どうも、ごきげんよう。『国外追放された令嬢は筋肉特盛マッスル騎士団に溺愛される。~元彼ピが今更戻って恋なんてハイパー土下座タイムを使っていたら、通りすがりの赤い仮面のおじいさんに「判断が遅い!」と平手打ちされていた件~』が購入出来て満足感一杯の本の虫令嬢マルグリットです。
「ただいま帰りました~」
私の声に脊髄反射したのか、お父さまが書斎からノンブレーキのまま、私まで一気に突進してくる。スピードを落とすことなく抱き着くという名のダイビングタックルを仕掛けようとしてくるが、危険を察知した私はお父さまを華麗に躱すとお父さまはそのままドアと激突してしまった。
「マルグリット、なんでパパの愛を躱すんだい?ドアがバキバキになっちゃったじゃないか」
「お父さま? 今の勢いで突撃されたらドアよりも私の身体がバキバキですわ」
私の指摘にお父さまは『気づかなかったかも、てへっ!』と言わんばかりな表情をしている。これは絶対、次の時も忘れて同じことやるパターンですわ。
そしてお父さまは無言で私に手のひらを差し出してくる。『わかってるよね?』と言わんばかりだ。
「なんですか? その手は?」
「大好きなパパへのお土産は?」
「あっ、すっかり忘れてました!」
私に抱き着いて泣きわめくお父さま。デジャヴかしら……。
「私は買ってきた本を読みますので部屋に戻りますね」
「マルグリット、そろそろ夕飯の時間だよ」
「あっ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕飯を食べた私は部屋に戻り、早速購入した本を読み耽っていた。
「はぁ~、最高だったわ。特に騎士団の新人と騎士団長が令嬢を巡ってモストマスキュラーによる筋肉の美しさを競い合うシーンは感動ものだわ。あと三十回は往復できるわね」
そろそろ寝ようかなーと思ってベッドに向かおうとしたら、ベッドに無造作に投げ入れられていた一冊の絵本が目に入っていた。
「そういえばこれも買ったんだったわ。本屋にいたときは鬱陶しい程に存在感出していたのに、部屋に帰ってきた途端に存在感が迷子とか迷惑極まりない書物ね。せっかくだからついでに読んじゃおうかしら。どれどれ」
――――――――――――――――――――
むかし、むかし、とおいむかし、あるところにひとりのおうさまがすんでいました。
そのばしょは、おうさまいがいにはだれもいないので、おうさまはとてもさみしいおもいをしていました。
おうさまはおもいました。
「そうだ。だれかがいるばしょにいってみよう」
ところが、いつまでたってもだれもいるけはいはありません。
そんなあるひ、そらにひびがはいってるばしょをみつけたのです。
「これは、なんだろう。ひび? あけられそうだ」
おうさまはそのひびをおもいっきりたたいて、わってみました。
すると、そのひびにはおおきなあながあいたのです。
おうさまはあなをのぞいてみると、あらふしぎ。
おうさまがすんでいるばしょとはちがうばしょをみつけたのです。
そこは、おうさまがいままですんでいたばしょとはちがって、みずもあり、もりもあり、そらもあおく、せいめいのいぶきをかんじられるばしょだったのです。
おうさまはびっくりしました。
「こんなばしょがあったなんてしらなかった」
おうさまはうれしくなってあたりをみわたしました。
するとうまれてはじめてじぶんいがいのだいいちむらびとをはっけんしたのです。
おうさまははなしかけようとしましたが、どうしたことでしょう?
