言う『スラム』というやつなのでは?
当時身体が弱く、箱入り娘で蝶よ花よとして大事に育てられた世間の荒波を一切知らない可憐な一枚の花弁ともいうべき脆いご令嬢だったものだからあくまで書籍の知識しかないけど
『お菓子買ってあげるからついておいで』とか言うヨダレを垂らした満面の笑みを浮かべるヘンリエッタもといおっさんが現れたり
『お、お、おじょうさ~~~ん』とか言いながらコートを開いたすっぽんぽんのヘンリエッタもといおっさんが現れるというおっさん天国なのでは?
私は今、隠密行動をする必要があって、ヘンリエッタの同類とエンカウントしてる場合じゃないんです。
『認識阻害魔法』
これで邪魔は入らなくなるわね。本当はせっかくの人生初スラムなのでこの周辺の方々にはインタビューをしてみたいのだけれど
建物の前に座っている方とか建物と建物の隙間で立っている方々を見ると目つきが悪そうな方とか目の焦点が合ってないよう方とか
ヘンリエッタとは違うのはわかるのだけど、違う意味で話が通じなさそうな感じがするわ。近寄るのはやめておきましょう。
いけない! 目的が変わってしまいそうになるけど、今の私がすべきことは誘拐されたと思われるお嬢さんの発見をすることよ。
では、改めて行きましょう。
なんか妙に臭いわね…… それに道路も汚いわ、掃除くらいしてほしいものだわ。
うーん、いそうな雰囲気はあるのよね~、すると途中で私は気になる一軒家を見つけた。
二階建ての建物だけど一階には誰もいないわね。二階に二人いるわね。動きは一人が全く動いてないけど、一人がうろうろしてる感じね。
ここかしら?
私は中身を拝見すべく、コッソリと入口のドアを開けて侵入もといお邪魔することにしました。
人がいるのは二階なので、音を立てないように階段を上っていきます。
二階のドアをコッソリ中を拝見すると、あら不思議。猿轡を嚙まされて、後ろで両手を縛られている女の子がいるじゃありませんか。
やはり名探偵令嬢マルグリットの真実はいつもひとつ!
私は女の子を軽く観察してみると誘拐犯の事を目で追いかけている事が分かった。下手に刺激しないように観察でもしているように見えるわね。
誘拐犯の方は指を加えながら頭を掻きつつ、部屋の中をウロウロしてる感じ。何かにイラついているのかしら?
さて、ここからどうやって女の子を救出して、誘拐犯を黙らせるかですけど……
手っ取り早いのは魔力展開を使って一気に制圧する事なんでしょうけど、後でナナにバレたらお説教だけじゃすまないわね……。
そうだわ! 認識阻害魔法はまだ有効だからこっそり女の子に近づいて睡眠魔法で眠ってもらって、誘拐犯がよそ見してる隙を狙って玄関までダッシュして衛兵さんのいる所までとんずらでフィニッシュ。
まさに非の打ちどころがなさすぎて、自分の才能が怖すぎですわぁ。オホホホ。
というわけで早速お邪魔しますね。音を立てないようにドアを私が入れるくらいだけ開けて……と
ウロウロしている誘拐犯にぶつからないように避けてっと……
私は誘拐犯を躱しつつ足音を立てないように忍び足でゆっくり女の子に近づいた。
あなたには申し訳ないけど、少し寝て頂きますね。
私は女の子の目の前まで来たら人差し指を女の子の額に当てて魔法を唱える
『睡眠魔法』
私が魔法を唱えると彼女は目を閉じて寝てしまった。
彼女の身体から力が抜けて倒れて音がしないように一旦壁に寄りかからせて誘拐犯のスキを狙って一気に『魔力展開』で駆け抜ける。
その予定だったのだが、スキを伺っていたところ、苛立っていた誘拐犯が口を開いて愚痴を呟きだした。
「クソッ、もう少し衛兵が減らねえと出るに出れねえ。時間がかかっちまったら『赤狼』の旦那にどやされちまうぜ」
『赤狼』。たしかに誘拐犯はそう言った。単語を頭で理解するより先に一気に心臓の鼓動が高鳴ったのを感じた。
そして私は気付いた時には、当初予定していた行動とは真逆の行動に出てしまっていた。
