そこで私がメリッサから聞いた話はクララの持つ膨大な魔力量を所持している事。
その魔力量による魔力暴走事故によって母親が瀕死の重傷を負って王都に移住した事。
クララが一人コンテスティ領に取り残されて寂しい思いをしているのではないかという一連の流れを聞いた。
「なるほどね…… 魔力暴走…… 暴走…… 暴走?」
私はどうしても確認しなければならない点があったのでメリッサに聞いてみる事にした。
「知ってたらでいいんだけど、クララ嬢が魔力制御訓練を開始してから暴走までの期間について聞いた?」
メリッサは何かに気付いたかのように『ハッ!』として手をポンッと叩き、私に視線を向けた。
「流石でございます、お嬢様。訓練期間については未確認でしたが話を聞く限り…… 恐らくですが、まだそこまでには至っていないかと思われます」
「そう…… 後は現地で確認するしかないわね。でもなんで『禁止事項』にしたのかしら?」
メリッサが一瞬『あ、それは……』と言い淀んでいる。普段ハッキリした口調のメリッサにしては珍しい。
何か隠している? それとも言い難い何かがある? その煮え切らない態度に私は『いいからはっきり言いなさい』とピシャリ告げると、『フウッ』と一息ついたメリッサが話始める。
「奥様はお嬢様がかなりの魔力量と魔力制御力をお持ちである事を存じていません。マルガレーテ様の二の舞になる事を恐れての事かと思われます」
そう、知っていたんだ。メリッサは私が魔力を扱える人間である事を。知っていて今までその事を口にしなかった。
私は凄む様な声でメリッサに聞いてみる事にした。
「なら私が聞きたいことも分かるわね? あなたは一体何者かしら? まさかとは思うけど、ウチに害を成す様であれば……」
私が言い終る前にメリッサは私に跪いて顔を見上げた。
その表情は疚しさ等感じさせない程に一点の曇りもなく、その瞳は嘘偽りすらも感じさせない程に光り輝いていた。
「私の忠誠はグラヴェロット家にございます。害をなすなど以ての外、この命に代えてでもご家族をお守りする所存でございます」
ムム、どうやら嘘は無さそうだけど…… これ程の逸材が何故ウチなんか(失礼)にいるのかしらという最もな疑問はあるけども、敵ではないと分かった以上メリッサの身の上は一旦置いておくとしましょう。
「分かりました。あなたを信じます。それで、私の魔力に関する情報はどこから手に入れたのかしら?」
メリッサは立ち上がり、いつものメイドスタイルに戻して姿勢を正していた。
「はい、実は私『魔力視』が使えます。お嬢様が五歳の時に起こされた高熱から目を覚ました時に違和感があった為、拝見させて頂きました」
あー、そういうことね。まさかウチの使用人に『魔力視』の使い手がいるとは思わなかった。
努力だけではどうにもならない魔法領域。それを身につけるには『才能』が必要と言われている。
『魔力視』はその代表格。
私には使えないんだあああああ。う、羨ましすぎる……。
しかし、私には魔法ではないのだけれども人の気配を察知したり、魔力が集中する場所、撃たれるタイミングなどは本能的に察知する事が出来る。
私がかつて『犬』呼ばわりされていたのはそういった本能で理解する獣じみた行動故というのもあるのかもしれない。
ハハハ、自分で言ってて悲しくなってくるわ。
メリッサは察してくれたのか『お気を確かに』なんて慰めようとするが、そんなん余計に惨めになるだけだし!