だいいちむらびとはとつぜんおおきなひめいをあげてにげだしました。
おうさまはとてもこまりました。
だれもおうさまのはなしをきいてくれないのです。
しばらくして、よにんのわかものがおうさまのまえにあらわれました。
おうさまはじぶんをしってもらおうと、じこしょうかいをしようとしました。
ところが、わかもののひとりがおうさまにきりかかったのです。
「しんりゃくしゃめ、このせかいのへいわはぼくたちがまもってみせる」
わかもののひとりであるおんなのひとは、とめようとしましたが、もうたたかいははじまってしまっていたのです。
こうなってしまったら、だれにもとめられません。
たたかいはみっかかんつづきました。
おうさまはたいりょくがのこっていません。
おうさまはじぶんのせかいにもどるしかなかったのです。
わかものたちはぶじにしんりゃくしゃをおいはらったのです。
ひとびとはおおよろこびです。みんなわかものたちをいつまでもたたえました。
いつまでも、いつまでも。
めでたし めでたし
――――――――――――――――――――
「は? めでたし…… なわけないでしょおおおおおおおおお。若者も王様の話を聞いてやんなさいよっ! 胸糞悪くなってくるわねっ!」
「お、お嬢様~、どうされましたぁ~?」
私が大声で不満を爆発させたことが部屋の外まで聞こえていたらしい。ナナが何事かと部屋に入ってきたのだ。
「あ、ごめんね。今日買った絵本を読んだんだけど、なーんか納得いかなくて」
「そうなのですね、気持ちをリラックスさせるハーブティーでも飲みますかぁ?」
「ありがとう。お願いするわ」
私はナナに入れてもらったお茶を飲んで気分を落ち着けてからベッドに潜り込んだ。
そして私はその日『夢』を見た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここはどこだろう? 戦場だろうか? ここから見る限り四対一の戦いが行われているようだ。四人の会話が聞こえてくる。
「お願い! 待って! 私の話を聞いて!」
「待つも何も予言通りではありませんか」
「いえ、出来過ぎなのよ…… まるで最初から図られていたような」
「いえいえ、未来を見通すからこその予言ではありませんか」
「見通す? 違うわ、予言とはそんな「そこまでだ」」
「これ以上何を待つというんだ! 奴は危険だ、ここで倒さねばならない」
「そうです。あの侵略者に必要なのは鉄槌のみ!」
「いいから邪魔しないでよ、バケモノと戦えるなんてまずないよ?」
「そんなもの必要ない! 彼は話が通じるわ。あなたたちは下がっていて」
「何故、その様な事を言うのだ。あんな化け物はさっさと殺さねばならない。世界の為にも。まさか、君はあの男に……」
「どうしてそういう発想になるのよ! 彼は本当は優しい人のはず。私たちが手を出すまで彼はそんな事していなかった。私たちがこんな事をしてしまったから激怒するのはあたりまえだわ」
「やはり、君はあの男に感化されてしまったようだ。だが安心したまえ。私たち二人だけで決着を着けてみせよう。君の事も守って見せるから下がっていたまえ」
「僕は強い奴と戦えればなんでもいいや。だから邪魔しないでくれる?」
「やめて! 私が前に出て対話する! 戦わないで! どうして私の話を聞いてくれないの?」
「「「その必要はない!」」」
彼らの戦いは三日間続いた。女性だけはなんとか対話を試みようと必死になったが、三人の男性と侵略者と言われた方は戦いを続けていた。しかし三日目にとうとう三人の男性は力尽きてしまった。
「ゴホッ…… お願い…… 話を……」
女性の方も力尽きそうになっているが、それでも対話をやめようとしない。侵略者は憎しみの目で女性の事を見ていた。あの目は…… どこかで見たことがある気がするが思い出せない。
「ふざけるなアアアアアアアアアアアアアアアア! 刃を振るってきたのは貴様らの方だ! 俺が何をしたというのだ! 俺は……ただ…… 貴様らだけは絶対に許さない! 絶対にだ! 何千年、何万年経とうとも絶対に貴様らを滅ぼしてくれる! クソッ、力を使いすぎたか。いったん帰るしかないか。傷を癒し、力を蓄えた後にまた来る。特に貴様の力は危険だ。貴様と同質の力を持った奴がいるなら、真っ先に殺してやる!」
侵略者は最後の言葉を力いっぱい振り絞って女性に対して吐き捨てていた。彼は空間に穴を開けて去っていった。
「ごめんなさい…… ヴェル……」
誰に対しての、何に対しての謝罪なのだろうか? 私には皆目見当がつかない。
程なくして女性の方も力尽きた。遺体となった四人は白い装束を着た集団が運んで行った。
女性は男性三人とは別の場所に埋葬されたようだ。どこかの遺跡のように見える。
人々は命をかけて侵略者を追い払った四人をいつまでも讃えていた。
いつまでも、いつまでも。
これはお互い交わることなく最後を迎えてしまった
とても悲しい『物語』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……様」
「……嬢様」
「……お嬢様、朝ですよー」
「んー、よく寝た~」
「おはようございま…… お、お嬢様。な、何かあったんですか?」
「ん? どうしたの? 特に何もないけど」
「何もなくて人は泣いたりしません」
自分でも気づいていなかった。まるで号泣していたかのように涙を流していた。
「えっ? 全然気づかなかった。わからない…… けど、何かとても悲しいことがあった気がする」
「……お嬢様?」
何か夢を見ていたような気がする。内容は全然覚えてないけど。それでも何故だか胸を締め付けるような感覚だけが残ってる……。
どうも、ごきげんよう。自称・裏の森の主令嬢マルグリットです。
あれからさらに三カ月が経過して累計半年間、裏の森で訓練してました。
魔獣と戦いたい禁断症状が出てきて、手が震えたりしてましたが、違う禁断症状じゃないのかと自分で自分を疑ってしまいます。
いえ、断じてやましい事などございません。
あと半年は耐え忍ぶのよ、ステイ、ステイよっ!、マルグリット!