『魔力展開』
戦闘準備を取った私は誘拐犯に気づかれる前に一気に近寄り、足を引っ掛けて体勢を崩した直後に首元を掴み、一気に床に叩きつけた。そして誘拐犯の両腕も私の両脚で抑えて動けないようにした。
「ガッ!」
「ごきげんよう。いくつかあなたにお聞きしたいことがあります。質問に答えて頂けるかしら?」
「なっ、なんだ、お前! ど、どこから出てきやがった?」
「質問しているのはこちらです。今あなたが口にしていた『赤狼』について知っていることを全て答えなさい」
「何言ってんだ、ガキ! 手を放せや、これ以上は遊びじゃ済まねえゾ、コラ!!」
喋る気が無さそうな誘拐犯を見た私は、首に手をかけて少し力を入れる。
「……ア゛ッ…… ガッ……」
私は首にかけた手の力を抜いて誘拐犯が喋れるように改めて確認した。
「お猿さんには人間の言葉が通じないのかしら? 『赤狼』について知っていることを全て話してくださいと言っているのです。」
「ア゛ァ゛ッ? ガキィ! なんでテメエが『赤狼』の旦那を知ってるかはわからねえが、いまなら母親を犯るくれえで許してやる。これ以上は親兄弟をテメエの目の前で殺すことになんぞ、どけってんだよ!」
「あなた、思った以上に素人さんなのですね。脅しのやり方が全く分かってないのかしら? こういう反抗するお馬鹿さんには身体に聞くのが一番なのですよ」
私は押さえつけていた手の人差し指を握ると躊躇いなく関節駆動域の真逆に思いっきり倒した。
拍子に鳴り響いた乾いた音が静まり返っていた部屋中に蔓延した。誘拐犯は苦痛の表情を浮かべ、私はそれを見て笑みを浮かべていた。
「しょっ、正気かああああ! テメエエエエ!」
私はもう少し意地を張る気概は見せてくれる予想をしていたけど、受け答えが想定と違っていて誘拐犯の言動と表情に余計に可笑しくなってしまった。
「あら、骨の一本でこの様とは…… あなたやはりこの仕事向いていないのではなくて? それに、まだ喋りたくないならそれでも結構。まだ手と足合わせて十九本残ってますから」
誘拐犯は青ざめた表情と脂汗を流しながら震えだしていた。
「別に話したくなければそれでもいいのですよ? 残り十九本全てへし折られて無理やり吐かされてから衛兵に突き出されるか、今のうちに吐いて他の骨は無事なまま衛兵に突き出されるかの二択です」
「わ、わかった。話すから、これ以上の骨は勘弁してくれ」
「賢明な判断をして頂いて安心しましたわ。では、こちらからひとつ確認します。『赤狼』とは『赤狼の牙』の事で間違いないですか?」
「そ、そうだ」
「わかりました。やはり間違いではないようです。『赤狼の旦那』とやらについてお話しいただけますか?」
「あぁ、仕事がなくて困っていた時に酒場で話しかけられたのがキッカケだったな」
彼が語った内容によると、赤狼との出会いから仕事の斡旋について、仕事が完了した後の物資と金銭の交換などの話を聞いた。
「なるほど。仕事…… 今回で言うところのそこで眠っている少女の誘拐をしてガルカダの南東にある森の中の小屋まで連れて行ってあなたは代わりに金銭を受け取るという事ですね。ちなみに何故あの少女を狙ったのか聞いてもよろしくて?」
「あの娘じゃなきゃいけないって訳じゃねえさ。年頃の娘であれば誰でもよかったんだ。たまたま人気の少ねぇ場所にあの娘と弟らしきガキがいて、周りには誰もいなかったから仕事がしやすかっただけだ」
「そして捜索に当たった私に出くわしてしまったという事ですね」
「とんだ厄日だぜ、お前さんみたいな見た目が幼女で中身が魔獣とはな」
「あら、魔獣呼ばわりとは淑女に対する評価ではありませんわね。それで、仕事が上手くいった場合の取引はいつを予定していますの?」
「明日の夜だ。だから出来れば早め、つまりは今日の内に街を出たかった訳だ」
「わかりましたわ。では、あなたもそろそろお休みなってどうぞ。『睡眠魔法』」
