どうも、ごきげんよう。自称・裏の森番人令嬢マルグリットです。
あれから三カ月ほど裏の森で訓練を重ねて、三十分は全力が出せるようになりました。魔力も増えてるし、順調だね。
顔…… ではなく、ボディーをやられて悶絶する回数も徐々にではありますが、減ってまいりました。
さて、今日は久々のマルグリット的休日。
そう、身体を酷使するばかりが訓練ではありません。ちゃんと身体を休める事も必要なのです。
そして今日は待ちに待ったロマンス小説の新刊が出るので本屋さんに行く予定なのです。
「お嬢様~、そろそろお時間ですぅ」
「今行くわ」
今日はお父さま、お母さまとお兄さまの家族みんなで一緒に本屋にお買い物が出来るのですっごい楽しみにしてました。
玄関まで行くと既にお母さまとお兄さまはまだ…… じゃなくて既にいらっしゃるじゃないのよ~
『自称・家庭内ヒエラルキー最下層(自分調べ)』に位置する私が待たせる立場なんて恐れ多い。
「す、す、す、すみません。お待たせしました」
「あらあら、マルグリットちゃん。そんなに急がなくても大丈夫よ~」
「僕たちが早く来ただけだからね」
「馬車の準備が整いました~」
「ありがとう、ナナ」
馬車に乗るのはあの日以来か……。
「あれ?そう言えばお父さまがいらっしゃらないようなのですが?」
「お父さまはお仕事があるからね、一緒には行けないんだ」
「そうなのですね。残念です」
私のガッカリ感が伝わったのか、お父さまが途轍もない勢いで書斎から出てくるではありませんか。
「マルグリットオオオオオオオオオ、パッ、パパを置いていかないでくれえええええ」
お、おとうさまも落ち着いて。大の男が大声で五歳の娘に抱き着いて泣きわめかないで頂きたいのですけど。
使用人たちが顔では笑ってるけど、口元が引きつってますわよ。もう少し威厳を保ってくださーい。
もしかしたら私の『自称・家庭内ヒエラルキーは最上位(自分調べ・改訂版)』かもしれない。
「お、お土産を買ってきますから、楽しみにしててくださいね。お父さま」
私たちは泣きわめいているお父さまをその場において馬車に乗り込むことにした。
いい加減、泣きわめくのをやめて書斎にお戻りください。お父さま。
馬車に乗るとどうしてもあの日の事を思い出してしまう……。
フィルミーヌ様、イザベラ……。
いけない、いけない。ずっとこんな気持ちじゃ、救えるかもしれない命がまた救えなくなってしまう。気合を入れるのよ! マルグリット!
「フフッ、マルグリットは忙しいね。切なそうな顔をしたり気合入れたような顔つきになったりね。君、本当に変わったんだね。何があったのか聞いてもいいかな?」
うう、恥ずかしい。お兄さまに見られていたことに気づいてなかった。
「あら、お兄さま。乙女の心にずかずか土足で踏み入ろうだなんて、紳士としあるまじき行為ですわ」
十三年後に死んじゃうかもしれないんですっ、てへぺろ。
なんて言えるわけがない。
「そうよ、クリストフ。あなたの好奇心旺盛な所は褒めるべきなのでしょうけど、レディに対する行為としてみれば褒められたものではないわ。あなたはもう少し女性に対する接し方も勉強しないといけないわね。……そうだわ。今度ジョニエ伯爵夫人とのお茶会があるのよ。あなたはそれについてきなさい。あとで夫人にお手紙を出しておくわ」
「なっ! お母さま、お待ちください。僕にはまだ早いと言いますか、まだ心の準備がと言いますか」
「ダメよ。今のマルグリットちゃんとのやり取りでわかりました。あなたがもっと多くのご令嬢と関わる機会を積極的に設けることにしますからね」
「そんなぁ~」
あら、お兄さま、残念ですわね。私の心を踏み荒らそうとした罰ですわ。精々苦手なご令嬢たちと戯れてくると良いですわ~。ウシシッ。
「マルグリットちゃん。あなたもよ。その『ウシシッ』みたいな表情はやめなさい。顔に出過ぎです。あなたもお茶会に連れて行った方がいいのかしら」
ひえっ。お母さまがチラリとこちらを見てくる。お兄さまを心で笑っていたら、自分が笑えない事態に。私は鍛えないといけないんです。貴族令嬢やってる場合じゃないんですよ。いえ、貴族令嬢なんですけどね。
「……マルグリットちゃんはまだ五歳だからもう少し大きくなってからで遅くはないでしょう。でも、どこかのタイミングで必ず連れて行きますからね」
危ない。とりあえず危機は去った。いや、でもそのうち連れていかれるから去りきってはいないんですけどね。
っと、そんな会話をしていたら本屋についた模様。
フフフ、私は既に購入予定の本が決まっているのです。売り切れていなければいいのだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本屋の中に入った私はとりあえず大きく息を吸い込む。この本屋独特の香り、たまらない。
これ以上はいけない、本屋でバッドトリップをガンギマリさせてる場合じゃない。目当ての場所に急がないと。
「さて、ロマンス小説の新刊は…… この辺かな…… えーっと…… あ、あったあった、これこれ。『国外追放された令嬢は筋肉特盛マッスル騎士団に溺愛される。~元彼ピが今更戻って恋なんてハイパー土下座タイムを使っていたら、通りすがりの赤い仮面のおじいさんに「判断が遅い!」と平手打ちされていた件~』。あっぶな、残り一冊だったわ。間に合ってよかったわ」
