「何故そう思ったのかお聞かせいただいても?」
「最初から怪しいと思ってましたよ。クララの魔力暴走に関する話を聞いた後に貴方と出くわしてからね」
「それだけでは疑う根拠にはなり得ないかと思いますが……」
今更何を言い逃れしようとしているのか…… 私の事を殺そうとしていた癖に。
「まあいいでしょう。折角ですから貴方の聞きたい事も全部教えてあげましょうか。まず今回最初に第三者が関わっていると確信したのはクララの魔力に直接触れた時ですよ。それまでは本人から話は聞いていても疑惑段階でしたけどね」
ペトラは「何故それだけの事で理解したのか?」とでも聞きたげなのか当の本人はまるで理解できていないようだった。
やはりこの女は魔法に関してはド素人だ。ついつい大袈裟にため息をついてしまったが、そりゃ無意識にでもそうなるよ。
この程度の輩にクララ達は良い様にされていたんだから……。
「貴方はまるで魔法について理解していない様なので簡単に教えて差し上げますわ。理解できないままだと収まりも悪いでしょう? 魔力とは本来自分の体内に流れている訳ではないのです。必要な時に必要な分だけ抽出するんです。慣れてしまうと無意識的に必要な分を勝手に補充してたりするんですけどね」
「そ、それが何だと言うんです? それを知っている事とお嬢様の魔力暴走に第三者が関わる事の因果関係がどうしてあると言い切れるんですか?」
「せっかちなのは感心しませんわね。まあいいでしょう…… 一言で言ってしまえば私と出会った当初のクララ本人では魔力暴走を引き起こす事ができなかったからに他ならない。
それは何故か? 彼女が魔力暴走を引き起こす為に必要な膨大な魔力を自身で補う事が出来なかったからです。にも拘らず彼女は魔力暴走を起こした。
もうお分かりですね? まだ素人の彼女が魔力暴走を引き起こすには彼女以外の第三者が関わらないと絶対に無理だったという事です。
クララから当時の状況を確認しました。あの場に居たのは彼女の母親と家庭教師のみだったそうですね。おかしいですね……
普段クララにつきっきりの貴方はあのタイミングだけ傍を離れていた。それは貴方が魔力暴走の巻き添えを食らう事を恐れたからです。違いますか?」
「そ、それは奥様から急な仕事を依頼されたからです」
「この場に居ない人を利用した言い訳は結構。既に裏は取っています。貴方はクララのお母さまに別の方から頼まれ事があると言ってあの場を離れたそうじゃありませんか」
「どうしてそれを? というより、いつの間に奥様に接触をしたというのですか?」
「クララのお母さまと私のお母さまは学生時代の友人関係があって既に繋がりもあった。だから接触も難しくない。そしてその段階から最も容疑者に近かった貴方の事も調べさせて頂きました。当家には優秀な密偵がいますのでね。そしたら何と! 貴方はあのゲンズブール辺境伯領出身だというじゃありませんか」
「わ、私がゲンズブール辺境伯領出身である事がどう魔力暴走事件と関係すると仰るのですか?」
「確かに直接ではありませんね。ただ…… いくつか共通点がありました。その共通点に合致している人物が一人だけいます。それがペトラ…… 貴方なんですよ。
先程も言いましたが、貴方は魔力についてはまるで理解できていない。ですが、実際あの魔道具の仕組みも知らずにあの魔道具をクララに着けた。
あれは身に着けた者の魔力を強引に限界を超えて引き出す為の魔道具ですね。恐らくはあの前家庭教師もその事に気付いていたでしょう。だから貴方はあの家庭教師を始末した。
しかし、ここでいくつかの疑問が残ります。魔力に関して素人の貴方が『前家庭教師が気付くかもしれないから始末しよう』という発想にはまず至らないはず。にも関わらず貴方に殺されている。
ちなみに前家庭教師が殺される直前に貴方が彼に会いに行っていたのを目撃した人物から証言を取っているので言い逃れは出来ませんよ。
何故魔力暴走を引き起こす必要があったのか? あの魔道具をどこから入手したのか? 何故家庭教師を殺す必要があったのか? についてですが、こう仮定すれば答えは出るんですよ。
貴方は誰かにそうする様に命じられていたから……
貴方は裏にいる人物にただ言われるがままに渡された魔道具を使ってクララの魔力暴走を引き起こして、家庭教師を殺した。
そしてゲンズブール辺境伯も家庭教師と同様の傷を負っていた事から同じ人物からの依頼で同様の手口で殺した。
貴方は先ほどこうも言いましたね?「あの人を支えるのは私一人でいいんです」と…… 魔力暴走を起こして使用人達から敬遠される事を予め予測していた貴方はそうすることでクララを自分に依存させる事ができる。それが貴方の望みであるならそれを叶える為にその人物の依頼を遂行した。
違いますか? 答えなさい! ペトラ」
先程まで言い訳して落ち着きのなかったペトラはやけに落ち着き始めてジッと私の事を無言で見つめている。
なんか気味悪いな…… と思った次の瞬間、突如不気味に「クックック」と笑い出した。
ヒエッ、私ホラーが苦手だから暗がりのしーんとした室内でそういう笑い方止めて欲しいんだけど。
「クックックッ…… なるほどですね。そこまでちゃんと調べられていたんですね。ほぼマルグリット様の仰る通りです…… が、一点だけ訂正させて頂くとするならゲンズブール辺境伯に関しては『私自身の意思で殺した』という事でしょうか」
え? さすがに今の話は理解できなかった。辺境伯領の村出身とは聞いてるけど、そんな直接殺したくなる程に辺境伯に関りがあったという事かしら?
