「お嬢様、マルグリット様がいらっしゃる前に準備を致しましょう」

 クララお嬢様は一カ月前に突然現れたあのご令嬢に心酔してしまっている。
 
 前回はお嬢様が魔力をしっかり制御する前に早々に対応して失敗しまったせいかお嬢様自ら連れて来たという家庭教師に賛成してしまったが、今回は逆に長期間近くに置き過ぎた事と趣味が合うせいで想定以上に心を許してしまっている。
 
 当初の予定だと魔力の使い方を学んだ辺りで屋敷の使用人たちの露骨な雰囲気に不快感を持って早々に居なくなるものだとばかり思っていた。
 
 それなのに…… 何なのあのご令嬢は全く気にしていないのか動じてすらいない。
 
 お嬢様が孤立するのは予定通りだったけど怒る事もせずにただ塞ぎ込むだけだったのも想定外だった。
 
 お嬢様もお嬢様よ、どうして何も言わないの? 腹が立たないの? 気に入らないんじゃないの?
 
 だって貴族のご令嬢…… いえ、貴族はみんなそういうものでしょう? 自分が気に入らなければ我儘を言う、使用人たちに怒鳴り散らす、領民には暴力を振るってでも搾取する。
 
 少なくとも私は――私達はそうされてきた。貴族はそういうものなの、そうでなければならないの。でなければ何の為に取り返しのつかない事をしてしまったのか分からなくなってしまう。
 
 いえ、余計な事を考えるのは止めましょう。このままではあの御方が立てた計画が台無しになってしまう。
 
「最近はよく風魔法を練習されているせいか髪が乱れる事もありますのでヘアピンをつけておきますね」

「ありがとう、ペトラ」

 そう、あなたの笑顔は私だけに向けておけばいいんです。
 
 さっさとお嬢様を孤立させてもっと私に依存するように仕向けなければ…… というわけでマルグリット嬢にもいい加減にご退場頂きましょう。あの家庭教師と同じ様にね。
 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「お嬢様、間もなくコンテスティ邸に到着します」

 あれ、もうそんなところまで来ちゃったんだ。
 
 うーん、どうやってペトラと話をするか悩んじゃうな。いきなりクララガン無視してペトラに話しかける訳にもいかないしなあ。
 
 とりあえずは普通に訓練を続けて休憩中辺りで違和感が無いように話しかける?
 
 クララにバレない様に直接あの件には触れずにまずは世間話から始めてみる?