身体能力、魔力量的に十八歳当時の私を上回っているのですが、準備に準備を重ねることは悪い事ではありません。慎重派令嬢マルグリットです。
さて、どうやら本日は近くの街『ガルカダ』でお祭りがおこなわれるという事で参加する気満々なのですが、中身が十八歳とはいえ、やはり見た目が子供。もちろん一人で行くつもりはなく、ナナも一緒の予定ではあるのですが、それでも七歳と五歳の二人で行くなんてことは許されません。
というわけでお祭りに行くならと領軍から護衛を出してもらうことになりました。
庭で待っていてほしいとのことだったので、護衛の方が来るまで愛読書である『国外追放された令嬢は筋肉特盛マッスル騎士団に溺愛される。~元彼ピが今更戻って恋なんてハイパー土下座タイムを使っていたら、通りすがりの赤い仮面のおじいさんに「判断が遅い!」と平手打ちされていた件~』を読み耽っていました。
「マルグリット様、お待たせいたしました。本日は私が護衛を担当させていただきます」
私に声をかけてきたのは女性。年の頃は十七歳~十八歳といったところかしら。
若々しさはあるから新人っぽいのだけど、全然表情が崩れない。まるでお人形さんね、真面目な方なのかしら。
細身だからなのか筋肉量は少な目っぽいけど引き締まっている感じがいいわね。どことなくイザベラを思い出させるわ。
「騎士さん、お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「はっ、ヘンリエッタと申します」
「よろしくお願いしますね、ヘンリエッタ。私の専属メイドである『ナナ』が馬車の準備をしてるからお待ちいただけるかしら」
「承知いたしました」
この切れ長の目つき、クールな印象、舐められないように男を一切寄せ付けない雰囲気を感じさせるわね。
私は彼女を観察しようと思ったより近づいてしまったためか、彼女は私から目を逸らしてしまった。
あら? 近づかれるのが苦手なのかしら? それとも、もしかして子供は嫌いなのかしら?
ちょっと情報収集してみましょうか。
「ヘンリエッタは新人さんなのかしら?」
「はい、今年より採用頂きまして日々訓練に明け暮れております」
そうよね。新人と言えば少しでも一人前に近づくために一日でも多く訓練に励まなければならないはず。
せっかくの訓練の時間を邪魔するような子供の護衛だなんて普通は嫌がるわよね。特に貴族だもの、我儘が多くて頭を抱えることも少なくはないという印象はあるはず。
「お嬢様~、馬車の準備が整いましたぁ~」
ナナが手を嬉しそうに振りながらこちらに走ってくる。まるで投げた棒を加えて尻尾を振りながら主人に持ってくるワンワン的可愛さがあるわね。あとでナデナデしてあげないと。
『ハァハァ、ハァハァ』
ん? 今の音は何かしら? 私は周りをキョロキョロしてみるも音の出どころはわからなかった。
「ナナ、紹介するわ。今日の護衛を担当してくれるヘンリエッタよ」
「ヘンリエッタさん、よろしくおねがいしますぅ~」
「あ、あぁ。護衛は私に任せてほしい」
人懐っこいナナがヘンリエッタに近づいて挨拶するも彼女はまたもや顔を逸らしてしまった。
うーん、やっぱり子供嫌いなのかしら? 彼女に聞いた方が早いかしら?
「ヘンリエッタ、大切な訓練の時間を割いてもらって護衛なんて申し訳ないわ。ヘンリエッタが良ければ護衛の方を変えてもらえるようにお父様にお願いするわ」
「いえ、マルグリット様の護衛は自分が志願いたしましたので、変えて頂く必要はございません」
え? そうなの? でも顔を見つめるとすぐ目を逸らすからてっきり…… 恥ずかしがり屋さんなのかしら。
「わかったわ。それでは、馬車に乗り込みましょうか」
馬車に向かう途中でまたあの異音が鳴り響いたのを私は聞き逃さなかった。
『スゥ~、ハァ~、スゥ~、ハァ~』
ん? やっぱり空耳じゃない。 音は先程とは違ってるけど、今度は間違えない。
私は音のする方向に向かって音速、いや光速と言ってもいい速度で顔を向けてみた。
すると、音のする方向にはヘンリエッタの顔があり、彼女は私と同等のスピードで顔を逸らした。
今ヘンリエッタの首から『ゴギッ』って音がしたけど骨は大丈夫かしら?
それにしても私のスピードについてくるなんて、こやつ、やりおる。
それに微妙に頬が赤くないかしら?