私は眠らせた誘拐犯の身体を部屋で見つけたロープで縛り、少女を担いで救出した。
民家を出て、近くにいた衛兵に事情を説明して、誘拐犯がたまたまあの部屋で眠っていることにして確保してもらった。
その後、詰所にいるであろうナナと少年の元に姉を送り届けた。
「おねえちゃあああん」
「マークも無事でよかったわ。助けて頂きまして本当にありがとうございました」
「いえ、姉弟共に無事でなによりです」
よしよし、姉弟も無傷だったし全てがまーるく収まった…… と思いきや、ナナさんが怒りの表情でこちらを見ている。
「お嬢様? ナナとあれだけ約束して頂いたはずですよね? ぜーったい危険な真似だけはしないって」
「ナナ、聞いて頂戴。偶然にも誘拐犯の居場所を特定してしまったら、何故か偶然にも誘拐犯も女の子も二人とも寝ていたのよ。そして、意を決した私は女の子を連れ去り、衛兵に伝えたってわけ。何もおかしなことはないでしょう?」
ナナが首を傾げている。クッ、まだダメそうかしら。
「そもそも五歳のお嬢様がどうやって年上の女の子を連れ出したのですか? 運ぶにも身体の弱いお嬢様にそんな力ありましたっけ?」
さすがに魔法使っちゃいましたなんて言えるわけがないし。身体が弱い設定はそのままにしておきたいし…… どうする? どうすればナナに力が弱くても運べるか説明が……あ、そうだわ。
「マ、マットレスよ。マットレスを階段に敷いて、その上にあの子を載せて一気に滑り降りたわ。そこから近くにいた衛兵に頼んで運んでもらったのよ」
やはり苦しいか、そんな降り方できたにしろ勢いで投げ出されたら危ない事に変わりはないから。でも、魔法の事をバラすより百倍マシだわ。
「ムムムッ、そんな危ない降り方をしたのですか? ……結果として無事だったから今回はヨシとしますぅ。でも今回だけですよ?」
ナナが思ったより早く引き下がった……。 もしかして、少女の捜索という危険な任務を買って出た私の事を気遣ってくれたのかしら。
でも、本番は明日。夜、みんなが寝静まった頃にお祭りのフィナーレを迎えるとしましょうか。
待っていないさい赤服。あの時の借りを返してあげるわ。
~ 翌日 ~
「お嬢様~」
「……」
「お・じょう・さ・ま―――――」
「……ハッ! どうしたの?ナナ」
「さっきから話しかけてるのにずっと上の空みたいでしたので何かあったのかと思いましたぁ」
そうだよ~、今日の夜に賊に襲撃を仕掛ける事ばかり考えてました。てへっ! なんてナナに言えるわけがない。
世界のどこに五歳児が賊を襲う気満々ですなんて危険物がいるのよ。まあ、ここにいるわけですが。
という作戦当日の朝っぱらから物騒な事を考えている危険物取扱者乙種もとい危険物扱い令嬢マルグリットです。
「お嬢様、またブツブツ言ってますよ。心の声が漏れ過ぎでは? 気を付けてくださいねぇ」
マルグリットの弱点その二。考え事をしている最中に頭の中身が口から漏れ出す。
そういえばフィルミーヌ様にも言われたなあ、ナナはすぐに察して『心の声が漏れ出てる』なんていうけど、フィルミーヌ様の場合は『マルグリット? あなた突然何を言い出してるの? 大丈夫?』なんて私の頭の心配をしてくれるとても優しい方。
イザベラは口に出さなくても私の頭の中身が表情で伝わってるみたいで、すぐに訴えかけてくる超人技を披露してくる。
故に今日のイベントはフィルミーヌ様とイザベラの弔い合戦でもあるわけです。いやでも気合が入ってしまいますね。
よくよく考えたら、おかしな所があるのよね。前の人生では『赤狼の牙』がグラヴェロット領に現れたのは私が八歳くらいの頃だったはず。
今回の件はただ表に出てないだけで実は前からグラヴェロット領にいたって事かしら?
ということは、今回の被害者は一人だったからバレなかった。細かい事件を繰り返して、耳に入りにくいようにしていたのかしら?