「まあいいわ。今はまだ推測段階でしかないけどもクララ嬢の魔力暴走は人の手によって引き起こされた可能性が高いわね」
メリッサも同意見の様でコクっと無言で頷く。
「それが分かればやる事は決まってるわ。準備が完了次第すぐに出立します。メリッサはナナに準備をするように伝えて頂戴。護衛には――ヘンリエッタでいいから声をかけて来て頂戴」
「畏まりました」
メリッサは敬礼をすると一瞬でいなくなっていた。敬礼って『昔どこかに仕えていたでしょ』と聞きそうになったけど既にいないから置いておこう。
ヘンリエッタに関してはド変態ではあるけれども腕は確かってことで我慢するしかないか。アイツ、何時の間にか最年少小隊長候補とか言われてるのを聞いて本人の前に私が腰を抜かしそうになったわ。
誰が仕組んだかは知らないけど、私が行く以上好き勝手させないわよ。
私は今ナナとヘンリエッタと共にコンテスティ領に向かっている。
時折、街道に低ランク魔獣が現れるものの護衛であるヘンリエッタが難なく切り裂いていく。
中々綺麗な剣さばきをしている。コンパクトだが、しっかりと基礎に則った騎士のお手本の様な動きをする。
なるほど、最年少小隊長候補というのも強ち間違いではない事が良く分かる。
こう遠目から見ると、初めて会った時の印象通りクールな女騎士なんだけどねえ。
私かナナを目の前にすると一気に顔面だらしない女に早変わりするのが勿体ない。
これで真正の幼女好きが趣味じゃなければ……。
そんなヘンリエッタが倒した魔獣を背にこちらに向かってくる姿はとても嬉しそうだ。
その様子はまるで枝を投げて咥えて戻ってくる飼い犬の様に見える。
まあ、あまりつっけんどんにしても可哀想だから飴くらいはくれてやらねばならない。
ククク、これが出来る淑女の条件って奴よね。
そんな事を考えていたらヘンリエッタが馬車まで戻って来た。
「お嬢様、ナナ殿、無事に魔獣を討伐してまいりました」
見るがよい、ヘンリエッタ。このマルグリットのハイパー淑女タイムって奴をね。
「ヘンリエッタ、ご苦労様です。見事な腕前ですね、また魔獣が出たらお願いしますね」
「は、はひっ、おっおまかせくだしゃひ」
私がニッコリと語りかけるとヘンリエッタは嬉しそうに頬を紅潮させ、鼻の穴を『プクーッ』と膨らませてニンマリしている。
あー、もう全部台無しだよ。折角ついさっきまでクールな女騎士に見えて感心したのに、今の表情じゃ只のド変態だよ。
ナナもその光景に可笑しかったのか、『クスクス』笑っている。
「ヘンリエッタさんは本当にお嬢様が大好きなんですねぇ」
ナナの笑顔にさらにだらしない顔をするヘンリエッタ。
「いひぇ、しょんな…… ナナ殿も同じくらいしゅ、しゅ、しゅひぃ」
言えてないし、声が小さいからナナには届いていないぞ。傍から見てるとヘンリエッタの将来が心配なってくる。
ふと目を馬車の外にやると街が見えて来た。
「ナナ、街が見えてきたわ。あそこが目的の街なのかしら?」
「はい、今見えている街が目的地の『モーレット』になります」
私たちはそれぞれモーレットに入ってからの各自の動きについておさらいすることにした。
ナナは拠点となる宿屋の確保。当面の間は三人部屋でいいでしょう。ナナとヘンリエッタは私を一人部屋にするべきと言っていたが、護衛であるヘンリエッタは共にいるべきという事と、私がナナとヘンリエッタの二人きりにさせたくなかったから。
ナナの貞操が掛かっている可能性があるのよ!
ヘンリエッタはメリッサから受け取ったクララの似顔絵を元に本人が街にいる可能性も考慮して捜索及びコンテスティ家の様子見。
本人が家にいるのであれば出て来るタイミングを見計らって、どうにかして知り合いになる機会を見つけないといけない。
お母さまからも言われた様に、家に直接言って呼び出す事は出来ないという無駄に高難易度ミッション。
私は街を散策しながら本屋に行く。クララが私と同じ読書好きという事から本屋にいる可能性も高いし、クララの容姿も似顔絵を見てるし何より十八歳の時を知っているから本人を見れば七歳とはいえ、流石に私の本能が理解するはず。
そんな話をしながらモーレットに入った私たちはそれぞれがミッションを担当すべく、バラバラに散っていった。
近場で魔獣を狩るような場所が少ないからか冒険者の数は少ない印象の様に見える。
だからガルガダに比べてのんびりとしたイメージだ。
隙間なく敷き詰められた石畳に立ち並ぶ建物は同系色のタイル張りの壁で清潔感が感じられる。第一印象はとても綺麗でいい街だ。
それでも……
「お嬢ちゃんさあ、ぶつかっておいてそりゃないんじゃねえの?」