「ねぇ、ヘンリエッタ。どうして私があなたの方に顔を向けるとあなたは私から顔を逸らすのかしら? 私の事が嫌い?」
「い、い、い、いえ、そそそ、そんなことはございません」
明らかに動揺しているわ。一気に畳みかけるわよ。追い込み令嬢マルグリットの本領を思い知るがいいわ。
「ヘンリエッタ、私の目の前でしゃがみなさい」
「は、はい」
ヘンリエッタは観念したのか、私の目の前でしゃがみ込むが、息を整えているのか下を向いている。
息を整え終わった彼女がこちらを向いたと同時に私は彼女の頬を両手で抑え込むことにした。
「む、むぐっ」
「ダメよ、顔を逸らさないで。こっちをちゃんと見なさい」
私はこれでもかと言うほど、彼女の顔に自分の顔を近づけて目を合わせようとするが、彼女は耐え切れなくなったのか顔を真っ赤にさせて目線だけが別の方向を向き始めた。
口元もめちゃくちゃ歪んでる。
まさか…… この娘……
ここから先の話はナナに聞かせるわけにはいかない。
「ナナ、先に馬車に行っててくれるかしら」
「かしこまりましたぁ~」
ナナは小動物が如く、小走りで馬車に向かったことを確認して、私は再度ヘンリエッタと向き合うことにした。
ヘンリエッタの目線は走り去っていくナナを捉えている。もう間違いない。
「一つ、答えてもらえるかしら。先程、ナナが馬車の準備が終わってこちらに向かって手を振って走って来た時、あなたはどう感じたのかしら?」
ヘンリエッタは突如、目を見開き、何かに憑りつかれたかの様に口を開きだした。
「ナナ殿の姿はとても愛くるしく手を振ってくる姿は無邪気な子犬の様であの笑顔は国の…… いえ、世界の宝であることは間違いないと認識いたしました。その至宝を守る為に護衛として志願した私は自分で自分を褒めて…… ハッ!」
心の内をほぼ赤裸々に語っていたヘンリエッタは『やっちまった!』という顔をしてガックリと項垂れていた。
そんなガックリしたところで即バレでしたけど、他者を寄せ付けないクールな女騎士に見せておいてただの真正の幼女好きとか詐欺具合も半端じゃないわ。
つまり一回目の異音はナナの姿を見て興奮を抑えきれずに漏らしてしまっていたわけね。
あれ…… ということは二回目の異音の時はたしか私の後ろにいたはず…… まさか…… 私の匂いを……
「ヘンリエッタ、あなた、しばらく私の前を歩きなさい。後ろに立つことは禁止します。あと、ナナを変な目で見たら護衛から外すようお父さまに進言します」
「そ、そんなあ~」
ガチ凹みしているわね。いや、当たり前でしょう。あなたちょっと怖すぎるわ。危うく見た目に騙されるところでしたわ。
「それでは、馬車に行くわよ」
この様子だと五体満足でガルカダに辿り着けるのか不安だわ。
どうも、ごきげんよう。ガチロリの餌食令嬢マルグリットです。
とんでもなく色んな意味でヤバイ護衛が出てきて肝を冷やしましたが、本人に釘は刺したのでしばらくは大丈夫でしょう、多分。
それに前回の暴露時の発言内容からナナに手を出すようなことはしないとは思うのだけど、念の為にもう少し監視の目は必要ね。
何かの書籍で読んだけどこの手の輩は大抵『Yes、ロリータ No、タッチ』って言うらしいけど、ヘンリエッタを見ていると、どうにも嘘臭い用語にしか聞こえなくなるわ。
馬車に乗る時にもちろんあの時の事は思い出すんだけど、トラウマの様な事はなく至って心は平穏。人間慣れって怖いわね、本当に。
それにしても眠い…… 朝から準備が必要ってナナに叩き起こされたからだわ。ガルカダまで少し寝ちゃいましょう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ハァハァ、ハァハァ』
うるさっ、せっかく人が気持ちよく寝てるところに変な音立ててんのよっ。
『ハァハァ、ハァハァ』
ん? この音…… 絶望的に嫌な予感がした私は目を閉じたままつい先ほどあった出来事を掘り起こすべく脳みそを緊急WAKE UPさせていた。
ポクポクポク…… チーン。
間違いないわね。あいつ、注意した直後に早速やらかすとかどんだけ欲望に忠実な鳥頭なのかしら。いえ、速攻で発情しないだけまだ鳥の方がまだマシだわ。
私は実態を調査するべく薄目を開けてヘンリエッタの動向を確認することにした。
私とナナを交互に見ながら息を荒くしてるわね。一度で二度美味しいが経験できているためか、馬車に乗る前は隠せていた表情が今は全く隠せていない。
口元!口元がだらしなさすぎる。ちょっ、ヨダレ、ヨダレが落ちそう。わ、わたしにかかっちゃう。
ナ、ナナはどうしてるの? 私は薄目のまま目線をナナが座っていたはずの場所に向けてみた。
ナナは鼻歌を歌いながら馬車で外を眺めている。か、可愛いすぎか?
