悪役令嬢の番犬~かつて悪役令嬢の取り巻きだった私は敵になってでも彼女を救ってみせる~

 元気なのはいい事なの。でもここまでわんぱくになるなんて思ってもなかったからママは正直複雑な心境。
 
 これがお兄ちゃん…… クリストフだったらまだ許せるのだけれど、あの子は女の子。
 
 貴族令嬢として淑女としてマナーや作法を覚えていかなければならない。
 
 『物には限度』というものがあるって事をそろそろ教えてあげないといけないかしら。
 
 さて、前振りが長引いちゃったけど、そんなわんぱく七歳の娘を持つ私に一枚の手紙が届いたの。
 
 差出人は学園に通っていた時の同級生だったマルガレーテ。
 
 どうやら王都から送られてきたみたいなのだけれど、それを見た時疑問があったわ。
 
 あの子、領にいたんじゃなかったかしら。いつの間に王都に移ったんだろうって。
 
 手紙の内容を見ると、七歳になる娘の事で相談がしたいとの事だったわ。詳しい事は会ってからだそう。あまり大っぴらにしたくない内容なのかしら?
 
 私にも同じ七歳の娘がいるんだもの。これは是非とも力になって上げたいわ。
 
 という訳で、王都にいる友人に会うために旦那様であるサミュエルに相談してみないと。
 
「という訳で、王都にいる学生時代の友人の相談を聞きに会いに行こうと思うの」

「何が『という訳で』なのかは分からないけど、いい事だと思うよ。相手方もアニエスを頼っているんであれば、そういった縁は大切にすべきだと思う。行っておいで」

「ありがとう、アナタ。後で子供達にも伝えておくわ」

 そして、夕飯の時にみんなが揃っていたから、この話をしたの。
 
「ママは明日から王都にいる友人に会いに行ってくるわ」

「「!?」」

 私はその時見逃さなかった。マルグリットちゃんが『お母さま、しばらく家を空けるのね。ウシシ』という喜びの表情を一瞬だけした事に……。
 
「マルグリットちゃん、ママいつも言ってるわよね。淑女たるもの『ウシシ』という表情はやめなさいと」
 
「そ、そんなことありませんわ。お母さまがしばらく家を空けてしまわれるなんてやりたい放…… 寂しい限りです」

「マルグリットちゃん…… ママは書籍に出て来る様な鈍感系主人公とは違うの。『やりたい放題』を八割方言っておきながら訂正したところで気付かない程おマヌケさんではないのよ」

「うう…… 申し訳ございません」

「聞いて頂戴。貴族という生き物は相手に心の内を読まれたりすると一気につけ込んで、食い物にして来る様な連中が多いのよ。あなたはこれからそういった伏魔殿に身を置かなければならなくなるの。特に学園なんて貴族社会の縮図なのよ。社会に出る前から戦いは始まってるの。隠し事が出来ない正直な所はマルグリットちゃんの長所でもあるけど短所でもある。戻り次第教育していくからそのつもりでね」

 明らかにマルグリットちゃんの顔が苦痛な表情に歪んでいくのがわかる。だからその『うぇ~っ』って表情を辞めて欲しいのよね。
 
 たった今、問題点を指摘したばかりなのに直すつもりがないのか本人が気付いていないのか…… かなりの重症だわ…… 
 
「今はこの話はやめておきましょう…… 話を戻すけど、王都にいる友人もママと同じで七歳の娘さんがいらっしゃるそうなの。マルグリットちゃんと同い年ね。その娘さんの事で相談があるらしいのよ」

「私と同じですか…… では、何れ学園で会うかもしれませんね。お名前だけでもお聞きしてよろしいですか?」

「娘さんはクララさんというお名前よ」

 マルグリットちゃんの動きが一瞬止まった。
 
 クララさんの名前に聞き覚えでもあるのかしら?

