悪役令嬢の番犬~かつて悪役令嬢の取り巻きだった私は敵になってでも彼女を救ってみせる~

「はぁ…… いいかい、小さなレディ。私たちはこれから国の未来を考えた話し合いをしなければならないんだ。だからおままごとは他でやりたまえ」

 サイモン?は呆れた表情でフィルミーヌ様の腕をつかもうとする。婚約者がいる女性に対する扱いじゃない。と、と、と、止めないと

 私は腕を広げてフィルミーヌ様を庇う様にサイモン?とフィルミーヌ様の間に割り込む。
 
「め、め、め、迷惑です。フィ、フィルミーヌ様には、そ、その…… こ、婚約者がい、い、いらっしゃるんですよ。か、か、か、関係ない男性がさ、触ろうとしないで、く、く、ください」

 言っちゃったー、もう取り返しがつかなーい。サイモン?が怒りのオークの様な表情をしているー! ていうか本で見たオークそのものだー
 
「こ、このクソガキ」

 あー、わたし死んだかも…… さようなら、お父さま、お母さま、お兄さま、先立つ不孝をお許し……
 
「何を騒いでいる!」

 ハッ、先生の声?
 
「あ、あ、あ、あの! こ、こ、このオーク……じゃなくてさ、サイモン?様がフィ、フィルミーヌ様に手を出そうと」

 フィルミーヌ様は私の言葉を一言一句きっちり聞いていたみたいで『オーク』という単語に反応して口に手を当てて声を殺して笑っている。
 
 イザベラさんも笑いを堪える為か壁に頭を打ち付けている。令嬢のすることじゃないよ、それ。
 
 完全に失敗した。オーク(多分)を見てみると顔を真っ赤にして私を睨んでいる。先生がいなかったら、ここでオーク(候補)に絞殺されていたに違いない。
 
 先生は状況を理解したのか、ため息をついてサイモン?を『コイツ、またかよ!』みたいな表情で見ながら呆れている。
 
「サイモン君? 君はこっちに来て私の仕事を手伝いたまえ」

「なっ、先生!違うんです、これは」

 オーク(ほぼ確定)は動揺しながら先生に言い訳をしようとするが先生が制止する。

「二度は言わん、早くしたまえ」

「クッ」

 オーク(確定済)は忌々しそうに先生についていく際に私の横を通り過ぎると私だけに聞こえるように小さな声で話しかけてきた。
 
「覚えておけ」

 ひえええええ、私やばいのに目をつけられちゃったかも…… ど、ど、ど、ど、どうしよう。や、や、やっぱりグラヴェロット領にか、帰るしかあああああ
 
「フフフッ、あなた、面白いのね。人前で笑ってしまうなんて淑女としては反省しないといけないわね」

 イザベラさんはフィルミーヌ様の肩に手をおいて『今のは仕方ない』とでも言いたそうに満面の笑みで頷いている。

「私の前に立ってくれた時、とってもかっこよくて素敵だったわ。騎士様かと思ってしまったもの」

 き、騎士? わ、わたしが? で、でもわ、わたしにとってはボッチから救ってくれたフィルミーヌ様こそが私の騎士様だから……
 
 そんなわたしでもフィルミーヌ様のお役に立てるのであれば騎士になりたい。お役に立ちたい。か、変わりたい
 
 違う、変わらないといけないんだ。わたしがフィルミーヌ様の本当の騎士になるために!
 
