聖都プラルメスから港町ウェンデルまでの道のりは、馬車でのんびり歩いて一か月くらいだ。プラルメス王国の中でウェンデルの町は最南端。もう一つある主要な貿易港は幾分か聖都に近いので、ウェンデルが田舎町とされているのは聖都までの距離もあるように思う。
 その間、俺達は途中の村や町で食糧を買い足しつつ移動を重ねていった。道中で魔物に遭遇する事もあったが、闘気を放って威嚇すればそれだけで彼らは逃げていくので、戦闘に発展する事もなかった。人間のならず者よりかは魔物の方が余程聞き分けがいい。
 彼ら魔物は本能にしたがって生きているので、本能的に敵わないと察知した相手からは離れていくのだ。無論、魔王の配下みたいな誰かに従属している魔物とかは死ぬとわかっていても襲い掛かってくるのだけれど。
 そうしてのんびりと移動生活をする事三週間、あと一週間ほどでウェンデルまで着くといったところまできた時の事である。道中にある小さな村で食糧を補給しようとなったのであるが──

「……何だか様子が変じゃない?」

 ユウナが遠目で村を見て、険しい表情でそう言った。
 確かに、村に近付いているのに全く人の気配がなかった。以前ウェンデルを訪れた際にもこのあたりは立ち寄ったのだが、普通に人が行き交っていた。それらの気配が全くないというのは少し変だ。

「嫌な予感がする。行ってみるか」
「うん」

 俺の言葉に、ユウナが頷いた。
 早速馬に鞭打って、少し馬車の速度を上げて村へと向かっていく。
 村の方まで近付くと、そこがもはや村と呼べるものではなくなっている事に気付く。建物だったと思しき跡だけがあり、大半が崩れ去っていた。
 そのまま集落の中に入っていくと、もはや村は廃墟同然。人の気配もなかった。炭化した木材に散乱する破片、血痕と思しきものもある。野盗だか賊だかに襲われたのは間違いなさそうだ。

「……ひどい」

 村の様子を見て、ユウナが眉根を寄せてそう呟いた。

「村の人達は、逃げれたのかな?」
「さあな」

 ユウナの問いに、首を横に振る。
 皆殺しにされたのかもしれないとも思ったが──おそらくユウナも同じ予想をしたのだろうが──敢えて口にしなかった。
 こういった光景を見ていると、一体俺達は何のために魔王を倒したのだろうという気になってくる。人類の生存を脅かす存在を葬ったというのに、人間同士で殺し合っていては意味がないではないか。

「……とりあえず、死体の山が近くにない事を祈るよ」
「縁起でもない事言わないでよ」

 私も思ったけど、とユウナは口を尖らせた。
 今更死体の山を見て俺達が怖気づく事はない。そういった悲惨な光景ならこの二年間で嫌という程見て来たし、俺達の冒険だって魔王軍の死体の山の上に成り立っているのだ。そういった意味では、もう純粋な高校生としての俺達はもういないのかもしれない。
 そんな事を考えながら周囲に気を配っていると、視線を感じた。

「……いや、どうやら生存者はいるっぽいな」
「うん。何人か建物の陰に隠れてるみたい」

 ユウナが同意して、その建物の方をちらりと見た。

「どうするの?」
「どうするって言ってもなぁ……状況はわからないし、警戒もされてるからな」

 俺は首をぐりぐりと回しながら、何んとなしに周囲を見ていく。
 俺達に突き刺さる視線からは、明らかな警戒心が感じられた。それがここを襲った者達のものなのか、生存者のものなのかは今のところわからない。
 ユウナの性格を鑑みれば、助けたいと考えているだろう。だが、せっかく魔王討伐が終わったのに、自分から面倒事に首を突っ込むのもどうなんだろうとも考えてしまう。だって、俺達は青春スローライフを送りたいわけなんだし。

「もし生きてる人がいるなら、助けたいな」
「ユウナならそう言うと思ったよ。それに、どっちにしろ問題だけは把握しておいた方が良いだろうしな」

 俺の言葉に、ユウナが嫣然とした笑みを見せた。
 別に、彼女が喜ぶからそう言ったわけではない。この村は俺達が目指すウェンデルとそれほど距離があるわけではないし、後々の青春スローライフを考えれば問題の芽は摘んでおいた方が良いだろう。

「──というわけなのさ、そこの物陰の御老人。この村の人なら、そろそろ出てきてくれないか? 賊の類なら、遠慮なく吹っ飛ばすぞ」

 俺は少し声を張り上げてそう言うと、空に手のひらを向けて魔力を集中させ、そのまま〈火球(ファイヤーボール)〉をぶっ放した。

「乱暴だよ、エイジくん……」

 ユウナが俺の行いを見て、額に手を当てて呆れ返っている。
 そうは言うものの、これが一番手っ取り早いのだから仕方ない。これは《《あちら》》の世界で言う威嚇射撃みたいなものだ。隠れている人が村人ならこれですぐに出てきてくれるはずだし、賊なら隠れたままだろう。俺達の今後の対応も、それ次第で決められる。
 それから暫く無音が続いた。いや、正確にはこそこそとした喋り声が聞こえていた。
 仕方ないのでもう一度〈火球(ファイヤーボール)〉をぶっ放そうとすると──

「ま、待った! 私達はこの村の人間なんだ。撃たないでくれ!」

 物陰から、齢六〇歳くらいの老人が姿を見せたのだった。