「あ、あの…… お母様…… 失礼ですが、お会いしに行くご友人のお名前はなんと仰るのでしょうか?」

「マルガレーテよ。今はコンテスティ男爵夫人だったわね」

 マルグリットちゃんがスプーンを口にくわえたまま目をまんまるに見開いて、完全に時が止まってるわ。
 
 と思ったら急に動き出して小声で何か呟いてるわね。
 
「まさか…… 小鹿……?」

「小鹿? クララさんは人間よ」

「い、いえ…… 間違えました。 最近裏の森に住み着いた鹿にクララと名付けてしまったのでそれと間違えまして……」

 我が娘ながら、なんて嘘くさい言い訳してるのかしら。
 
 とは言え、クララさんの事なんて知るわけもないし、無理やり聞き出そうにも答えなさそうだし、一旦は保留にしておきましょう。
 
 王都までは馬車でおよそ一週間。早めに出ないといけないわね。侍女のメリッサに支度をしておいて貰わないと。
 
「メリッサ」

「はい、奥様」

「明日は早朝に出発します。必要な荷物の用意をしておいて頂戴」

「かしこまりました」

 それにしてもこの手紙…… 文面を見る限りは大分深刻な様なのだけれど、クララさんといったい何があったのかしら……。
グラヴェロット領を出て一週間掛けてようやく王都が見えて来たわ。
 