 この日を境に私は体を鍛え始めたのだ。願いを現実にするために
 
 
………
……



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「戻りました。」

「どこから?」

 フィルミーヌ様は不思議そうな顔をして私を見ている。私の事を見つめたまま時が止まってしまえばいいのに。と、思ったことは一度や二度はありません。
 
 しかし、このままではいけない。妄想から戻りましたなんて恥ずかしくて言えない。一旦無理やりにでも話をそらさないと。

「パラスゼクルについたら、生活費をまずは稼がないといけませんね」

 私は国を渡った後の事を考えなければならない。フィルミーヌ様に不自由な生活などさせられない。可能な限りお金を稼いで、できる限り良い宿泊施設にお連れしないといけない。
 
 そして、ここで間違えてはいけないのが、泊まる部屋は一部屋。ベッドは二つの部屋。何故って? 一つはイザベラに使用してもらって、もう一つは「フィルミーヌ様を(ベッドの中まで)お守りしないといけませんから」とかいいつつ一緒のベッドに入っちゃう的な?
 
 フフッ、フフフッ、かんっぺきね!なーてんいう考えをしていたらイザベラに肩を叩かれた。
 
「ん? どうしたの? イザベラ?」

 イザベラは諭すような顔をして首を左右に振り、私に訴えかけるのだ。『黙っておくから考えを改めなさい』とでも言いたげだ。私の心を読まないで貰えますか?

「せめて実家によって自分のお金でも持ってこれればよかったんだけど、取りに行くこともできない状態だし。」

「大丈夫ですよ。私は冒険者登録をしてますから、すぐにギルドに向かって終わりそうな依頼を受けて、先ずは生活費をサクッと稼ぎましょう」

「あなたばかりに苦労をかけてごめんなさい。足を引っ張ってしまうわね。こういう時に何もできないなんて本当に情けない。」

 フィルミーヌ様は申し訳なさそうにしているが、とんでもない。あなたの為に働くことこそわが喜び。
 
 番犬たる私にお任せくださいと言おうか迷ったが、自ら犬呼ばわりとは負けた気がするので言わないでおこう。

「あれ、そういえば急に暗くなってきましたね。」

「そうね。今は森の中だから星の光も届かないし余計に暗く感じてしまうのかもしれないわね」

 不気味だ。嫌な予感がする。はっ、これはフラグか!

 そんなたわいもない話としょうもない考えををしていたところ、急に馬車が止まってしまった。
 
「「キャッ!」」

「!!!???」

 御者に文句のひとつでも言ってやろうと窓を開けてみたら御者台に誰もいない。
 
 どうして? 森のど真ん中で? 嫌な予感がすると思い、周りを探ってみるとやっぱりだ。人の気配はする。
 
 でも、これは…… 思ったより人数が多い…… とかいうレベルじゃない。

 木の陰から現れたのはどう見ても見た目も服装も汚らしい盗賊といえばいいのか。

 今目に見える範囲だけでも五十人はいる。気配自体はもっとある。
 
 リーダー格であろう赤い服を着た盗賊が前に出てきた。不気味にうすら笑いをうかべながら呟いた。
 
 
「荷物はいらねえから、命だけおいてけ」
 

あ! やせいの とうぞくがたくさん とびだしてきた!








 今いのちおいてけって言った? 荷物はいらない? パーティー会場からそのままやって来たから荷物はたしかにほぼないんだけど。

 何かの腹いせで通り魔しまくってるとか? 今考えても埒があかない。盗賊がなんであまり人の通らないここにいるとか考えている暇はない!どうにかして突破しないと! 
 
 最初に口を開いたコイツが盗賊のボスなんだろうか。他の連中は黒のシャツを着てるのに、一人だけ赤色で服装違うし、それに…… コイツ、間違いなく強い。ヘラヘラして、後ろに下がって部下に全部任せる気なんだ。その余裕のツラ凹ます。絶対にだ!

 それにしても数が多すぎる。なんとか進行方向の敵だけでも蹴散らして馬車を無理やりにでも進めるしかない!
 