せっかく本屋に来たのだから他にも良さそうな本がないか物色することにした。本の虫たる私のジャケ買いのセンスを甘く見てはだめ。脳内にビビッと来た作品は満足のいくものばかりよ。
「ムムムッ、これだわ!名作の匂い! コホン、『H級冒険者の俺! 頼んでもねえのに助けたメス共(※獣人も王女もエルフも忘れんなよっ!)が片っ端から抱いてくれとせがんでくる。やれやれ、モテたくもねえのにモテちまう俺様はとんだバッドガイだぜ!』」
う、うーん。間違いなく名作なんでしょうけどタイトルに年齢不相応の文字が……もしかして十五歳未満禁止だったりするのかしら……ゴクリンコ。 お母さまに見せたら鼻の長い赤い仮面を被って『購入は早い!』って平手打ちが飛んできそうだわ。残念だけど自分で稼げるようになってからこっそり買いに来ましょう。
私はウッキウキでお兄さまとお母さまの所へ向かう途中で、普段目に止めることもないはずのコーナーがやたらと気になってふと立ち寄っていた。
「なんだろう、ここ。絵本コーナー? どうして私ここが気になったんだろう……」
私は何故か無性に目を奪ってくる一冊の本を手に取っていた。
「これは……『いせかいのおうさまとよにんのわかもの』…… 作者の名前がないわね。なんだろう、中身を確認しようにも封がされてる。魔法印かしら。珍しいわね、普段ならお客が中身が少しわかるように印はしないものだけど」
魔法印とは報告書や研究成果の様な特定の人間に見せるまで封印をしておくものだけど、本屋の書籍に使われるなんて珍しいわね。購入するまでは見せたくない何かがあるってことかしら。
私の肉体年齢であれば絵本を購入することは不思議ではない事だし、購入してみましょう。
お金を出すのは私ではないしね。ウシシッ。
「お母さま、お兄さま、決まりましたわ~」
「どれどれ、マルグリットが絵本だなんて珍しいね。普段なら年に似つかわしくない書籍を選んでくるのに。もう一冊は…… うん、いいや」
お兄さまって何で恋愛もの苦手なんだろう。こんなにも心が締め付けられ、揺さぶられるというのに。勿体ないわ。やっぱりお母さまと一緒にお茶会に参加してもらって女性のなんたるかを学んでいただきましょう。
そして私はお兄さまを餌にして逃げ続ける! コレだわ! かんっぺきな作戦ね!
「あら、マルグリットちゃんの持ってきた本も面白そうね。読み終わったらママにも読ませてね。ちなみにママが買うのはこれ!『H級冒険者の俺! 頼んでもねえのに助けたメス共(※獣人も王女もエルフも忘れんなよっ!)が片っ端から抱いてくれとせがんでくる。やれやれ、モテたくもねえのにモテちまう俺様はとんだバッドガイだぜ!』」
あっ、それは私がさっき購入候補に入れていた本! くぅー、お母さまに先手を取られるなんて思わなかったわ。でももしかしたら交換可能かもしれないわ。
「お、お母さま。もし、よろしければ読み終わった本を交換いたしませんか?」
「そうしてもいいんだけど…… うーん、やっぱりマルグリットちゃんには少し早い内容かしら。大人の情事だもの。もう少し大きくなったら読んでもいいわよ。その代わりに、他のおススメの本をいくつか貸してあげるわ」
五歳の娘に情事っていうな、せめて恋愛と言って濁せ。こうなったら、お母さまが外出したスキを狙って、読むしかないわぁ。なんて考えていたのも束の間
「マルグリットちゃん、先に言っておきますけど、ママが外出した際に読もうと思っても無駄ですよ。ちゃーんと、マルグリットちゃんが私の本棚から何を持ち出したのか聞いておきますからね」
超能力者かな? お母さまも人の心を読むのやめてほしいわぁ。
「表情に出過ぎだと言ったでしょう。本当に頭はいいのに変な所で間が抜けているのよね」
間が抜けている? それすなわちマヌケ。 クッ、否定できないことろがまた、悔しい。
というか娘に対して言う言葉ではないと思うのですが、お母さまは本当に笑顔でナイフを突き立ててくるなあ。アイアンハート令嬢マルグリットじゃなかったらショック死してますよ、本当に。
「とりあえず購入しましょうか。今手元にあるので全部でいいわよね」
「「はーい」」
「店員さん、これらを頂きたいのだけれども」
「はい、かしこまりました。包みますので少々お待ちください」
私は絵本の魔法印の事を思い出して店員に尋ねてみた。
「すみません、この中にある絵本に魔法印が掛かっているんですけど、何のために掛かっているんでしょうか?」
店員は絵本を手にすると、表と裏を繰り返し確認して、頭を捻っている。
「あれ、なんだろう…… こんな商品あったかな? でも掛かっている魔法印はうちの書店のもので間違いないですし、印は解除しておきますね」
不穏な単語を口走っていたことを私は聞き逃さなかった。『こんな商品あったかな?』
「店員さんの私物ってわけじゃないんですよね?」
「それはないですね。この魔法印は基本的に店の商品にしか使わないものなんですよ。私も全ての商品を記憶しているわけではありませんし、どこかで取り寄せたのかもしれません」
「そうですか、わかりました」
「包んでしまってもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
目的の本が手に入って絵本の存在を既に半分忘れかけていた私はホクホクしながら帰宅するのだった。