「町内ではないのですが、以前貴族の方が別荘としていて使っていた家がそれに当てはまるかもしれません」

 レジーナさんは何かを思い出したかの様に別棚から一枚の資料を取り出すと、俺達に見せてくれた。
 家は海際にある二階建ての家で、風呂付き。石窯もあって、台所もこの世界にしてはしっかりとした造りだ。しかも風呂には排水管らしいものがあって、海へと繋がっていた。この排水管の設備をトイレにも応用すれば、水の魔法が使える俺達なら水洗トイレにできる。

 ──これは、この世界ではかなり俺達の理想に近い家なのでは?

 そう思ってユウナの方をちらりと見ると、嫣然とした笑みを浮かべて頷いた。
 どうやら、互いの意思は合致したらしい。まあ、ここ以外だとどれかを我慢しなければならなそうだし、決定で良いだろう。

「ただ……一つだけ問題がありまして」
「何でしょう?」

 ユウナがレジーナさんに訊いた。

「もともと貴族の別荘という事もあって、町から少し離れているんです。城壁の外になってしまうので、少し不便かもしれません」

 レジーナさんは近辺の地図を持ってくると、家の所在を教えてくれた。
 場所はウェンデルの町を囲う城壁の外にあって、ちょうど俺達が昨日、この町を外から眺めていた浜辺の近くだった。

「ああ、あのへんか。それなら言う程不便でもないかな?」
「うん。私もそう思う」

 俺達のわかる距離感で言うと、北鎌倉駅から江ノ島よりも少し近いくらいだろうか。
 江ノ電で言うと二駅弱くらいの距離。確かに少し離れているけども、電車がない分俺達には〈加速魔法(アッチェレラツィオーネ)〉がある。ぶっちゃけ電車よりも遥かに早いので、このくらいの距離なら一瞬だ。この魔法が《《あちら》》でも使えたら、きっと無遅刻で学校に通えただろうに。

「左様ですか。城壁の外なので警備兵の管轄外になってしまいますが、それでもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。そのへんはむしろ、俺達の方が得意だから」
「あっ……そうでしたね。失念しておりました」

 レジーナさんがハッとすると、恥ずかしそうに口元を隠して笑みを漏らした。
 一応、これでも〝勇者〟と〝聖女〟である。魔物はユウナの魔物除けの結界があればどうとでもなるし、賊なんかが来ようものなら俺が成敗すれば良いだけの話だ。街の中よりむしろ色々やりやすいかもしれない。

「家の増改築なんかは町の人に依頼しても良いか?」
「はい、それはもちろんです。勇者様から仕事をご依頼頂けるならば、きっと皆も喜んで協力するでしょう」

 念の為増改築の確認をすると、レジーナさんから了承を得られた。これでトイレ問題も解決できそうだ。
 曰く、貴族の別荘として建てられたこの家だが、結局持ち主が死んでしまってウェンデルの町が管理する事となったらしい。ただ、城壁の外にある事から、安全面があまり担保されておらず、住みたがる人もいなかったそうだ。
 しかし、俺達にとってはむしろそれは好都合だった。町の中となると、〝勇者〟と〝聖女〟の家として無駄に人が集まってくるかもしれないし、ご近所付き合いも色々面倒そうだ。そういった気遣いも不要なのは、正直俺としても助かる。

「よし、じゃあここにしようか」
「うん!」

 こうして俺達の新居は、決定したのだった。