これ以上、ヘンリエッタの暴挙を見過ごすわけにはいかない。ナナが汚される前に私は今ようやく起きるふりをしてわざと声を出すことにした。
「う、う~ん」
ヘンリエッタは私の声に驚いたのか『ビクッ』と身体を震わせて口元を腕で拭っていた。
おい、騎士とはいえ淑女なんだからハンカチ使え! そういう時だけおっさんみたいな挙動するな。
ナナは私が起きたと思ったのかこちらを振り向いてニコニコしている。守りたい、この笑顔。
「あー、ちょっと寝ちゃったわね。今どの辺りかしら?」
私はわざとらしく起きたフリをするが、二人とも全く気に留めていない。どうも、演技派令嬢マルグリットです。
「ちょうどいいタイミングで起きられましたね。まもなく目的地に着きますよ」
「お祭りの雰囲気を味わうためにも馬車は預けていきましょう」
「マルグリット様、今日は人も多いため、歩かれるのは危険です」
「あら、その危険を排除する為にあなたがいるのではなくて? 難しい要求をしているつもりはないわ。あなたの護衛としての実力を見せて頂戴」
「はっ、かしこまりました」
案外チョロイわね。もう少し食いついてくるかと思ったけど、この辺りは新人臭さがある感じね。
「メインストリートである大通りに行ってみましょうか。そこに出店が沢山出ていると思うわ」
私たちは大通りに着くと所狭しと立ち並ぶ出店の数と大勢の参加客に圧倒されていた。
露店の大きさは店舗によって大小様々で食品販売からアクセサリーだったり魔道具など多種多様という感じだ。
私の目的はもちろん『買い食い』よ! そう、育ち盛り(?)なんだから色んなものを食べて大きく(?)ならないとねっ
「そうね、手始めに…… あのお肉の串美味しそうね。あれなんてどうかしら?」
「私はお嬢様の食べたいものがあれば何でも構いませんよ」
私はとりあえず身近で匂いに釣られた屋台に興味を示すと、ナナもお祭りの雰囲気に当てられたのか楽しそうに賛同してくれる。
「ヘンリエッタも同じものでいいかしら?」
「わ、私はマルグリット様とナナ殿の毒味…… いえ、食べきれなかったものを責任を持って処分いたします」
毒味って私たちは王族じゃないんだから…… ん?ナナの分? 違う、ヘンリエッタの言い直した内容は食べきれなかったもの……。
つまり『私たちの食いかけ』が目的か!
くっ、短時間で慣れすぎでしょ貴方。磨きがかかった変態っぷりをどんどん隠さなくなってきたわね。
開き直った変態ほど怖いものはないわ。何とかしないと……
そう考えていた矢先、後ろから誰かにぶつかられてしまった。
「あっ、ごめんなさいね」
私は謝りながら振り返るとそこにいたのは小さな少年だった。ナナと同じくらいの年頃だろうか。お世辞にも平民から見ても良い身なりとはいえない。生活苦の部類なのかもしれない。
「ごごごご、ごめんなさい」
私とぶつかった少年は今にも泣きそうな顔をしていた。明らかに貴族の様な恰好をしている私にぶつかったもんだから怯えているのかしら?
安心したまえ、少年。どうも、領民に優しい令嬢マルグリットです。
「私は大丈夫だよ。君の方こそ大丈夫かい?」
「あ、あの…… もしかして貴族様ですか?お、お、お姉ちゃんを助けてください」
少年は私にしがみついて懇願してくる。これは、ただ事ではなさそうだ。
「どういうことかしら? 話を聞かせてもらえる?」
「あ、ありがとうございます。お姉ちゃんが……」
少年が話をしている最中に別の場所から大声が鳴り響く
「「「キャアアアアアアアアアアア」」」
なんなの? 次から次へと!