それも今日に襲撃すれば全てわかるって事よね。
よーし、みんなが寝静まった頃にコッソリ抜け出して目的地の森まで一気に突っ走る。賊をボコしてまた帰ってくる。
朝までに帰ってこれるかしら……
今のうちに仮眠でも取っておこっと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、ご飯も食べたしお部屋で読書の続きでもしてようかしら」
「ムッ、お嬢様。今随分な棒読みになってましたが何か企んでますか?」
クッ、バレずにやり過ごそうと思った事を意識しすぎて逆に裏目に出るとは……
「そ、そんな事ないわよ。もう夜だし、部屋に戻って本を読むこと以外出来る事なんて他にないわよ」
「ムムッ、まあいいです。あまり遅くならないようにお願いしますね」
「わかったわ。明日もちゃんと起きるから」
案外私って即興の演技が下手くそなのね…… これはマルグリットさんの弱点その三にでもなりそうだわ。
「一旦ベッドに潜ってみんなが寝静まるまで待とうかしら…… 寝ないように気を付けないと…… 寝ない…… ように…… ZZZzzz」
……………………
………………
…………
……
「ハッ!! ヤッバ、寝ちゃった…… なんでこういう時に限って人は寝るんだろう」
にんげんだもの まるぐりっと。
「書籍のポエムを引用してる場合じゃなかったわ、急がないと!」
さっさと着替えてっと…… ヨシッ、窓からコッソリ出るわよ。
さて、ここからは一気にダッシュでガルカダの南東の森まで行くわよ。
『魔力展開』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、南東の森まで来たけど、思ったより魔力も減ってないわね。日頃の訓練の賜物というやつね。
どの辺にいるのかしら? 森の中央付近まで行ってようかしら。
中央付近を目指して走ってみるもののそれらしき建物も人の気配もなさそうだと思った矢先
ん? 灯りが見えてきたわね、あそこかしら。
バレないようにコッソリ近づいてみると灯りの発信源はどうやら小屋からみたい。
小屋の窓をバレない角度からのぞいてみると、見た感じ量産型とも言える風貌の賊が五人いる。
赤服がいない? というか人数が少ない。もしかして別動隊かしら?
聞き耳を立てていたら中の声が聞こえてきた。
「おっせーな、運び屋の野郎」
「仕事しくじったかぁ?」
「もしくは、お愉しみすぎて時間かけてんかもしれねーな」
「いきなりキズモノにしてたらカシラにぶち殺されんぞ」
カシラってのが赤服の事っぽいわね。
「早く来ねえと、俺らはいつまでもここにいなきゃいけねえじゃねえかよ」
今の話を聞く限りだとこいつらは只の受け取りをするための人員って事かしら? 等と考えていたら……
「飲み過ぎたから外で小便してくるわ」
ヤバッ、一人外に出てきちゃうじゃん。
『魔力展開』
一旦、屋根にでも退避して様子見。バレませんようにっと。
「うぃ~、早く来ねえと俺らがいつまでもここにいなきゃいけねえじゃねえかよ」
外に出た賊は立ったまま用を足しているのが私の視界上に残っていた。
ひぇ~、男性ってこうやって用を足すのね。ってちがーう、これ以上は見たいわけじゃない!
背筋が凍る思いだわ。鳥肌が全身に立ってくる。けど、一人仕留めるなら今がチャンスね
うぅ~、触りたくないけど今は仕方ない。帰ったら即お風呂に入らないとね。
『認識阻害魔法』
私は小屋の賊たちにバレない様に外に出た男にコッソリ近づいて『音』が止まるまで待機した。
いや、だって跳ねてるんだよ? 絶対に近づきたくないでしょ。
これ以上近づいたら地面に流れたアレを踏んでしまうかもしれないけど贅沢はこれ以上言っていられない。
『音』が止まった瞬間に私は背後から一気に近づいて両手で頭を掴んで、一瞬で首の骨をへし折った。
倒れた音を聞かれたくないため、仕留めた賊をゆっくりと小屋の中から見えない位置まで移動させる。
もう一度小屋の窓際付近まで移動して奴らの会話を聞き取ろうとするが
「おい、ペンダントの色が変化した。外に出たダグがやられたくせえな。すぐそこに敵がいるぞ」
ペンダント? 何それ? もしかして仲間の生死でも確認できる魔道具かしら。でもバレたら仕方ないわね。あいつらは今ドアの方に注目しているはず。
私は一旦屋根に上って、屋根をぶち壊してから残りを襲うことにした。
「ハァッ!」
私はオンボロの屋根を破壊すると同時に手前にいた賊の一人目の首をへし折る。
「なんだっ?」
「なんか今いたぞっ」
思った以上に小さいからバレにくいのね。
私は一人目を仕留めた直後にバレにくいようにテーブルの下を経由して二人目の『股間』を一気に蹴り上げた。口から泡を吹いて倒れていく。
嫌な音がしたし、この感触はさっさと忘れたい…… お風呂入りたい。
「いたっ、ガキだと?」
賊たちは見ている光景が信じられないかのように私の事を見つめていた。
「ねえ、教えてくれない? ここにいるのは貴方たち五人だけなのかしら? 貴方たちの言うカシラってここにはいないのかしら?」