ただの村人が? 全然わからない。本人に聞くしかないわね。今なら話してくれそうだし……。
「ただの村人だった貴方自身の意思で辺境伯を殺したくなる程の動機なんてあるのかしら?」
「マルグリット様はグラヴェロット家のご令嬢ですから、南端に位置するグラヴェロット領では北端に位置するゲンズブール辺境伯領の情報が中々降りてこなくて当然だと思います。だから貴方はあの領の実情を知らない。あんな男…… 死んで当然なんですよ」
突然殺気の籠った声で過去を振り返るペトラ…… 意識的にではないでしょうに、過去を思い出して怒りが爆発したのだろうか。
彼女が生まれ育った場所で一体何が起きたのか。
「話してくれるという事でいいのかしら?」
「はい、ここまでバレていては隠す理由もありませんからね…… ではお話ししましょう。あれは今から一年半ほど前の話になります」
ペトラの過去が今明らかになる。人の過去ってちょっとドキドキするわね。
私の生まれはエシリドイラル王国の北端に位置するゲンズブール辺境伯の中でも最も北に位置する寒村なんです。
そんな場所に位置していますから、夏は短く気温がそこまで上がる訳でもありません。
また、冬は長いためとにかく寒い時期が多く生きるだけでも大変です。
土地もやせ細っており農作物の育ちもあまりよくありません。
他の領の事はあまり知りませんが、税は八割と生活がまともに生活する事も出来ずとても苦しい日々を過ごしておりました。
それでも…… 家族が、村のみんなが無事に生きていけるなら耐えていけると思っていました。
運命の日が来るまでは……
今から一年半ほど前の事です。この年は不作で例年納められていた収穫量の四割程度しか出荷できませんでした。
その内容に脱税を疑った領主様の監査官だけでなく領主様ご本人が自ら監査に来たのです。
領主様は村に到着し、馬車を降りるなり村を一通り確認した後に村長宅で今回の収穫量について直接ご報告することになったのです。
「今までは毎年キッチリ既定の収穫量は問題なく納められていたはずだが、今年に限って大分少ないようだな。」
「はい、今年は例年よりも日照時間が短く思ったより作物が生育しなかったのだと思われます」
不作による納税不足はちゃんと理由さえあれば控除して貰えるはず。理由なき納税不足は追徴される恐れがあるし、虚偽申告なら以ての外で下手すると極刑だってあり得る。
「監査官! 真偽の程はどうか?」
監査官も領主様もクスクス含み笑いをしながらこう言うのです。
「いいえ、今年は例年通りの気候であると記録されております」
「やはりな。虚偽申告は重罪であるぞ」
そ、そんなはずはない。だって私も今年は随分空が晴れた日は少ないと思っていたから…… 普段は今年の天気は何が多かったかなんて考えもしない村の皆も「今年は曇りが多いよねえ」とか言っていたくらいなのに。
なんでそんな嘘をつくのですか? まさかお父さんを処罰するためにこんな嘘を?
