俺達の起こしたならず者達との茶番──と言っても実際は茶番でもないのだけれど──はちょっとした騒動になって、衛兵達が集まる事態となった。
今回成敗したならず者達は最近悪行が目立ってきていた一味だったらしく、衛兵達からは逮捕の協力を感謝されたが、ただただ青春っぽさを求めてしまって無駄に騒ぎを大きくしてしまっただなんて口が割けても言えやしない。俺達が〝勇者〟と〝聖女〟である事をさっさと明かしていれば、あんな騒動にもならず彼らも大人しく引き下がっていたのは間違いないのだから。
ただ、今回引き下がらせたとしても、彼らが今後同じ罪を犯さないということにはならない。将来起こるであろう悪行を未然に防いだとして、今回は良しとしよう。実際に俺達が一般人であれば、大変な事態になっていた可能性はあったわけで。狙った相手が悪かったと彼らには後悔してもらう他ない。
それから俺達は、両替店で預けていた荷物を引き出し、そのまま聖都を出る事にした。聖都では〝勇者〟と〝聖女〟の顔が割れていて生活しにくいというのもあったのだけれど、どうしても聖都にいると、俺達を召喚した連中に対する苛立ちが心の中を過ぎってしまうからだ。
今更召喚士や王様らに対して仕返しをしようなどという事はしないが──彼らとて英雄召喚は世界を救う為に必要な事だった──やっぱり俺達からすれば、わけもわからず異世界に召喚されて、当たり前にあった日常を奪われたという気持ちの方が強い。
尤も、バスの事故の真っただ中だったので、転移していなければ俺達の命も危うかったのかもしれないけれど……そればっかりは神のみぞ知るだ。
そんなわけで、今俺達は馬車に乗って、聖都プラルメスを発ったのだった。おそらくもうこの聖都の土を踏む事はないだろうな、と思いながら。
「……あの、心配かけてごめんね?」
ユウナが御者席の横から、こちらを覗き込む様にして何度目かの謝罪を口にした。
「もういいよ。今度から気を付けてくれたらそれでいいから」
俺は小さく溜め息を吐くと、首を横に振って答えた。
俺が先程怒っていた理由の一つは、既に伝えてある。さすがに武器を失くしたならず者風情にユウナが傷を負わされるとも考えにくいが、彼女の身体は一般人のそれと大差がない。あくまでも一般女性が聖魔法や奇跡を起こせる、というだけに過ぎないのだ。そうなると、やはりもしもの事態についても考えてしまう。
ユウナは時折、ああして危険を顧みない行動を採る事がある。その多くは彼女の持つ優しい性格故に相手を思い遣ったものである事が殆どなのだが──今回の一見も、ならず者を説いて反省させる為にまず武器の無力化を計ったらしい──俺からすれば毎回肝が冷える事である。ユウナを守りたいと思っているのに、自ら危険な行動をされたならば守りようがない。
「うん……心配してくれて、ありがと」
ユウナは俺の返事を聞くと、どこか嬉しそうに微笑んで御礼を言った。
「待て。なんで嬉しそうなんだ」
「だって……」
「だって、何だよ?」
彼女が言い淀んだので、突っ込んで訊いてみる。
一応怒っているというのをわかっているのだろうか、この子は──などと思っていたのだが、次の返答で、俺は言葉を失くした。
「……やっぱり、好きな人に心配してもらえるのは嬉しいから」
面映ゆい表情でこちらをちらりと覗き見る彼女があまりに可愛くて、息が詰まる。
ちくしょう。その台詞は反則ではないだろうか? それを言われてしまえば、俺は何も言い返せなくなってしまう。
好きな人からそんな事言われたら俺だって嬉しいの!
「ごめんね。今日の私、ちょっとテンションおかしいよね」
ユウナは小さく溜め息を吐き、地面へと視線を落とした。
確かに、今日の彼女は俺の知っているユウナ、基真城結菜とは異なった気がした。いつもよりテンションが高いというか、ノリが良すぎるというか、悪ノリさえしてしまっているというか。
それは例えば、先程の茶番なんかがそうだろう。俺達二人だけの間ならいざ知らず、第三者──しかもならず者──を交えて遊び半分でやる事ではない。
「務めを果たせば帰れるって思ってたのに帰れなくなって……でも、エイジくんと一緒に居れるって思うと喜んでいる自分もいて。それで付き合う事にもなって、色々急展開過ぎてはしゃいじゃってたのかも」
「いや、まあ……それは俺も似たようなものだったから、あんま人の事は言えない、かな」
俺はバツが悪くなって、彼女から視線を逸らした。
ユウナはこう言っているが、彼女がはしゃいでいたのは『無理矢理にでもテンションを高めていないと暗い気持ちになってしまうから』という理由もあるように思うのだ。
青春を取り戻そうというのも、ちょっとした制服デートをしようとしたのも、何とか前向きになれる事や楽しめる事を探した結果なのだと思う。それがちょっと、変な方向に進んでしまっただけの事で……その気持ちは俺にも痛い程よくわかった。
ユウナと結ばれたのは嬉しいし、彼女が昔から俺を想ってくれていたのも嬉しかった。でも、やっぱりそれは元の世界でそうなりたかった、という気持ちが強く残っていて、もう親や友人達の顔も見れない事実を認識してしまうと、どうしても暗い気持ちになってしまう。