こういう問題を起こす馬鹿はどこにでも現れる。
声がする方に視線をやると、二人のガタイの良いチンピラが身なりの良い少女に因縁をつけているように見える。
少女はぶつかられた際に落としたであろう荷物を拾って大事そうに抱えながらカタカタ肩を震わせている。
「ヒッ、ご、ご、ご、ごめんなさい。わ、わざとではないんです……」
私は少女の後ろ姿を捉えているため、表情を伺う事はできないが、チンピラの一人はどうも大股開きをしている所に少女がぶつかったであろう状況から察するに脚を少女の前に差し出してわざとぶつからせて因縁つけようって事なのでしょう。
くっだらない。本来であればヘンリエッタに行かせる所なのだけれど、残念な事にみんな別行動しているから呼び出す事も出来ない。
それに周りの人も分かってて我関せずを決め込んでる。射程距離に踏み込まない様に距離を取りながら目線を逸らして行動している。
全く…… 楽しくなってきちゃったじゃないの。
まあ、ヘンリエッタもいないし? ナナもいないし? しょうがないわよねえ。二人が来る前にチャチャっと片付けないとね。
私は無言で少女を近づき追い抜くと大股開きのチンピラの足にわざとぶつかった。
「あ~ら、こんな所にでくのぼーが突っ立ってるせいで、つ・い・つ・いぶつかってしまいましたわ~。しかも、うわっクッサ。オッサンの加齢臭染みた汗が私の大事な服に染み込んでしまったら責任取っていただけますの? あなたの年収ごときではこの服は買えなくてよ?」
私がニヤニヤしながら煽り文句を垂れるとチンピラは顔面のこめかみに青筋を立てている。
あきらかに苛ついているのが手に取る様にわかる。
「おい、お嬢ちゃんよぉ! 今自分で何を言ってるか理解できてるか? そっちのお嬢ちゃんも一緒に良い所に行こうや、オイ!」
こんな奴等に魔力使用など不要。軽く揉んでやるとしましょう。
私に文句を垂れて来たチンピラが手を伸ばしてくるので手の甲で軽く払いのけて、足の脛に軽く蹴りを入れてやった。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
言葉にならない声で脛を抑えてぴょんぴょん跳ねてるのが可笑しくてついつい笑ってしまったら、少女はポカーンとして私を見ている。
「あら。ごめんなさいね。ちょっとそこで小躍りしている殿方のユニークさに笑ってしまいましたの。あなたの方は大丈夫でっ…… ええっ?」
私は少女の顔を見て『ハッ!』とした。
それもそのはず、この少女こそが――小鹿、もといクララだったのだ。
「あ、あのっ、わたっ、わたし、何か粗相でもももも」
落ち着け、小鹿。いや、私も落ち着け! てかよく見たらクララが大事そうに抱えていた物は本だった。しかも『平民が転生したら物語の悪役令嬢になっちゃった。得意のゴマすりとおべっかで王妃になるぞ!~公務はやりたくないので後宮に贅沢引きこもりだけ希望します~』って今日発売予定の本じゃないのよ! 私もすっかり忘れていたわ。
クッ、なかなかセンスあるじゃないのこの子。評価を改めなければならないわね。
「いえ、あなたの持っている本は私も購入しようと思っていたのよ。私達案外趣味が合うかもしれないわね」
その言葉にクララは『パァーッ』と表情が一気に明るくなった。めちゃめちゃ嬉しそう。
「ほ、ほ、ほ、本当ですか? わ、わ、私最近追放アンドざまぁ物にハマってまして…… 本当はラブコメ要素が多い方が好きなのですけれど、その方面ですと悪役令嬢物、貴族令嬢モノが多めでたまには他のラブコメ、特に冒険者関連で主人公がパーティから追い出されて恋人がパーティのイケメンに寝取られて、恋人もパーティも失い絶望からどのように這い上がっていくか等に最近手を出し始めたのですが……」
めっちゃグイグイくるやん。この子本当に小鹿――いや、これが本当のクララ・コンテスティなのかもしれない。
てかオタ特有の早口言葉やめて! 脳みそが処理終わる前にどんどん言葉出すな。というか七歳の口から出てはいけない単語が出ている気がする。
「わ、わかったわ。一旦落ち着いて頂戴。ここだと目立つから一旦場所を変えないかしら? そうだわ、お茶でも飲みに行ってそこでお話ししましょう」
私が一旦クララの暴走を止めに入ると、クララは『ハッ!』とした表情で自分がやらかしてしまった事で顔が青ざめていく。
「す、す、す、すみません。つ、つ、つい、う、う、嬉しくて」
とクララと二人の世界に入りかけたら私に脛を蹴られていない方のチンピラが口を開いた。
「テメエ等、何こっち無視して会話はじめとんじゃ、コラ、あ? やんのか?」