いや、でもそんなメリットないはず。領主様だってしっかり納税してくれた方が嬉しいはずだし、余計な諍いを起こす理由なんてないはず……。
わからない。そう考えていた時に領主様が口を開いたのです。
「ではこうしよう。今年の不足分は来年に上乗せしてもらう形で納税してもらうが、虚偽申告はイカンよなあ? 本来であれば極刑として村長一家の首を貰うところだが、優しい私は君達に慈悲を与える事とするよ」
何か条件を付けるという事? 虚偽申告扱いされてショックのあまり俯いていた私は領主様から向けられていた視線に気付いていなかったのです。
「村長の娘を私が貰い受ける事が条件だ。妾になれば虚偽申告についてはお咎めなしとしてやろう。ンン? 悪い条件ではあるまい」
もう理解が追い付かない。この人は一体何を言ってるのだろうか?
私が領主様の妾? 私の身柄が狙いだったとでも? 意味がわからない。私はただのどこの村にでもいる娘でしかないというのに……。
そう思って領主様に視線をやると、とても言葉では言い表す事の出来ない程に背中に怖気が走る表情を見てしまった。
こんな人の妾にされたら私は一体どうなってしまうのか……。 そう思っていた時にお父さんの言葉を聞いて我に帰ったんです。
「お、お待ちください。娘だけは…… 娘だけは何卒勘弁して頂けないでしょうか。他の事であれば何でも致しますから」
「ハァ…… 言ったよな? 本来であれば重罪で村長一家の首を貰うはずだったとな。だが、慈悲深い私はお前の娘の身柄一つで済まそうとしているのだ。この有難みが何故理解できない。所詮は学の無い人の皮を被った家畜という事か」
お父さん…… 身体を震わせている。侮辱に耐えているのか、代案を考えているのか…… 仮に代案があったとしても領主様はあの手この手で私を妾にしようとするでしょう。となれば、私にはもう選択肢は残されていない。それにこれ以上時間をかければその分村のみんなに嫌がらせをされるかもしれない。迷惑をかける前に決断するしかないと考えました。
「お父さん、私行きます。領主様の妾になります」
「なっ! 待ってくれ、ペトラ。もう少し何か……」
「ほう、娘は随分と聞き分けがいいようだ。」
領主様はまるで獲物を見る獣の様な視線で私を捉えていました。
私はお父さんが、みんなが心配しない様に虚勢を張る事しか出来ませんでした。
「大丈夫です、お父さん。私が行けば村の皆に迷惑を掛けずに済むから。領主様も約束してください…… 私が貴方様の妾になりますから村のみんなを助けてくださると」
領主様は舌なめずりしながら私の身体の全身を隈なく見ると「楽しみだあ」という小声で呟いた内容を聞き逃しませんでした。
この人の一挙手一投足が生理的に受け付けない。でも我慢するしかない。私がこの人を抑えられれば村の皆は助かるのだと思っておりました。
「いいだろう、お前と村の連中が私の言う事をちゃんと聞く限りは村に手出しはしないと約束しよう」
「ペトラ…… すまない」
私はこの日を最後に村を出て領主様の別館での生活が始まりました。
毎日ではないにせよ定期的に領主様は私の元に足を運ぶようになりました。私の事なんて気にしないで欲しいのにという淡い期待など抱くだけ無駄だったのでしょう。
領主様は暴力に性的興奮を覚える方の様で、私に散々暴力を加えた後で興奮滾ったモノで私をベッドに押し倒すのです。
どのくらいの時間が経過したのか…… 領主様の口から洩れる荒い息遣いを聞こえないフリして私はただ天井を見つめながら『明日は領主様は来ないはずだから何をして過ごそう』と他の事を考えるようにしました。
今行われている目の前の地獄からせめて頭の中だけでも逃げ出したかったから。
それから一カ月が経過した頃……
別館で働いているメイド達が立ち話をしている内容が偶々私の耳に入りました。
その内容は私にとって信じられない内容でした。
いつもであれば立ち話をしているメイドを咎める事などはせずに聞かなかったフリをするのですが、今回はそういう訳にもいかずメイド達に掴みかかる形で問いただしました。
「領主様が私の故郷の村に多数の兵士を送ったというのは本当なのですか?」
メイド達は「しまった」と言う表情で「い、いえ…… そんな様な話を人伝に聞いただけで本当かどうかまでは……」と言っていました。
そんな…… 話が違う……。村に戻ってみんなの様子を確かめたい。
だけど、私がその立ち話を聞いてメイド達に詰め寄ったのを他の人も見ていたせいか、抜け出す事を予測されてしまいその日の夜から警備がいつも以上に厳重になってすぐに屋敷を飛び出す事が出来なくなりました。
私は居ても立っても居られなくなり、なんとか抜け出そうとしましたが厳重な警備の目を掻い潜るまでに時間を要しました。
ですが一週間ほどしてようやく警備パターンを把握することが出来てコッソリと屋敷を出ることが出来たので一人故郷に向かう事にしたのです。
そこで私が目にしたものは……。
見張りの目を盗んで屋敷を抜け出してから故郷に到着するまで一週間ほどかかりました。
追手が来ることを考慮して気付かれにくい道を進んでいたせいで大分遠回りしてしまいました。
途中に立ち寄った村で村人が私の村について語った内容について耳に挟んだ所、やっぱり別館で聞いた話は本当だったんだ……。
急がないと……。
寝る間も惜しんで出来うる限り、兵士たちに見つからない様に移動してようやく村が見えてくる辺りまで来た所、嫌な予感は的中してしまいました。
焦げ臭い匂いがしたんです。私が抜けだして経過した日数から考えても到着したのは数日前、それでこれだけの匂いがするということは……。
私が見た村の光景は最早人が嘗て住んでいたであろう成れの果てでした。
燃やせるものは全て燃やし、壊せるものは全て壊したであろう村の残骸。
その周辺には人間の死体、死体、死体。
毎朝挨拶してくれたおじさん、いつも旦那の愚痴を言っていたおばさん、私のスカートを毎日の様に捲ってくる悪ガキ、それを咎める同年代の女の子…… みんな、みんなが物言わぬただの肉塊になっていたんです。
何故? 何故? 何故? 何故? 何故?