「イザベラ! 御者台に乗って! 私が前方にいる邪魔な連中を蹴散らすから、思いっきり駆け抜けて!」

「!!!」

 私の言葉に反応したイザベラはすぐさま御者台に乗り移る。
 
 馬車のドアに近づく敵に気を付けながら馬車の前方の連中を倒さないと。
 
『魔力展開』

 私は肉体の限界まで魔力を張り巡らせて前方にいる敵に殴りかかる……
 
 
 
 が
 
 
 
 突然横からターゲットの盗賊を庇う様に腕が伸びてきて私の拳は止められた。
 
 コイツ、さっき後ろに下がったはずの赤服!いつの間に私の場所に?
 
「いってえな。なるほど、コイツは部下どもじゃ手こずりそうだわな。」

 正直に言って”盗賊程度であれば私の拳を止められるわけがない”と思っていた。
 
「どうしたよ? 目を見開いちゃってよ。まさかとは思うが、自分の拳は”盗賊程度であれば止められるわけがない”って思っちゃったか?」

 赤服は”正解だろ?”と言わんばかりに嬉しそうに頭上から私の表情を眺めてくる。
 
「それにお前、人間コロしたことねえだろ。その点、俺らは違えんだよ。金の為なら何でもやる。コロシもせずにこの場を切り抜けようだなんて甘すぎだろ」
 
 この状況で正確に図星を突かれた私は反論が何もできなくて睨みつけることしかできなかった。

「身体強化くれぇ、俺らにだって出来るんだよ! 十年以上、この道で食ってんだぜ? 数年鍛えた程度のお嬢ちゃんにやられるほど温くねえんだ、コッチはよ!! 聞いたことねえか?『赤狼の牙』って名前をよ?」

 『赤狼の牙』……聞いたことがある。十年程前にもグラヴェロット領にも現れたという当時は領内を散々荒らし回っていてお父様も頭を抱えており、累計すると途轍もない被害が出たって聞いた。グラヴェロット領からしたら最低だが最凶の集団だ。
 
 しばらくしてからめっきり聞かなくなったからとっくに討伐されたのかと思ってたけど、他の領を荒らしまわっていたってこと? よりによってこんな奴らを出くわすなんて最悪だ!
 
 赤服は私の腕を捩り上げて地べたに抑えつけた。
 
「ウグッ!!」
 
 なんて力なの、全く解けない。
 
「手前ら、コイツを抑えつけておけ。両腕両足をそれぞれ一人ずつ抑えつけろ。女だからと言って甘く見るな。」
 
「「「「ウッス!」」」」
 
「俺は今のうちに馬車の中の奴を処分してくる」

 赤服の発言で私の心臓が一気に跳ね上がった。

「ちょっ、ダメ!クッ!離せ!離せ!ハナセエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」











 
「ドアから離れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」











 赤服は私の言葉に耳を貸すどころかこちらを振り向き舌なめずりしながらドアを思いっきり開けた。










 
「オマエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ、フィッ!フィルミーヌ様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」









 
 馬車が上下に揺れている。












 
 馬車の中から声がかすかに聞こえる









 
「おい、暴れるんじゃねえ!」









 
「イヤアッ、マルグリット!イザベラ!たすけっ」










 その言葉を最後に馬車の揺れが収まった……
 
 
 










 赤服が馬車から出てきて私の目に飛び込んできたのは真っ赤に染まった斧……赤服は嬉しそうにフィルミーヌ様の血で染まった斧を私に見せつける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」















 
 嫌!嫌!嫌!嫌!イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!ダメ!ダメダメダメダメ!考えたくない!考えたくない!考えたくない!何も……考えられない……
 
 
 
 
 
 






 
 
 
 何も考えられない今の私ですら理解してしまったこと……

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうあの人の笑顔は見れない…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうあの人が語りかけてくれることはない…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もう……あの人の……温もりを……感じることは……できない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私の視界が一気に真っ暗闇に落ちていくように感じられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だが、何度生まれ変わってもこの日以上の最低最悪の絶望を味わう事は無いであろう一日の悲劇はまだ終わらない……。
 








 
 
「イザ……ベラ……?」






 どうしていいかわからない。どうしようもない状況で本能的に相棒の名前を呼び、我に返る。






「はっ、そうだ!イザベラ!イザベラはどこ?」




 
 
 私がイザベラの所在を確認した際に目の当たりにした光景はイザベラが二人の盗賊に頭を押さえつけられていた。近づいてくる斧を手にした男はイザベラを見下ろしていた。
 
 
 ま、まさかその斧をイザベラに?
 