「ヘンリエッタ! 声のする方向に向かって。 トラブルがあったら解決してきなさい」
「し、しかし、私はマルグリット様の護衛でして……」
「聞きなさい、ヘンリエッタ。私たちが何の為に存在しているのか考えなさい。私たちは彼らから税を貰って生活しているわ。その代わりとして領民を守る事、領民の生活を安定させることが責務とされているの。故に領民の問題解決は全てにおいて最優先事項! これは命令よ、行きなさい!」
「ハッ! かしこまりました」
ヘンリエッタは天啓でも受けたかのような納得した表情をして、大急ぎで悲鳴のする方向へ向かっていった。
ククク、それっぽいことを言って、止めに『命令』と言えば大抵の騎士などイチコロよ。
やはり新人、やはり小童、この説得令嬢マルグリットの敵ではないわぁ~。
「お嬢様? その辺の悪人よりもよっぽど悪い顔していますけど何を企んでるんですか?」
しまった。ナナがまたジト目で私の事を疑ってる。違うの、ナナ。あんなド変態をナナの近くに置いておくなんて以て他ということなの。
小童風情が言葉巧みに私に騙されたのがとても心地よかったとかではないの。あなただけには信じてほしい、私のナナ。
「違うわよ、ナナ。もしかしたら、これから私たちも忙しくなりそうだから少し真面目にやらなきゃって思って真剣になっただけよ」
「むぅ、ナナの直感が訴えています。最近のお嬢様はナナが気づかない内に言葉巧みに誘導してるような気がしてます。あの高熱から目覚めた日からは特にビシビシ感じてますぅ」
くっ、さすがナナは手ごわい。このままではまずい。申し訳ないけど、話を変えるために少年を利用させてもらうわ
「ナナ、その前に少年の話の続きを聞くわよ」
「むっ、わかりましたですぅ。この件が片付いたらナナとの話の続きをしてもらいますからね」
「わ、わかったわよ。途中で話を遮ってごめんね、少年。お姉ちゃんが何だっけ?」
「は、はい! お姉ちゃんが知らない男の人に連れ去られちゃったんです。僕は止めようとしたんですが、男の人に殴られてしまって気を失っている最中にどこかに……」
「連れ去られた? ということは誘拐かしら。 君が覚えている範囲で構わないから、どの方向に向かったかわかるかしら?」
「はい! 僕とお姉ちゃんはこの路地の先をこっちに向かって歩いていたんですが、途中で男の人に腕を掴まれてしまって、男の人はこっちに向かう方向とは逆に向いていたから、多分この路地をさらに奥に行ったんだと思います」
そう言った少年が伸ばした腕は自分が出てきたであろう路地を指していた。真昼間でもと建物の陰に隠れているせいか陽の光が届かない為に通りは薄暗く、近道だとしても通りたいとは思わない雰囲気がある。
「わかったわ。ナナ、少年を連れて衛兵の所まで言って頂戴。今私にした同じ内容を衛兵に説明して捜索に必要な人手を連れてくるの、いい?」
「私ですか? お嬢様はどうされるおつもりですか?」
「私は少年の言っていた方向に向かって怪しい奴がいないか確認してくるわ」
「ダメですよ、そんなの危険すぎます! お嬢様も一緒に衛兵さんの所へ行きましょう」
「いえ、もしかしたら時間がないかもしれない。このお祭り騒ぎで人の流れはごった返しているわ。この機に乗じてガルカダを出てしまうかもしれない。」
「ですけど、本当に見つけちゃったらどうするんですか? お嬢様の力ではどうにもなりませんよ!」
「大丈夫、私にはココがあるわ。もし、見つけてもバレるようなヘマはしないわ」
私はそう言うと自分の人差し指をこめかみに二回当てる。
そう、ここぞとばかりに頭脳がありますよアピールをするのよ。
ナナは知っているはず。私の頭の良さをね!
「たしかにお嬢様はお体は弱いですけど、頭はいいですから…… むぅ、お嬢様、約束してください。無茶だけは絶対にしないと。約束してくれるまでナナはぜ~ったいに一歩もここを動きませんから!」
こうなったナナは本当に一歩も引かない。約束するまで衛兵の元へ行かないだろう。
そしてナナは知らない。今の私は身体が弱くない事を。魔法が使えることを。当時十八歳の私より強くなっていることを。
だからごめんね、ナナ。先に謝っておくわ。
何しろ、久々の実戦経験が積むことができるいい機会かもしれないから……
「わかったわ、無理はしない。約束するわ」
「わかりましたですぅ。では、あなたはナナについてきてください。衛兵さんに説明したいので」
「は、はい」
ナナは少年の手を掴んで衛兵のいる場所まで走っていった。
これからが私にとって本当のお祭りの始まりね。
どうも、ごきげんよう。路地裏散策中のアウトロー令嬢マルグリットです。
ウキウキ、ルンルン気分でお散歩中ですが、別に実戦経験ができるかもしれないからというわけではありませんよ?
断じて人が殴りたくて堪らないというわけではありません。サイコパスというご意見は断固否定します。人情派令嬢マルグリットです。
只今、少年が指した方向に向かって進んでおりますが、これと言って進捗がない状態なのです。
この道は人気が少ないとはいえ住宅街ですから、民家の中に人はぽつぽついる気配はあるんですけど、こっそり中を除く限りそれっぽい人は見当たりません。
もっと先かしら? キョロキョロしながら進んでいると、前方に異様な空気を放つ通りを見つけました。
暗い? 見た目もそうですけど、雰囲気が暗い。それに…… 建物も異様に脆いし……
ハッ! もしや、ここが俗に言う『スラム』というやつなのでは?