俺がガラにもなくユウナの茶番に色々乗っかってしまったのは、そんな気持ちを紛らわす為でもあった。
今回成敗したならず者達は最近悪行が目立ってきていた一味だったらしく、衛兵達からは逮捕の協力を感謝されたが、ただただ青春っぽさを求めてしまって無駄に騒ぎを大きくしてしまっただなんて口が割けても言えやしない。俺達が〝勇者〟と〝聖女〟である事をさっさと明かしていれば、あんな騒動にもならず彼らも大人しく引き下がっていたのは間違いないのだから。
ただ、今回引き下がらせたとしても、彼らが今後同じ罪を犯さないということにはならない。将来起こるであろう悪行を未然に防いだとして、今回は良しとしよう。実際に俺達が一般人であれば、大変な事態になっていた可能性はあったわけで。狙った相手が悪かったと彼らには後悔してもらう他ない。
それから俺達は、両替店で預けていた荷物を引き出し、そのまま聖都を出る事にした。聖都では〝勇者〟と〝聖女〟の顔が割れていて生活しにくいというのもあったのだけれど、どうしても聖都にいると、俺達を召喚した連中に対する苛立ちが心の中を過ぎってしまうからだ。
今更召喚士や王様らに対して仕返しをしようなどという事はしないが──彼らとて英雄召喚は世界を救う為に必要な事だった──やっぱり俺達からすれば、わけもわからず異世界に召喚されて、当たり前にあった日常を奪われたという気持ちの方が強い。
尤も、バスの事故の真っただ中だったので、転移していなければ俺達の命も危うかったのかもしれないけれど……そればっかりは神のみぞ知るだ。
そんなわけで、今俺達は馬車に乗って、聖都プラルメスを発ったのだった。おそらくもうこの聖都の土を踏む事はないだろうな、と思いながら。
「……あの、心配かけてごめんね?」
ユウナが御者席の横から、こちらを覗き込む様にして何度目かの謝罪を口にした。
「もういいよ。今度から気を付けてくれたらそれでいいから」
俺は小さく溜め息を吐くと、首を横に振って答えた。
俺が先程怒っていた理由の一つは、既に伝えてある。さすがに武器を失くしたならず者風情にユウナが傷を負わされるとも考えにくいが、彼女の身体は一般人のそれと大差がない。あくまでも一般女性が聖魔法や奇跡を起こせる、というだけに過ぎないのだ。そうなると、やはりもしもの事態についても考えてしまう。
ユウナは時折、ああして危険を顧みない行動を採る事がある。その多くは彼女の持つ優しい性格故に相手を思い遣ったものである事が殆どなのだが──今回の一見も、ならず者を説いて反省させる為にまず武器の無力化を計ったらしい──俺からすれば毎回肝が冷える事である。ユウナを守りたいと思っているのに、自ら危険な行動をされたならば守りようがない。
「うん……心配してくれて、ありがと」
ユウナは俺の返事を聞くと、どこか嬉しそうに微笑んで御礼を言った。
「待て。なんで嬉しそうなんだ」
「だって……」
「だって、何だよ?」
彼女が言い淀んだので、突っ込んで訊いてみる。
一応怒っているというのをわかっているのだろうか、この子は──などと思っていたのだが、次の返答で、俺は言葉を失くした。
「……やっぱり、好きな人に心配してもらえるのは嬉しいから」
面映ゆい表情でこちらをちらりと覗き見る彼女があまりに可愛くて、息が詰まる。
ちくしょう。その台詞は反則ではないだろうか? それを言われてしまえば、俺は何も言い返せなくなってしまう。
好きな人からそんな事言われたら俺だって嬉しいの!
「ごめんね。今日の私、ちょっとテンションおかしいよね」
ユウナは小さく溜め息を吐き、地面へと視線を落とした。
確かに、今日の彼女は俺の知っているユウナ、基真城結菜とは異なった気がした。いつもよりテンションが高いというか、ノリが良すぎるというか、悪ノリさえしてしまっているというか。
それは例えば、先程の茶番なんかがそうだろう。俺達二人だけの間ならいざ知らず、第三者──しかもならず者──を交えて遊び半分でやる事ではない。
「務めを果たせば帰れるって思ってたのに帰れなくなって……でも、エイジくんと一緒に居れるって思うと喜んでいる自分もいて。それで付き合う事にもなって、色々急展開過ぎてはしゃいじゃってたのかも」
「いや、まあ……それは俺も似たようなものだったから、あんま人の事は言えない、かな」
俺はバツが悪くなって、彼女から視線を逸らした。
ユウナはこう言っているが、彼女がはしゃいでいたのは『無理矢理にでもテンションを高めていないと暗い気持ちになってしまうから』という理由もあるように思うのだ。
青春を取り戻そうというのも、ちょっとした制服デートをしようとしたのも、何とか前向きになれる事や楽しめる事を探した結果なのだと思う。それがちょっと、変な方向に進んでしまっただけの事で……その気持ちは俺にも痛い程よくわかった。
ユウナと結ばれたのは嬉しいし、彼女が昔から俺を想ってくれていたのも嬉しかった。でも、やっぱりそれは元の世界でそうなりたかった、という気持ちが強く残っていて、もう親や友人達の顔も見れない事実を認識してしまうと、どうしても暗い気持ちになってしまう。
俺がガラにもなくユウナの茶番に色々乗っかってしまったのは、そんな気持ちを紛らわす為でもあった。