 
 イザベラは必死に抵抗しようとするが、屈強な男二人に押さえつけられて、身動きが取れていない。
 
 
 
「嫌だ!嫌だ!いやだ!いやだ!イヤダ!イヤダ!やめて!お願い!お願いだから!!!!!!イザベラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 
 
 私の声を聞いたであろう斧を手にした男は私に目線を配りながら嬉しそうに口角を上げて斧を振り上げ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「マルグリット……。 ごめんね。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無常にもイザベラの最後の言葉と共に斧は振り下ろされる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イザベ……




 ラ……?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私は見てしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イザベラの首が体から離れる瞬間を私は目をそらさずに終始見てしまったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イザベラの首はこちらを向いており、口から血を流し、生気を失ったイザベラの目が私の目に飛び込んできた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私の頭の中で『ブツンッ』と紐が千切れたような音がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「フフッ、フフフッ、アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハHAHAHAHAHAHA!!!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーハッハッハ!」










 
「こいつ、イカレやがったぜ」

 私の声を聞き、表情を見た盗賊は引きつった顔をしながら私の方を見ている。

「アハハハハハッ、ハァッ…… オマエラ、イッピキデモオオクミチヅレニシテヤルヨ」
 
『魔力展開』
 
 許容範囲? 知ったことか、自分の身体の事なんてもう考えない。自分の身体がめちゃめちゃになろうが全魔力でとにかく拳をコイツ等に叩き込んでやる。
 
 私を抑えつけていた盗賊どもを気にせずに立ち上がる。盗賊は必死に私を再度抑えつけようと顔を真っ赤にして押し付けようとするが、今の私の方が力は上のようだ。代償として身体全身の関節も筋肉も嫌な音が鳴り響く。
 
 そして私の左腕にしがみついている盗賊をそのままごと左腕を振りかぶり、右腕にしがみついている盗賊の顔面に拳をぶつけて陥没させる。自分の左腕も悲鳴を上げておりブチブチ音が聞こえるが何も気にしない。
 
 そのまま振りぬいた左腕にしがみついている盗賊と目が合ったので頭突きを入れて顔面を陥没させたらピューピュー血が噴き出してるの。笑える。
 
 両腕が空いたので両足にしがみついている盗賊に脳天から拳骨を入れたら面白いように頭が凹み、頭から噴水のような血を噴き出している。
 
 私の拳からも血が噴き出しているが、それを舐め取ると近くにいた盗賊はその光景を見て後ずさりしている。
 
 私は気にせずにその盗賊に向けて話しかける。
 
「フフッ、ミテヨ、キタナイフンスイミタイダネ」
 
「クソッ、このイカレ女、手に負えねえ。もっと一度にかかれ!」

「そんなこと言われてもよ、こんな化け物に近づけってのかよ!ただの貴族令嬢じゃなかったのかよ!」

 私の身体を押さえつけていた盗賊はもういない。身体が自由になったのだ。最初に近づいたやつから殴られるのがわかってる。だから盗賊どもは躊躇する。

 全身が空いた私は顔を真っ青にして脂汗を流しながら化け物でも見ているかのような目で震えて棒立ちの様になっている盗賊どもを片っ端から殴り始めた。
 
 もう何十人倒したのかすらわからない。理解しようとも思わない。ただ、やり場のない怒りと悲しみ、喪失感に絶望、憎悪が入り混じった自分でも処理しきれない感情をとにかく盗賊たちにぶつけるしかなかった。
 