「奥様、まもなく王都に着きますが、直ぐにでもコンテスティ男爵邸宅に向かわれますか?」

 うーん…… それでもいいんだけど、折角久しぶりに王都に来たんだし、ちょっとだけ見回りたいわね。
 
 それにお土産も持って行った方がいいわよね。マルガレーテにも久々に会うのだし。
 
「ねえ、メリッサ。お菓子とかお土産に持っていきたいのだけれど、おススメのお店とかないかしら?」

「それは良いお考えかと思います。付近の方達に最近の王都での流行でも確認してまいります」

 その発言が終わったと同時にメリッサは馬車からいなくなっていた。
 
 相変わらずあの子って動きが素早いわね。あの子ってもしかして馬よりも早いんじゃないかしら……。
 
 なんて考えていたらもう戻って来たわ。凄いなんてものじゃないの。この子はなんでウチにいるんだろうってたまに思うの。
 
 侍女よりも合ってる職業が他に幾らでもあるんじゃないかしら……。
 
「おまたせしました、奥様。王都で人気上昇中のケーキセットにございます」

「ありがとう、メリッサ。ねえ、随分早かったけど、並んでなかったのかしら?」

「行列でしたね。ですので、裏から回ってお願いさせていただきました」

 裏から……? なんで今裏からが当たり前みたいに言ってるのかしら?この子……。
 
 魑魅魍魎渦巻く貴族社会を生き抜いてきた私から見ても謎の生態を持つメリッサ。
 
 そうだわ! 今後マルグリットちゃんに行う淑女教育の一つとしてメリッサの尋常ならざる動きを見せて表情を相手に悟らせない訓練に参加してもらおうかしら。
 
 きっとマルグリットちゃんもメリッサの動きを見たら『ズコーッ』っておったまげるに決まってるわ。楽しみね、ウシシッ。
 
「奥様…… この間お嬢様に注意されていた表情を奥様も一瞬されておりました。ご注意ください」

 いけない。私とした事が…… 娘のこと言えないわね。それにしてもやっぱりメリッサの眼力は凄いわ。これは是非とも協力してもらわないと……。
 
 なんて考えてたらコンテスティ邸宅に到着したわ。
 
「お待ちしておりました、グラヴェロット子爵夫人。奥様が応接間にてお待ちしております」

「ありがとう。お土産も持ってきているの、良かったらお茶の時にでも出してもらえるかしら」

「ありがとうございます。これは人気店のお菓子ですね。中々手に入らないと聞きますので奥様も喜びます。先にご案内させて頂きます。こちらへどうぞ」

 通してもらった応接室にいたマルガレーテは前回再会した時と変わらぬ美貌であるものの、目に見えて疲れが出ているみたい。これは結構重症ね。
 
 私に気付いた時は嬉しそうにしているのが分かるのだけれど、やっぱり無理して笑ってる感が凄い伝わる。
 
「久しぶりね、マルガレーテ。元気…… ではなさそうね。手紙を読んだ時には思っていたけど」

「来てくれてありがとう、アニエス。重い内容の手紙でごめんなさいね。もうアニエスにしか相談できない内容なの」

「マルガレーテ、安心して頂戴。このアニエスさんがパパっと解決しちゃうわよ」

「フフッ、そういうノリの軽い所は学生時代と変わらないわね。なんか安心しちゃった」

 子供達には厳格なTHE・貴族を演じているけれども、実は学生時代は困った時のアニエスさんとして色んな人たちの相談に載ってたのよね。
 
 うん、我ながら変わり身の早さは自分でもようやるわと思う。そしてメリッサが『この人本当に奥様なの?本物かしら?』という驚愕の表情を向けている。
 
 ごめんね、メリッサ。後でちゃんと説明するから、子供達には黙っておいて欲しいの……。
 
「もう面倒だから学生時代のノリで言っちゃうけど、娘さん…… クララちゃんと何があったかを聞く前に娘を領に置き去りにしたまま王都にどのくらい滞在してるの?」

「半年ほどになるわ……」

「アンタねえ、まだまだ親に甘えたい年頃の娘と半年も離れて暮らしておくなんて内容によってはいくらアンタでも許さないわよ」

「わ、わかってるの。でも、どうしてもあの時の恐怖が…… 娘が怖くて仕方ないの」

 マルガレーテは本気で怯えている。どうやらその点を解消しないと根本的な解決にならない事は分かった。
 
「怖いって何があったの? まずはそこが分からないと解決の糸口すら見つからないわよ」

「ええ、実はね…… うちの娘って潜在魔力量が桁外れに多いみたいなの。それを聞いた旦那様が家庭教師を雇って訓練をしていたのだけれど、たまたま私が見学していた時に魔力暴走を起こしてしまって…… 娘は魔力耐性もあるから軽傷で済んだのだけれど、私は魔力耐性が無くて瀕死の重傷を負ってしまったの」

 なるほど、その時に余程凄惨な目にあったのだろう。マルガレーテが震えているのがよくわかる。

「家庭教師はどうしたの?」

「家庭教師もクララのすぐ傍にいたから暴走に巻き込まれてしまって、重傷を負ってしまったわ。傷が癒えた直後に責任を取ると言って辞任してすぐに居なくなったわ」

 はぁ~、責任を取るのであれば魔力暴走しない様に訓練させてから辞任しなさいよ…… ていうかただの逃げじゃないそれって……。
 
「旦那はどうしてるの?」

「えっと…… 旦那様は調べ物があると言って王立図書館に通ってるわ。私の容体を労わってくれたりしてるからあまり通えてないみたいだけど」

 夫婦そろって王都にいるのね……。 しかも娘がそんな事態を引き起こしたら家でどんな扱いされるかわかってるのかしら?
 
「ねえ、マルガレーテ。クララちゃんが一人であの家にいる意味わかってる?」

「ど、どう言う事かしら? 使用人たちもいるし暮らすには何の問題もないと思ってるのだけど……」

「魔力暴走を起こした直後に領主夫婦が揃って王都に逃げて、問題を引き起こした娘が一人残されるって…… そんなの使用人たちに腫物を扱うようにされてると思うわよ。万が一自分たちが魔力暴走に巻き込まれでもしたらと思って、必要以上に近寄らない様にしてるんじゃないかしら?」

「じゃ、しゃあ、あの子は今……」

 カタカタ震えてる…… やばいわ、この子本気で考えていないっぽい。とはいえ、解決策かあ…… 私は魔力がほとんどないから制御訓練とかちゃんとやってなかったのよねえ。だから私が家庭教師とか無理だし……。
 
 誰かが改めて家庭教師になって教える? いや、また逃げられる可能性がある…… どうしようかと悩んでいたらメリッサが待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
 
「横から失礼いたします。奥様、私の方から提案させて頂きたい解決策がございます」

 流石メリッサ。めっちゃ自信満々っぽい。今は何でもいいから解決案が欲しい所だったのよ。
 
「教えて頂戴、メリッサ」

「はい、私の提案させて頂く解決策とは……」

 私はその提案内容を聞いて愕然としていた。意味が分からなかった。
 
「メ、メリッサ? あなた正気なの? 本気で言ってるの?」
 
 なおもメリッサは自信満々に応える。
 
「はい、むしろあの御方以外にこの件を解決するに相応しい方はいないとまで断言できます」

 ムムム、でも丁度いいタイミングなのかもしれない。
 
「分かったわ。では、手紙を書くから届けてもらえるかしら。私はもう暫くマルガレーテと一緒にいます」

「畏まりました。手紙を届け次第、奥様をお迎えに上がります」

「ええ、お願いするわ」

 手紙をメリッサに渡すと、一瞬でいなくなっていた。暗殺者の家系かしら?
 