私の身柄と引き換えに村を助けてくれる約束じゃなかったの? 自分の見ている光景が本当は悪夢なんじゃないかと思える程に絶望的な光景。
老人も大人も子供も容赦なく刃を突き立てられた惨劇。子供達は一か所に集まってしゃがんで頭を伏せた姿で槍が突き立てられている。
この世に地獄があるならば私が見ているこの光景こそがそうなのだろう。
気が狂いそうになった私に一欠片でも理性が残っていたのは家族の状況を目の当たりにしていなかったからです。
絶望した状況でしかない。それでも――家族の安否をこの目で見るまでは信じない、いや信じたくないだけ。
私は実家である村長邸まで走りました。案の定、実家も崩壊していましたが周辺にお父さんとお母さんの死体はありませんでした。
このまま見つからなければいい、どこか別の場所に逃げていてくれればいいと思ってと思いました。
崩壊した実家の瓦礫をどかしていたらそんな希望は一瞬で砕け散る事になりました。
お母さんを庇う様にして絶命していたお父さんの姿を見つけてしまったから。
「やだ、やだ、お父さん…… お母さん…… 嫌だよぉ……」
私はその場で泣き崩れてしまい、暫くお父さんとお母さんの死体に抱き着き動くことが出来ませんでした。
散々泣いた後、不思議と冷静になって現状について考えだしました。
「どうして……? いくら濡れ衣を着せたからって何も自領の村人を皆殺しにするなんて……」
やっぱり変だと思ったんです。自領の村を潰したら税収が減ってしまう。
私を手に入れた事、翌年分の税収の上乗せは約束していたはず…… 領主として何の問題もなかったはず。
それを放棄してでもこの村を壊滅させなければならない理由があった?
そんなことを考えながら村の皆を埋めてあげないとと思い、動かなくなったお父さんを見つめていたら手に何かを持っている様な姿勢になっていることに気付いたんです。
正確には握りしめていたんです。お母さんを庇いながら不自然に隠す様に手を内側に入れていたから違和感がありました。
手のひらの中には一枚の紙がありました。兵士が来たことに気付いて急いで殴り書きしたであろう紙には私の名前が書かれていたことから私宛だということがわかりました。
その内容は、今回の件を隣領の領主様に協力を求めに行こうとした所でそれが領主にバレて兵を差し向けられてしまったこと。
私を売るような事になった事に対する謝罪と後悔が書き記されていました。
何故こんなにあっさりとバレてしまったのか…… それは恐らく村の中に領主の放ったスパイがいたから。
ずっとお父さんの動向を探っていたに違いない。きっとスパイは死体で上がらなかった人間に限られると思うと考えた私は村の皆を埋葬すると同時に見つからなかったのは誰か確認しました。
時間が掛かりましたが、ようやく判明した死体として上がらなかったのは三人……
よりによって…… 『幼馴染とその家族』だったなんて……。
元々は幼馴染――タチアナの両親が領主の手先だったと思いますが、恐らくタチアナも両親からスパイとして仕込まれていたのでしょう。
私達をこんな目に会わせておいて自分たちはのうのうと生きているだなんて許さない…… 絶対に!
埋葬が終わり、無事な食料を集めて私は村を後にしました。