 既に私の拳も腕も取り返しがつかない程にぐちゃぐちゃになっていることにも気づかないまま……。
 
「しかたねぇな」
 
 赤服はそう呟きながら胸元から笛を取り出し、それを吹くと木の陰から増援が現れたのだが、その連中を見て我に返り、動きが止まってしまった。
 
 それもそのはず…… 木の陰から現れたのは『近衛騎士』だったからだ。
 
「今だっ!」
 
 ありえない程の組み合わせに驚いた私は動きを止めた瞬間を狙われて再び押さえつけられしまった。
 
「あぐッ!」

「ちゃんとソイツを押さえつけておけ」

 地べたに押さえつけられた私は、自分の顔を上げるとそこにいた近衛騎士の顔を見て気が付いた。この人、見たことがある……。
 
「あなた、王子直属の近衛騎士……」

 しかし近衛騎士は一言も発さない。代わりに私を見つめるその瞳からはこれでもかというほどの殺意が感じ取れた。
 
 同じだ…… あのパーティー会場で私たちを見ていた連中と…… いったい何が起きたというの? 同級生たちに、近衛騎士たちに。
 
 共通点は『王子』だ。彼に一体何があったというの? 私たちをどうしても殺さなければならない程の何かがあったのは間違いない。
 
 王子と知り合ってからの三年間の事を必死に思い出そうとしても、動機となるような内容はなかったはず。
 
 訳が分からなくなってしまった私は、答えるはずがないと分かっているにも関わらず盗賊に疑問をぶつけていた。

「どう言う事? 何で盗賊と近衛が一緒になって私たちを殺しに来たのよ! 」

「とあるお偉さん方がよ、お前らに生きていられると困るんだってよ」

 生きて? 追放じゃ足りないってこと? 今はっきりしてるのは王子だけだけど…… ちょっとまって! 今コイツ『お偉さん”方”』って言わなかった? 一人じゃない? わからない。今は情報を引っ張るために時間を稼ぐしかない。

「それって王子からの依頼ってことかしら? それとも他の誰かかしら?」

「さてな? まあ、一つだけ教えてやらんこともない。お前はメデリック公爵家のお嬢さんがターゲットでお前らはついでに殺されると思っているだろ?」

 何を言っているの? そうじゃないの? フィルミーヌ様であればいくらでも狙われる理由はある。誘拐して公爵家からの莫大な身代金、政治的にも娘を見捨てることのできない公爵閣下にもフィルミーヌ様が誘拐されたという事実だけで大きな影響を与えることができる。それに誘拐なんて未婚の令嬢にとっては大惨事もいいところだ。無事だったとしても傷物扱いはほぼ免れない。そういった意味では利用価値はいくらでもある。
 
 イザベラもまだわかる。お父上は次期法務局長、思いっきり国の中枢にいる人物。婚約者はまだいないにしろ伯爵家の中でも上位にいるはずだから、フィルミーヌ様ほどでないにしろ私とは比較にならないほどいくらでも利用価値はあるはず。
 
 でも…… 私にはない。何もない。婚約者もいないし、殺すどころか利用価値すら考えられない。所詮は多数いる子爵令嬢の一人。それにグラヴェロット領は王国でも外れに位置する。厄介な魔獣が多数出現する森があるから冒険者はそれなりに多い。そんなものに利用価値? 自分で言うのもなんだけど見いだせない。やっぱり私だけはおまけなんだろうか?
 
 赤服は嬉しそうに口を開く。
 
「ターゲットはお前ら三人だ」

 私はきっと茫然としていたんだと思う。何故なら意味が分からなかったから。私も含まれている? 最初から? 殺すほどの価値が私に?
 
「死ぬ前に言い残しておくことはあるか?」

 きっとこいつはもう何も喋らない。私はもう覚悟を決めて、最後の言葉を笑顔で強がるしかなかったのだ。