 やっぱり不安になって来た……。
グランドホーンの異常個体を討伐した以降はすっかりトラウマを克服できたのか、通常個体を見ても何とも思わなくなったし、咆哮の直撃をわざと受けてもよそ風の様にしか感じなくなってしまった。
 
 そんな訳で常闇の森にも通う様になってグランドホーンを相手にトレーニングをしてるものの、最近は物足りなく感じてきてしまった。
 
 あまりぶちのめし過ぎるとグランドホーンが狩れない冒険者が続出しちゃうかもしれないからと思い、適当に切り上げて家に帰った後に事件は起きた。
 
 部屋のドアがノックされて『お嬢様、メリッサです』なんて随分珍しいわねと思った瞬間、『あれ? メリッサってお母さまと一緒に王都に行っていたはず』なんだけど……。
 
 じゃあ、コイツは誰だと思ってとりあえず部屋に通したら紛れもなくメリッサだった。
 
「メリッサ、お母さまはどうしたの?」

「奥様は今も王都のコンテスティ邸宅におられます。私一人が奥様からの依頼で戻ってまいりました。終わり次第王都に引き返す予定です」

 聞いた状況からメリッサが私の部屋を訪ねて来たという事は絶対に嫌な予感しかしないのだけれど、私に何を頼みたいのか皆目見当がつかないので聞くことにした。
 
 本音としては、聞きたくないけど。

「えっと…… 念の為に聞きたいんだけど、お母さまからの依頼という話と私の部屋を尋ねた話には関連性があるのかしら……?」

 メリッサはこれでもかという満面の笑みで『流石、お嬢様はご慧眼でいらっしゃいますね』なんて当てたくもない回答を出してしまった。
 
 いや、だって絶対クララ関連じゃん。私に何をさせる気なのよ、お母さまは……。
 
「奥様よりお嬢様宛にお手紙を預かっております。目を通して頂けますでしょうか」

 メリッサはポケットから手紙を取り出すと私に差し出してきた。

 嫌々ながらも、私は手紙を受け取り、意を決して手紙に目を通すことにした。
 
――――――――

 マルグリットちゃんへ ママです。
 
 このタイミングで送る手紙の内容については頭のいいマルグリットちゃんの事だから大体察しがついているのではないかと思っています。
 ずばり、ママの友達であるマルガレーテの一人娘であるクララちゃんの事についてです。
 
 現在、クララちゃんのご両親は王都に住んでおり、クララちゃんはコンテスティ領に一人残っています。
 一人で寂しい思いをしている事を想像すると同い年の娘を持つ親として放っておけません。
 
 そこで、今からコンテスティ領に向かってもらい、クララちゃんとお友達になって貰おう大作戦を決行します!
 知らない人のフリをしてクララちゃんに接触してもらい、なんとかお友達になって下さい。
 幸いな事にクララちゃんの趣味はマルグリットちゃんと同じで読書だそうなので、一緒に本屋に通ったりして心も通わせてくれるとママはとっても嬉しいです。
 期限は特に指定しないので当分の間コンテスティ領に滞在してても大丈夫だよ。
 滞在に関する話はナナに伝えるようにしておきます。マルグリットちゃんは気にしなくて大丈夫だよ。
 
 一つ注意事項があります。クララちゃんの前で『魔力』に関する話は禁止事項とします。
 
 詳しい事はメリッサから聞いてください

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 何をいきなり無茶苦茶言ってるんだこの人……。
 
 しかも今から??? 
 
 唐突過ぎるよ、頭が痛くなってくる…… お母さまは思い付きだけで行動するタイプじゃないと思ったのになぁ……。
 
「ねぇ、メリッサ……」

「お嬢様の仰りたい事は重々承知ですが、紛れもなく奥様ご本人が書かれた手紙になります」

 どうやらメリッサですら知らなかったお母さまの一面があったらしい。
 
 きっと家族にすら隠していた一面なのだろう、メリッサは頭が痛そうな表情をしている。
 
「分かったわ、次の質問ね。知らない人のフリって何でなの?」

「マルガレーテ様経由での依頼である事がクララ様に知られると、精神的に負担を与える可能性があるのではないかと言われています」

「それって母親本人が来ないにも関わらず、代理の人間を送って様子見だけしてほしいって暗に直接は会いたくないって言ってるようなものだからかしら?」

 ん? 待って? 直接会いたくないってなんでだろう? そもそも何で王都と領で家族が別々に暮らしてるんだろう?
 
「ねぇ、メリッサ。そもそもクララ嬢とご両親が別々に暮らしてる理由って何なのかしら?」

「はい、それが手紙に記載されている『魔力に関する話は禁止事項』に関連します」