当時身体が弱く、箱入り娘で蝶よ花よとして大事に育てられた世間の荒波を一切知らない可憐な一枚の花弁ともいうべき脆いご令嬢だったものだからあくまで書籍の知識しかないけど
『お菓子買ってあげるからついておいで』とか言うヨダレを垂らした満面の笑みを浮かべるヘンリエッタもといおっさんが現れたり
『お、お、おじょうさ~~~ん』とか言いながらコートを開いたすっぽんぽんのヘンリエッタもといおっさんが現れるというおっさん天国なのでは?
私は今、隠密行動をする必要があって、ヘンリエッタの同類とエンカウントしてる場合じゃないんです。
『認識阻害魔法』
これで邪魔は入らなくなるわね。本当はせっかくの人生初スラムなのでこの周辺の方々にはインタビューをしてみたいのだけれど
建物の前に座っている方とか建物と建物の隙間で立っている方々を見ると目つきが悪そうな方とか目の焦点が合ってないよう方とか
ヘンリエッタとは違うのはわかるのだけど、違う意味で話が通じなさそうな感じがするわ。近寄るのはやめておきましょう。
いけない! 目的が変わってしまいそうになるけど、今の私がすべきことは誘拐されたと思われるお嬢さんの発見をすることよ。
では、改めて行きましょう。
なんか妙に臭いわね…… それに道路も汚いわ、掃除くらいしてほしいものだわ。
うーん、いそうな雰囲気はあるのよね~、すると途中で私は気になる一軒家を見つけた。
二階建ての建物だけど一階には誰もいないわね。二階に二人いるわね。動きは一人が全く動いてないけど、一人がうろうろしてる感じね。
ここかしら?
私は中身を拝見すべく、コッソリと入口のドアを開けて侵入もといお邪魔することにしました。
人がいるのは二階なので、音を立てないように階段を上っていきます。
二階のドアをコッソリ中を拝見すると、あら不思議。猿轡を嚙まされて、後ろで両手を縛られている女の子がいるじゃありませんか。
やはり名探偵令嬢マルグリットの真実はいつもひとつ!
私は女の子を軽く観察してみると誘拐犯の事を目で追いかけている事が分かった。下手に刺激しないように観察でもしているように見えるわね。
誘拐犯の方は指を加えながら頭を掻きつつ、部屋の中をウロウロしてる感じ。何かにイラついているのかしら?
さて、ここからどうやって女の子を救出して、誘拐犯を黙らせるかですけど……
手っ取り早いのは魔力展開を使って一気に制圧する事なんでしょうけど、後でナナにバレたらお説教だけじゃすまないわね……。
そうだわ! 認識阻害魔法はまだ有効だからこっそり女の子に近づいて睡眠魔法で眠ってもらって、誘拐犯がよそ見してる隙を狙って玄関までダッシュして衛兵さんのいる所までとんずらでフィニッシュ。
まさに非の打ちどころがなさすぎて、自分の才能が怖すぎですわぁ。オホホホ。
というわけで早速お邪魔しますね。音を立てないようにドアを私が入れるくらいだけ開けて……と
ウロウロしている誘拐犯にぶつからないように避けてっと……
私は誘拐犯を躱しつつ足音を立てないように忍び足でゆっくり女の子に近づいた。
あなたには申し訳ないけど、少し寝て頂きますね。
私は女の子の目の前まで来たら人差し指を女の子の額に当てて魔法を唱える
『睡眠魔法』
私が魔法を唱えると彼女は目を閉じて寝てしまった。
彼女の身体から力が抜けて倒れて音がしないように一旦壁に寄りかからせて誘拐犯のスキを狙って一気に『魔力展開』で駆け抜ける。
その予定だったのだが、スキを伺っていたところ、苛立っていた誘拐犯が口を開いて愚痴を呟きだした。
「クソッ、もう少し衛兵が減らねえと出るに出れねえ。時間がかかっちまったら『赤狼』の旦那にどやされちまうぜ」
『赤狼』。たしかに誘拐犯はそう言った。単語を頭で理解するより先に一気に心臓の鼓動が高鳴ったのを感じた。
そして私は気付いた時には、当初予定していた行動とは真逆の行動に出てしまっていた。
『魔力展開』
戦闘準備を取った私は誘拐犯に気づかれる前に一気に近寄り、足を引っ掛けて体勢を崩した直後に首元を掴み、一気に床に叩きつけた。そして誘拐犯の両腕も私の両脚で抑えて動けないようにした。
「ガッ!」
「ごきげんよう。いくつかあなたにお聞きしたいことがあります。質問に答えて頂けるかしら?」
「なっ、なんだ、お前! ど、どこから出てきやがった?」