すっかり忘れてました。もう一人の方は脛を擦りながらスーハースーハー小刻みに呼吸している。
こっちはもう目的は果たしてるの。あなたの様なドチンピラに用はなくてよ。
私は威圧をぶつけると、文句を言ってきたチンピラの顔が一気に青くなっていく。足を震わせながら立っていられなくなったのか、尻もちをついてガチガチ震えている。
クララは何が起きたのか理解できていない様子で『えっ?えっ?』と首を傾げている。
「このお二人は放っておいて平気そうね。ではお茶に行きましょうか。名前がまだでしたね。私はグラヴェロット子爵家息女マルグリットと申します。あなたの名前をお伺いしても?」
とりあえず初対面のフリをして自己紹介することにした。まあ、前回の人生でも断罪の現場で面と向かって会っているんだけどね。
よく考えたら、会話するのは初めてかもしれない。丁度いい機会だから、どのような人物なのか見極める事にしましょう。
「は、はい。コンテスティ男爵家が一女、クララと申します」
「クララさんと仰るのね。いい名前ですね、では参りましょうか」
「は、はい。マルグリット様」
とりあえずミッション達成できたので、私達は場所を変えて話をすることにした。
ナナとヘンリエッタにはどうやって説明しようか決めてなかったけど、なんとかなるでしょう。
私はクララを連れて少し離れた喫茶店に入った。
あまり近場だと、先程のチンピラ達に再度絡まれる可能性があり、そうなってはお茶どころではなくなってしまうから。
そして、クララともう合流出来るとは思わなかったから私も少々動揺している。
落ち着くため、お茶を注文しなければ。
「私はハーブティーを注文しようと思っているのだけれど、クララさんは何を飲まれます?」
「お、お、お、同じもので、お、お願いします。」
私は店員を呼んでハーブティー二つとついでに軽くつまめそうなクッキーを注文した。
お茶が来る間に少しクララを観察することにした。前回の人生ではほとんど接点がなかったから人となりを知らないからだ。
あの断罪の現場でもクララは殿下の一挙手一投足にいちいち驚いていたり、殿下の陰に隠れておどおどしていたけど、その挙動は今とあまり変わらない。この辺は生来の性格なんでしょうね。
やはり殿下に無理矢理架空の婚約者として仕立て上げられたのだろうが、それでもやっぱり彼女も断罪する側に加担した事実は私の心にしこりを残している。
頭じゃわかってる。彼女はきっと利用されただけなのだと、それでも心のどこかが拒否してしまう。
彼女さえいなければ、フィルミーヌ様もイザベラもあんな目に会わなかったのではないかと……
時が戻った今なら生きているんだからいいじゃないで済ませられる頭の中身がお花畑な性格だったら良かったのに。
あの凄惨な現場を見せられて、経験した人間じゃないときっとこの想いは理解してもらえないんだろうな。
「あ、あの、マルグリット様?」
私はクララの言葉に我に返った。いけない、どれだけ頭の中でマルグリット会議を続けてしまったのか。
今はクララに集中しろ。お母さまからのミッションを実行中なのだから。
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまいましたわ」
慌てて言い訳を捻りだしたらクララがぐずりだしてしまった。
「やっぱり私との話なんて…… つまらないですよね。…… ひっく…… ぐすっ……」
げえー、泣かせてしまったあああああああ。考えろマルグリット、今すぐ、急げ、はよおおおおお。
「違いますのよ。せっかく読書好きの同士に巡り合えたのですから、クララさんにガッカリされない様なおススメの本は何がいいかしらと考えていましたの」
この言い訳令嬢マルグリットの渾身の一発! クララに届けええええ。
「……ぐすっ…… そうなんですか? ご、ごめんなさい…… 私、家で誰も話しかけてくれる人がいなくて…… てっきり……」
やっぱりか…… メリッサとの話で危惧していた事は正しかったわけだ。
念の為に本人から話を聞きだすべく探る事にした。
「クララさん、誰にも話しかけられないとはどういう事なのでしょうか? もしよろしければ私にお話ししていただけませんか? せっかくお知り合いになれたんですもの、解決できるか分かりませんが、お力になりたいのです」
クララはぐずりながらも自身の置かれている状況について話してくれた。
そこから先はお母さまの手紙やメリッサの言った通りの内容と差異がなかった。
魔力暴走を仕組んだ犯人は間違いなくコンテスティ男爵家にいる誰か。
であれば、私が家庭教師となって犯人を暴くしかない。
