くっだらない。本来であればヘンリエッタに行かせる所なのだけれど、残念な事にみんな別行動しているから呼び出す事も出来ない。
 
 それに周りの人も分かってて我関せずを決め込んでる。射程距離に踏み込まない様に距離を取りながら目線を逸らして行動している。
 
 全く…… 楽しくなってきちゃったじゃないの。
 
 まあ、ヘンリエッタもいないし? ナナもいないし? しょうがないわよねえ。二人が来る前にチャチャっと片付けないとね。
 
 私は無言で少女を近づき追い抜くと大股開きのチンピラの足にわざとぶつかった。
 
「あ~ら、こんな所にでくのぼーが突っ立ってるせいで、つ・い・つ・いぶつかってしまいましたわ~。しかも、うわっクッサ。オッサンの加齢臭染みた汗が私の大事な服に染み込んでしまったら責任取っていただけますの? あなたの年収ごときではこの服は買えなくてよ?」

 私がニヤニヤしながら煽り文句を垂れるとチンピラは顔面のこめかみに青筋を立てている。
 
 あきらかに苛ついているのが手に取る様にわかる。
 
「おい、お嬢ちゃんよぉ! 今自分で何を言ってるか理解できてるか? そっちのお嬢ちゃんも一緒に良い所に行こうや、オイ!」
 
 こんな奴等に魔力使用など不要。軽く揉んでやるとしましょう。
 
 私に文句を垂れて来たチンピラが手を伸ばしてくるので手の甲で軽く払いのけて、足の脛に軽く蹴りを入れてやった。
 
「あっ、あっ、あっ、あっ」

 言葉にならない声で脛を抑えてぴょんぴょん跳ねてるのが可笑しくてついつい笑ってしまったら、少女はポカーンとして私を見ている。
 
「あら。ごめんなさいね。ちょっとそこで小躍りしている殿方のユニークさに笑ってしまいましたの。あなたの方は大丈夫でっ…… ええっ?」

 私は少女の顔を見て『ハッ!』とした。
 
 それもそのはず、この少女こそが――小鹿、もといクララだったのだ。
 
「あ、あのっ、わたっ、わたし、何か粗相でもももも」

 落ち着け、小鹿。いや、私も落ち着け! てかよく見たらクララが大事そうに抱えていた物は本だった。しかも『平民が転生したら物語の悪役令嬢になっちゃった。得意のゴマすりとおべっかで王妃になるぞ!~公務はやりたくないので後宮に贅沢引きこもりだけ希望します~』って今日発売予定の本じゃないのよ! 私もすっかり忘れていたわ。