「質問しているのはこちらです。今あなたが口にしていた『赤狼』について知っていることを全て答えなさい」
「何言ってんだ、ガキ! 手を放せや、これ以上は遊びじゃ済まねえゾ、コラ!!」
喋る気が無さそうな誘拐犯を見た私は、首に手をかけて少し力を入れる。
「……ア゛ッ…… ガッ……」
私は首にかけた手の力を抜いて誘拐犯が喋れるように改めて確認した。
「お猿さんには人間の言葉が通じないのかしら? 『赤狼』について知っていることを全て話してくださいと言っているのです。」
「ア゛ァ゛ッ? ガキィ! なんでテメエが『赤狼』の旦那を知ってるかはわからねえが、いまなら母親を犯るくれえで許してやる。これ以上は親兄弟をテメエの目の前で殺すことになんぞ、どけってんだよ!」
「あなた、思った以上に素人さんなのですね。脅しのやり方が全く分かってないのかしら? こういう反抗するお馬鹿さんには身体に聞くのが一番なのですよ」
私は押さえつけていた手の人差し指を握ると躊躇いなく関節駆動域の真逆に思いっきり倒した。
拍子に鳴り響いた乾いた音が静まり返っていた部屋中に蔓延した。誘拐犯は苦痛の表情を浮かべ、私はそれを見て笑みを浮かべていた。
「しょっ、正気かああああ! テメエエエエ!」
私はもう少し意地を張る気概は見せてくれる予想をしていたけど、受け答えが想定と違っていて誘拐犯の言動と表情に余計に可笑しくなってしまった。
「あら、骨の一本でこの様とは…… あなたやはりこの仕事向いていないのではなくて? それに、まだ喋りたくないならそれでも結構。まだ手と足合わせて十九本残ってますから」
誘拐犯は青ざめた表情と脂汗を流しながら震えだしていた。
「別に話したくなければそれでもいいのですよ? 残り十九本全てへし折られて無理やり吐かされてから衛兵に突き出されるか、今のうちに吐いて他の骨は無事なまま衛兵に突き出されるかの二択です」
「わ、わかった。話すから、これ以上の骨は勘弁してくれ」
「賢明な判断をして頂いて安心しましたわ。では、こちらからひとつ確認します。『赤狼』とは『赤狼の牙』の事で間違いないですか?」
「そ、そうだ」
「わかりました。やはり間違いではないようです。『赤狼の旦那』とやらについてお話しいただけますか?」
「あぁ、仕事がなくて困っていた時に酒場で話しかけられたのがキッカケだったな」
彼が語った内容によると、赤狼との出会いから仕事の斡旋について、仕事が完了した後の物資と金銭の交換などの話を聞いた。
「なるほど。仕事…… 今回で言うところのそこで眠っている少女の誘拐をしてガルカダの南東にある森の中の小屋まで連れて行ってあなたは代わりに金銭を受け取るという事ですね。ちなみに何故あの少女を狙ったのか聞いてもよろしくて?」
「あの娘じゃなきゃいけないって訳じゃねえさ。年頃の娘であれば誰でもよかったんだ。たまたま人気の少ねぇ場所にあの娘と弟らしきガキがいて、周りには誰もいなかったから仕事がしやすかっただけだ」
「そして捜索に当たった私に出くわしてしまったという事ですね」
「とんだ厄日だぜ、お前さんみたいな見た目が幼女で中身が魔獣とはな」
「あら、魔獣呼ばわりとは淑女に対する評価ではありませんわね。それで、仕事が上手くいった場合の取引はいつを予定していますの?」
「明日の夜だ。だから出来れば早め、つまりは今日の内に街を出たかった訳だ」
「わかりましたわ。では、あなたもそろそろお休みなってどうぞ。『睡眠魔法』」
私は眠らせた誘拐犯の身体を部屋で見つけたロープで縛り、少女を担いで救出した。
民家を出て、近くにいた衛兵に事情を説明して、誘拐犯がたまたまあの部屋で眠っていることにして確保してもらった。
その後、詰所にいるであろうナナと少年の元に姉を送り届けた。
「おねえちゃあああん」
「マークも無事でよかったわ。助けて頂きまして本当にありがとうございました」
「いえ、姉弟共に無事でなによりです」
よしよし、姉弟も無傷だったし全てがまーるく収まった…… と思いきや、ナナさんが怒りの表情でこちらを見ている。
「お嬢様? ナナとあれだけ約束して頂いたはずですよね? ぜーったい危険な真似だけはしないって」
「ナナ、聞いて頂戴。偶然にも誘拐犯の居場所を特定してしまったら、何故か偶然にも誘拐犯も女の子も二人とも寝ていたのよ。そして、意を決した私は女の子を連れ去り、衛兵に伝えたってわけ。何もおかしなことはないでしょう?」