「クララさん、ここだけの話にして頂きたいのですが、実は私も魔力量にはそこそこ自身がありまして魔力制御にも自信がありますの。クララさんさえよければ私がお教え致しますが、如何でしょうか?」
クララは突然の提案に吃驚している。俯き始めて口を開かない。
むぅ、やはり暴走した事がトラウマになっているのだろうか、本人も『魔力』なんて単語も聞きたくないかもしれない。
しばらく待っていると、ようやくクララがぐずりながらも口を開き始めた。
「わ、私…… 怖いんです。また暴走したらって…… また誰かを傷つけてしまうんじゃないかって…… そんな思いするくらいなら独りぼっちでも……」
自分にとって大切な母親を傷つけてしまったという過去は変えられない。
だからこそ、これから新たに出来るかもしれない大切な人を傷つけない為にも学んでほしい。
ここから先は彼女が自分と向き合えるかどうかに掛かってる。
「確かに私は魔力暴走事故で大切な人を傷つけた事はありません。ですが、万が一自分の過失によって大切な人を傷つけたら貴方と同様に塞ぎこんでしまうかもしれない。だからこそ、その様な未来にしない為に自分の魔力としっかりと向き合って学ぶ必要があると思うんです。そして学んだその力は大切な人を傷つけるものではなく守る事の出来る力へと変える事ができます。今ここで学ばなかったら貴方は誰かを傷つけまいとずっと塞ぎこんでしまうだけになってしまいます。お母さまと向き合う事も出来ずに逃げるだけになってしまう。私は貴方にそうなって欲しくないのです。向き合うのは辛いかもしれない…… でも辛くなったら私にその思いをぶつければいいのです。貴方は一人じゃない――いえ、私が貴方を一人にしません。だから、もう一度だけ頑張ってみませんか?」
「どうして…… 会ったばかりの私にそこまで言ってくれるんですか?」
どうして? 言われてみれば何をこんな熱くなってるんだ私は。
最初はお母さまの計画に沿って進めていただけのはずなのに……。
クララと実際に会って、話をしてみて、彼女の思いを聞いてみて――そうだ、私は気に入らないんだ。
クララは純粋に母親を喜ばせたかっただけの優しい少女のはずなのに、そんな子を利用して、罠に嵌めて、両親を引き離して独りぼっちにして高みの見物をキメて笑っているであろう犯人がムカついてしょうがない。ぶちのめしたくて堪らない。ボコボコのボコにしてやらないと気が済まない。
だから、見返してやるのよ。クララと私で!
「私は貴方と友達になりたい。その友達が泣いている所を見たくない。理由なんて…… それだけで十分よ」
「わ、わわわたしなんかでい、い、いいんですかかかか?」
クララが顔を真っ赤にしてアワアワ慌てている。
落ち着け、小鹿。出会った当初並みの挙動不審具合を晒しているわよ。
クララと話して思ったことがある。私はついさっきまで殿下一派の連中の事を私たちの事を断罪した連中だと、私達にとっての悪なのだと決めつけていた事は間違いない。
けど、私にも彼らの知らない一面がある事が今回の件でよくわかった。
クララ以外にも殿下の取り巻きである宰相子息、騎士団長子息にロイス、ディアマンテ、ジェイの三馬鹿トリオと言った連中ともクララと同様に対話が必要なのかもしれない。
なぜ彼らが私達をあれだけ敵視したのか、どんな過去があって、どういった理由、経緯があってその選択をしたのかと私は彼らを知らなすぎる。だから知らないといけないと思った。
まあ、殿下がクソなのはほぼ確定だけどね。
もし未来を変えられるのであれば、クララを殿下に近づけさせないという事も可能かもしれない。
やってみよう。どうなるか分からないけど、少しでも望む未来の為に。
「クララさん、早速なんだけれど、ご都合の良い時間は何時頃かしら?」
「わ、私は何時でもだ、大丈夫です」
「では明日から始めましょうか。魔法の訓練がひと段落したらおススメの書籍についてもお話しできたら嬉しいわ」
「ほ、ほ、本当ですか? 俄然やる気が出てまいりました。が、頑張ります」
おい、さっきのシリアスシーンはどこ行った? 思ったよりも現金だわ、この娘。
私達は明日の約束を取り付けて、喫茶店を後にした。
私は宿を取っているという事で、クララとは一旦ここで別れる事にした。
が、ヘンリエッタとナナとは未だに合流出来ていない。
マズイ…… 徐々に暗くなっているのに二人の気配がまるでない。
せめて宿の場所だけでも聞いてから動けばよかったと後悔した。
私達はその数刻後にようやく合流出来た。ナナとヘンリエッタは一緒にいたらしいが、私と同じ時計回りで街を回っていたから時間がかかってしまったのだと。